コーヒーを挽きながら〜岸本静江のひとり言〜

ラテンアメリカのコーヒー農園村を舞台にした小説「コーヒーを挽きながら」の著者が描く『静江ワールド』

新年からの始動

 
 去年がじっと潜伏の年(?)だったので(前半は夫の体調崩し、後半は古家のリフォーム工事)、今年こそは、と松の内が開けて早速始動。
 
 手始めは何と東京タワー見物! 1958年開業というから建設して60年だ。私が行ったのが1960年? その頃はまだ出来立てホヤホヤ、ピカピカだった。スカイツリーが出来てからでも数年、何で今更東京タワー? と言われそうだが、スカイツリーに上がったのではスカイツリーの高さがわからん、東京タワーから見上げて比べよう、と。(まだスカイツリーは未登。もっと高い塔が出来たら、それを見上げるために今度はスカイツリーに上ろう。)
 
 で浜松町駅から増上寺境内を抜け(初参りの人出凄い)、タワーへ。増上寺に比べ見学者少ない。しかも最上階トップデッキ(223m)はツアー(1ラウンド15分以内)のみとて、どこへ行ってもゆっくり見学したい我々はパス。第2展望台メーンデッキ(125m)だけにする。この高さだと昔は東京中の空を独り占めしていたのに、今はあっちこっちに高層ビルが乱立。この半世紀の東京の立体化に改めて驚く。カフェでアイスとミルクコーヒー(この学校給食みたいな昔懐かしいネーミング!)。そればかりかタワー全体がなんとなく古びた、さびれた(失礼!)印象で、ひと時代もふた時代も前の少々さびれた遊園地を思わせる。
 
 タワーを出て虎ノ門の愛宕神社を目指す。ここは古くは講談の「曲垣平九郎(まがきへいくろう)」でお馴染みだったが、現在は都心にあるパワースポットとして若者に人気とか。
 到着するとまず見上げるばかりの急な石段に胆を潰す。86段! これを高松藩の乗馬名人と謳われた平九郎が愛馬を駆って上下、神社境内の梅ノ木から梅花を折り取り、将軍家光に献上、褒美を給わった、と言う。階段脇に「出世階段」と。もっとも平九郎は主家移封後浪人となり没年も不詳とて、あながちこれを「出世階段」とは言えまい。
この年齢になっては、もう出世には縁がないけど、上ってみよう、と必死で手摺と鎖を頼りに86段を上り切る。江戸時代はここからの眺望は抜群だったことだろう。
驚いたことに頂上の本殿前は若者でいっぱい。みんな列をなして拝礼している。おみくじを引いている。近頃の若者は占い好きが多いのかな? 数年前ここで有名な俳優カップルが挙式したというので、それにあやかりたいのかもしれない。
 
 近接の虎ノ門ヒルズでアツアツの串揚げを食べる。この超近代ビルのオフィスに勤務する若者達が昼休みに神社に詣で、おみくじを引くのだろう。取り合わせの妙に感心する。
 
 銀座に足を延ばす。ギャラリー「風」。高校時代の後輩鳥潟朝子さんが前衛作品の個展開催中。力作が並ぶ。中でもDMに使ったF200号の大作「ヌバタマノ」が傑作。やはり実物は迫力が違う。鉄とドンゴロスと絵具が何ともいえない不思議な調和を見せている。

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(鳥潟朝子作品「ヌバタマノ」)

作者とも初対面。イタリア在住のフレスコ画家坂田由美子さんを数年前私がブログで取り上げたのをきっかけにメル交換⇒今日の初対面、作品鑑賞につながった。新しい年の新しい美術仲間との新しい交流だ。
 
 その日はそれで大満足で、東京駅まで歩き高速バスで帰着。歩数総計実に17,000歩。
 
 同じ週の2日おいて再上京。これは「ポケカル」主催の都内・近郊小ツアーの1つ。午前中は築地場外市場での海鮮丼賞味と歌舞伎座ギャラリー見物⇒浅草寺仲見世散策を経て新春の浅草歌舞伎見物とセットになったもの。姉、妹と夫と4人での初参加。このツアーは人気とてバス満員の44名。
 
 魚市場の豊洲移転後で寂しくなった築地場外市場の海鮮丼店。着席するやいなや「待ってました」とばかり海鮮丼出て来て、ウ〜ン、手際はいいけど、味は、まぁ、ツアー相応。
 
波除神社参拝後、銀座の歌舞伎座ギャラリー見学。 歌舞伎座地下の木挽町広場。私達姉妹の母方の実家は代々この木挽町にあり、歌舞伎座や演舞場、明治座出入りの弁当の折箱を作っていたそうだ。だからこの界隈に来ると亡母を、彼女の少女時代の回想を、懐かしく回想する。
 
 5Fのギャラリー。私達はギャラリーというからには歌舞伎座所蔵の、例えば速水御舟の「花の傍」など名画の展示室だとばかり思っていたのだが、まったく違っていた。歌舞伎のミニ舞台や登場する馬やカゴの模型、名狂言の映像上映などだった。舞台に上がって役者さながら見えを切ってみる。張り子の馬にまたがってみる。藤娘の絵看板の後ろから顔だけ出してみる。

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           (少女時代藤娘を踊ったことのある姉、昔を今になすよしもがな…)

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(ミニ舞台で見えを切ってみる)

 いよいよ浅草。仲見世。数年前の正月5日に行った時は人出で埋め尽くされ、満員電車状態で動けない位だったが、11日ともなると多少空間があり、人込みを縫って観音様へ初参り。頭部をスカーフで覆ったイスラム女性が大香炉の煙で禊(みそぎ?)していたのはこれまた取り合わせの妙で面白い。
 
 甘味喫茶「梅園」で粟ぜんざいを賞味した夫、舌鼓。栗(くり)ならぬ粟(あわ)のぜんざいは確かに珍しい。他の3人はクリームあんみつ。
 
 いよいよ今日の目玉、浅草公会堂での新春歌舞伎。恒例の「お年玉」(新年の挨拶)は中村隼人(だったかな?)
 
 演目は1番目、「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん」。威儀を正した全員総出の顔見世的舞台。解説によれば江戸歌舞伎の正月の恒例演し物、とある。そういえば歌舞伎座でも同じ演し物だった。

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(寿曽我対面)

2番目「番町皿屋敷」。この季節に? この新春に? 縁起でもない、と思ったが、しっとりした世話物風で、凄惨な亡霊も出ず、なかなか見ごたえあった。
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(番町皿屋敷)

 そして最後の「乗合船恵方万歳(のりあいぶねえほうまんざい)」。隅田川畔に横づけした船の女船頭と乗客がそれぞれの職業を表現しながら踊る舞踊劇。七福神の見立て。そこに正月には不可欠の三河萬歳コンビ、鶴太夫と亀吉も加わり、新春らしく賑やかに華やかに踊る。常磐津兼太夫率いる常磐津一門の浄瑠璃と三味線がウキウキした気分をいやがうえにも盛り立て、見ているこちらまで自然に体が浮きたつ。

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                  (乗合船恵方万歳)

 というわけで2日間にわたって久しぶりに正月気分の東京へ繰り出した私達夫婦。これを皮切りに、本年は、さぁ、歩くぞ〜、出かけるぞ〜。



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