コーヒーを挽きながら〜岸本静江のひとり言〜

ラテンアメリカのコーヒー農園村を舞台にした小説「コーヒーを挽きながら」の著者が描く『静江ワールド』

「名作誕生」展を見た!


 
 前から楽しみにしていた東京国立博物館平成館での「名作誕生」展を開幕早々見に行った。

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 この展覧会の副題が「〜つながる日本美術〜」というだけあって、鑑真和上のもたらした中国唐時代作の薬師如来立像から、それに倣っての日本の仏師による薬師如来像、それを発展させた日本独自の平安時代仏師による薬師如来像、という第一室の展示品が端的に示すように、大陸からの宗教、藝術作品の直接的な渡来から模倣、そして日本独自の作品創出への流れを示す、初心者にもわかり易い構成の展覧会。
 
 これは歴史的にもレベル的にも最高クラスの美術誌「国華」の創刊130年記念と、その「国華」の出版を担ってきた朝日新聞社創業140周年記念を兼ねた記念大イベントだ。

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                                   (歴代の「国華」誌)

 

 413日(金)から527日(日)までの会期を前期・後期と分けそれぞれ国宝・重文それに準ずる一級品130点ものオンパレード。
 
 会場は、1章「祈りをつなぐ」(①一木の祈り⇒②祈る普賢⇒③祖師に祈る)、2章「巨匠のつながり」(④雪舟と中国⇒⑤宗達と古典⇒⑥若冲と模倣)、3章「古典文学につながる」(⑦伊勢物語⇒源氏物語)、4章「つながるモチーフ/イメージ」(⑨山水をつなぐ⇒⑩花鳥をつなぐ⇒⑪人物をつなぐ⇒⑫古今をつなぐ)、と4つの章に分けられ、それぞれのジャンルの時代的、作風的系譜が辿れるようになっている。
 
 まず第1室。正面中央に立ちはだかる(?)のは「伝薬師如来立像」(重文)。鑑真和上渡来の折に請来されたという8世紀の唐の仏像。唐美人図などと同じく繁栄を謳歌した唐の世相を反映するふくよかで堂々たる体躯。それに続くのはその時渡来した唐人の指導を受けた日本人仏師の手になる薬師如来像の数々。次第に日本独自の仏像に変容し、12世紀には白象に乗った普賢菩薩像・画が続々と作られるようになった。一方その仏教を受容した聖徳太子も人々の尊宗を集め、多くの聖徳太子絵、太子伝屏風、太子像が作られるようになった。

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 第二室へ。雪舟作国宝の破墨山水図。昔、この図の贋作をテーマに小説を書きかけたことがあり、改めてこの偉大な作品をしみじみと眺めたことだった。雪舟の手本となった明の玉澗、夏珪の作品も展示され、雪舟がいかにこれらの先人から学んだか、取捨選択したか、が一目瞭然だ。天才は突然何の手本も、指導もなく生まれるのではなく、その先人の足跡を辿り、模倣し、更に自分独自の味を加えてこそ新しい名品を創造できるのだ。

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 余談だが、私は以前から雪舟の落款の「舟」の字が好きで、今回もそのたっぷりと丸みを帯びた「舟」の字を堪能した。
 
 宗達の「扇面散貼付屏風」も鎌倉時代の「平治物語」絵巻中の清盛の合戦の場面などが土台になっている。絵巻の重要場面を20枚の扇面に描き、金片を散らし秋草を描いた6曲一双の屏風に貼り付けたもので、屏風の見者は「平治の乱」の歴史を思い、武者達の合戦を想像し、また彼等の悲劇的な運命を暗示する秋草を背景に、扇面を効果的に配置した宗達の技量と美意識に陶然となるのだ。
 
 江戸時代あまりにもユニークな作品を残した伊藤若冲にも模範があった。あの「白鶴図」の純白の鶴の羽毛の描き方は明の文正の鳴鶴図、陳伯冲の松上双鶴図、を手本としている。(狩野探幽の「波濤飛鶴図」は同じ文正の鳴鶴図を手本とした作品で、この二人の模写作品の比較は興味深い)。若冲生涯のテーマである鶏図も、画道に精進し始めた頃、宋元画1,000枚を模写する内に体得し、昇華させた賜物に相違ない。

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                (伊藤若冲「仙人掌群鶏図襖」)

 第三室。ここからは文学を絵や着物、工芸にした作品群だ。伊勢物語・源氏物語をテーマに、蒔絵硯箱・手箱・棚、打掛・能衣装、陶磁器、鼓胴、など贅と精緻を凝らした工芸品がずらりとならぶ。伊勢物語からは流水・八橋・燕子花・蔦細道、源氏物語からは夕顔・御所車・初音等々のテーマが多い。
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 よく考えてみれば、これらの意匠は作り手だけが物語の中身を知っているだけでは成り立たない。鑑賞者、使用者もその文学作品を熟知していなければ、作品の良否を判定し、楽しむことはできない。ということはとりもなおさずその時代の人々が高い教養を持っていたということだ。
 
 これは江戸時代に流行った浮世絵の「見立て」にも同じことがいえよう。
 
 いよいよ最終室、第4室。山水、木々、花々、など自然の風物、京都の街並みや桜の名所、そしてそこに息づく人々。それらが渾然一体のモチーフとして、また奔放な作家のイメージを具現するものとして表出される。

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 日本では古来大和絵でも山水はまず必須の画題で、重文「日月山水図屏風」、また雪舟の四季山水図屏風など名作も枚挙に暇なく、その中から特に富士山と松林だけを描いた「浜松図」が出て来る。伝能阿弥作「三保松原図」などを経て行きついた果てが長谷川等伯の国宝「松林図屏風」。ここでは霧の中に影絵のように浮かび上がる夢幻のような数本の松が遠く近く浮かび上がる。樹間に渦巻く濃い霧で息苦しいほどだ。数年前の早朝、天橋立の松林を歩いた時の情景を思い出す。
 
 そしてその自然の生み出す景観を楽しむ人々を描いたのが桜狩の風景。満開の桜花の下で束の間の平和を享受する人々。「豊公吉野花図屏風」、小袖「縞縮緬地桜山模様」、尾形乾山「色絵吉野山図透彫反鉢」…。
 
 蓮の花も日本人にとって身近な素材だった。これは仏教と結びついて日本人だけでなく中国でも蓮を画題にした作品は多く、それを参考にしながら日本でも多くの名作が生まれた。鎌倉時代の「蓮池図屏風」、宗達の絵と光悦の書の合作「蓮下絵和歌巻断簡」、酒井抱一の「白蓮図」…
 
 お待ちかね、いよいよこの日一番見たかった又兵衛作品のコーナー。右側ウィンドウ中央に2016年国宝に指定された「洛中洛外図屏風」(通称「舟木本」)。室町時代から江戸末期まで同タイトルを持つ屏風は現在までに168点あると言われるが、私はこの「舟木本」が一番好き。同じく国宝の「上杉本(狩野永徳作)」に比べると登場人物が画中で躍動している。いかにも「これから何事かが始まるぞ!」という緊迫感が画面に漂っている感じ。
 
 例えが突飛すぎるかもしれないけど、モーツァルトの「交響曲40番」を聴くような気がする。作者岩佐又兵衛の悲劇的な出生の謂われがこのト短調の曲とダブって想起されるせいかもしれない。(周知のように又兵衛は織田信長に反抗して母親など一族を滅ぼされた荒木村重の息子)。
 
 そしてその屏風の右隣に今年国宝に指定された同じく又兵衛の「梓弓」図。彼独特の豊頬長頤(ほうきょうちょうい、下膨れで顎が長い)の貴人が昔の愛人を訪ね、肩透かしを食う場面だ。ウチにある「岩佐又兵衛画集」の表紙もこの絵だが、本物は初めて見た。

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             (岩佐又兵衛「梓弓図)

 同じウィンドウ内の左端は「湯女(ゆな)図」。洛中洛外図から1シーンを抜き出してきたような、湯女達の行列。作者不詳となっているが、闊歩する女達の、空に向かって突き出した頤の線はまさに又兵衛の「豊頬長頤」。同じウィンドウ内に展示されているのを見ると、「ひょっとしてここの学芸員サンも私と同じにこれを又兵衛作と推測している?」と内心嬉しくなる。
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               (「湯女」図)
 「湯女」の女群から更に一人を抜き出して描いたのが、江戸時代の浮世絵につながる美人画。その元祖ともいわれる菱川師宣の「見返り美人図」。切手になったし、師宣が千葉県保田出身で、千葉県人には馴染み深い。
 
 その美人図系統から大正時代になって油彩で写実絵画に取り組んだのが岸田劉生。一連の可憐な愛娘「麗子」を描いていた彼が、写実をとことん追求した揚句、麗子の可憐さの中に潜む人間本来の醜悪さを誇張して描出したのが、中国古典画でお馴染みの「寒山拾得図」からの手法を用いた「野童女図」。
 う〜ん、ここまで自分の娘を突き放して描けるのかぁ。
 

 一方劉生は江戸時代の北斎や広重の風景画からヒントを得た作品も描いた。あの代々木の切通しの坂を描いた重文「道路と土手と塀」。これが北斎の「くだんうしがふち」や国芳の「東都名所かすみが関」からの展開だなんて!

 
 画集の巻頭に3人の美術界の碩学がそれぞれこの展覧会に寄せる所感を述べているが、その中の一人、佐藤康宏東大教授がこの展覧会の趣旨「つながり」についてこう述べている。
「『時代的に古い作品が新しい作品の創造に影響する』という事は、『古い作品が新しい作品に働きかける』、という事ばかりではない。『新しい作品が古い作品への見方、新しいアプローチを導き出す』、という事もある。すなわち古今東西の作品群は互いに繋がり、影響し合い、新しい創造を可能にするのだ」と。
 
 近頃アニメ映画の「海賊版」の取り締まり強化や偽ブランド品の摘発などが話題になり、商標登録品以外の商品の販売や有名作品のパロディー化禁止、など作者や発明家・社の著作権擁護の動きが強まっている。確かに新しい品物、品種、発見、には多大で地道な努力、年月、資本、などが投入されていて、それを無断で、タダで、享受の上、更には売買しよう、という傾向は禁止さるべきだろう。
 
 ただそれが、既存の作品からの自由な展開やそこから生まれる発想などをも禁止するようだと、これまで長い年月、「模倣、展開、見立て、本歌取り」などという独特な発達を遂げてきた日本文化の発展が少し窮屈になるのではないか、などいささか危惧も感じられるのだ。
 
 ともあれ、前期には展示されなかった雪舟の「天橋立図」、宗達の「蔦細道図屏風」、作者不詳の「風俗図屏風」(通称彦根屏風)などの名品が後期に展示されるという。これまた楽しみだ。


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