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「あの、皆さん……少しよろしくて?」 豊川市南本宿1−3。ここは確かに遼州星系政治共同体同盟最高会議司法機関実働部隊機動第一課、通称「保安隊」の男子下士官寮の食堂のはずだった。 正確に言えばこの建物はすでに名目としての『男子』寮ではなくなっていた。 言葉の主の嵯峨茜(さがあかね)警視正が指揮を取る、通称『法術特捜本部』が保安隊に捜査本部を間借りするようになったときには、すでに保安隊実働部隊の女性隊員、カウラ・ベルガー大尉、西園寺要大尉、そして運用艦『高雄』副長のアイシャ・クラウゼ少佐はこの寮の住人となっていた。保安隊隊長を務める茜の父、嵯峨惟基特務大佐に頼まれて彼女も引越しを手伝ったことがある。 さらに彼女達三人や技術部整備班班長でこの寮の寮長島田正人准尉や法術技術班長ヨハン・シュペルター中尉と言った士官も住んでいると言うことで『下士官』寮と言う表現も正確性を欠くものだと茜は思っていた。 茜は紫の留袖の襟を整えながらそんな名称に疑問符がやたらと立ちそうな建物の食堂の入り口でただ中を眺めているだけだった。 「なんだ?いたのか」 そう言って目の前の物から目を離して顔を上げる西園寺要。非番の日に従姉に当たる彼女が何をしていても茜が口を出す必要はなかったかもしれない。 「ああ、茜ちゃんきてたの。サラ!お茶入れてあげなさいよ!」 集中していた手元から目を離したアイシャ・クラウゼが汚れないように後ろに縛った紺色の長い髪を振って隣を見る。 「えー!私が?」 そう言ったのは真っ赤なショートヘアーの『高雄』の管制オペレータでアイシャの部下に当たるサラ・グリファン少尉だった。彼女は付き合っている技官の島田正人の目の前の物から目を離してアイシャに抗議した。 「じゃあ階級の低いの……ってことで、神前!お前がやれ」 要はそう言って彼女の横で防塵マスクをして作業に集中している青年に目を向けた。 「……僕ですか?」 青年はコンプレッサーを止め、目の前の美少女フィギュアの塗装の作業を中断した。彼が遼州保安隊の切り札とまで言われる法術師でありアサルト・モジュールパイロット、神前誠(しんぜんまこと)曹長だった。そして茜がここに来た目的も彼の存在無しにはありえない話だった。 茜は食堂を見回す。サラと島田は仲良くバイクのプラモデルを組み立てている。隣の要の目の前にはどこで手に入れたのかも謎な姫路城の模型があり、ピンセットで庭園の松を植えているところだった。カウラが格闘しているのはタイガー重戦車。そしてアイシャはフランスの輸出用アサルト・モジュール『シャレード』の脚部関節にウェザリングを施していた。 「皆さん、お茶は飲みますか?」 誠の声で食堂の住人全員が手を上げる。そしてその勢いに押されて茜の直属の部下カルビナ・ラーナ捜査官補佐までも手を上げていた。 「ったく!テメー等この良い天気に部屋でプラモかよ」 あざ笑いながら茜を押しのけるようにして食堂にずかずか入ってきたのは東和陸軍と共通の保安隊の勤務服に身を包んだ8歳くらいの少女だった。 「そうだよな、大人がやるから変に見えるんだな。中佐殿、お子様な中佐殿ならお似合いなのではないですか?」 松を植えるのに飽きた要が茶々を入れる。どこか育ちが悪そうな少女。彼女は保安隊副長で実働部隊隊長で要達の上司に当たる。そんなクバルカ・ラン中佐はすぐにでも怒鳴りつけそうな勢いで要に向かって迫る。 「あのなー、そう言うことを言ってるんじゃねーんだよ。なんで部隊の掲示板全部にプラモ屋のコンクールの応募要項がだなあ……」 「あ、ランちゃん、それ私の仕業」 そう言ってアイシャが開き直ったように手を上げた。それを見ると今度はアイシャに向かって歩いていくラン。 「どたばた動かないでくださいよ!デカールが……」 島田がピンセットでバイクをつつきながらつぶやく。それを隣で見つめるサラ。 「ああ、クバルカ中佐もいるんですね。確か茶菓子が……」 先ほど指名されて厨房に茶を入れに行った誠がカウンターから顔を出す。その様子がさらにランをいらだたせることになった。 「ったく!アタシが言いてーのは!」 |
保安隊日乗 魔物の街 改定版
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「それは後にしてくださいな。クラウゼさん、ベルガーさん、西園寺さん……」 明らかにいつもと違う調子の茜を不思議に思いながら空いていた厨房に近いテーブルにポットを運ぶ誠。 「こちらにどうぞ!」 誠の言葉でプラモデル用塗料の臭いが染み付いた新聞紙の敷き詰められたテーブルから移動する要達とまっすぐ出入り口からやってくる茜達。 「おー、かりんとうか。アタシはこいつ大好きなんだよな」 そう言うと一番に誠の手前の席に座ってかりんとうに手を伸ばそうとするランだが、小さな彼女が伸びをしたところでプラモデルの塗料があちこちについているエプロンをした要がそれを取り上げる。 「何すんだよ!」 「やっぱ餓鬼だねえ。甘い物が好きだなんてよ」 まるで子供のような要の嫌がらせ。そしてにらみ合う二人。アイシャとカウラはそのエプロンを元の席に置いて、作業用の安物のジャージ姿でテーブルに腰掛ける。 「お二人とも、およしになってくださいな」 おっとりとしてはいるが、明らかに力の入った茜の言葉を聞いて要がかりんとうの入った器をランの手の届くところに置いた。ランは目つきの悪い顔で要をにらみつけた後、一個のかりんとうを手にすると口に運ぶ。 「非番に御用ってことは、目的は誠ちゃんかしらね」 素早く自分のかりんとうと湯飲みを確保するとアイシャはそう言って静かに安物の椅子に腰掛けた和服の茜を見つめる。 「そうですわね。でもそれは正確ではありませんわ。法術特捜の外部協力員全員。つまり保安隊の方々にもご協力いただく必要のあることですの」 そう言って上品に湯飲みを取り上げる茜。自分の作法にはこだわるが人のそれには頓着しないと言う彼女の思想を裏打ちするように、ばりばりとかりんとうを頬張ってぼろぼろかすをこぼす茜の部下のカルビナ・ラーナの姿に誠は苦笑いを浮かべた。 「それじゃあ俺等は邪魔なんじゃ……」 そう言って島田が茶を啜る。隣ではサラが大きく頷いていた。 「まあ、乗りかけた船だろ?それに良い経験にもなると思うぜ」 ようやく手に入れたかりんとうをおいしそうに食べながらランがそう言った。納得できないような表情を浮かべながら島田がかりんとうを口に運ぶ。 「でも、非番の日に来ると言うことは正規の任務とは別の微妙な問題なんですね」 これまで周りの人々の話をじっと聞いているだけだったカウラが口を開く。茜はカウラを見つめて静かに微笑む。 「やはりベルガーさんですね。まあ公的な拘束は受けたくない事件であることは確か間違いありませんわ。そして……」 そう言うと茜は手にしていた巾着から時代遅れの紙の手帳を取り出す。そして付箋の貼ってあるところを開くと、挟んであった写真を取り出した。 「まずはこちらの写真はどうかしら?」 茜の差し出した写真に一同が目を向ける。 ミイラ化した死体。着ていた赤いセーターの袖などが焼け焦げて無残に見える。カウラと誠はすぐにそれが何かを思い出した。 「法術暴走した適正者の死体ですか。以前、整理を頼まれた資料のものですね」 カウラのその言葉に要は思い出したように手を打ってそのまま茜を見つめる。 「ねえ、何のことよ」 資料に目を通していないアイシャは要とカウラを見比べながらそう言った。サラや島田はただそのミイラ化した死体の写真から目が離せないでいた。 「この半年あまり……正確に言うと例の『近藤事件』で法術の存在を神前曹長が全宇宙に知らしめたころからですわ。すでにこのような死体が東都周辺で7体見つかってますの」 そう言うと全員の顔を見渡してもう一枚の写真を取り出す。 そちらの写真は誠も初めて見る写真だった。 |
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「なんだこりゃ?」 要の言葉が全員の感想を代弁していた。そのミイラ。着ていたグレーのコートはどす黒い血にまみれている。右腕を肩の根元から切り落とされているように見えるのでそこから流れ出たのかもしれない。だがその肩からは中途半端な長さの子供の腕のようなものが生えていた。 「法術適正ってのは腕を切っても再生するんだ。便利ですねえ」 いつもと違う抑揚の無い島田の言葉。遺伝子検査で遼州の先住民族の血が誠より濃いが法術適正が無いとされた島田の言葉に一同が沈黙する。 「そんな、黙り込まないでくださいよ!それよりこの血はこのミイラさんのものだったんですか?」 サラに見上げられながら島田が写真を出してきた茜にそう言った。 「着眼点がよろしいですわね。肩の辺りの血は別として胸の辺りの血はまったく別人のものですわ。しかも発見されたときはこのコートについていた血以外は現場に同じ人物の血液は一滴も落ちていなかったそうですの」 しばらく食堂は沈黙に包まれた。 「最近の殺し屋は清掃業務も兼ねてるのかね、ふき取るどころか血液反応もなかったんだろ?たぶん凄い掃除機とか持ってるんだろうな」 要の軽口だが、その口調と表情にはピリピリとした空気に包まれていた。要以外の全員の意識ものんびりとした年末のおもちゃ屋のプラモデルコンテスト向けのプラモ作りから本来の遼州同盟司法局員としての仕事にすり替わっていた。誰もが今度はラーナが端末のモニターを開くのを注視している。 ラーナの目の前の空間に画像が映る。それは東都南部の港地区と埋立地の租界と呼ばれる遼南難民の居住区を写した地図だと分かった。 「良いかしら。この死体が見つかったのが港地区の北川町。そして先ほどの死体が見つかったのがそこから国道を車で十分ほど租界に向けて走った川村駅のガード下。そして他にも……」 茜の声にあわせてラーナが端末のキーボードを叩く。先ほどの7つの死体が港地区と租界の間の幹線道路沿いに次々と現れる。 「港湾地区か……一昨年まで続いた不況でつぶれた町工場に倉庫街。それに安アパートばかりの街だな。こんな死体が落ちていたところで見向きもされないような場所。発見できたのが奇跡的ですね」 カウラはそう言うと隣で放心したように地図を見つめている要に目をやった。誠も要がこの地図が浮かんだときから黙り込んでいたことを思い出して口を開こうとする要を見つめていた。 「どうしたんですか?要さん」 急な要の変化に戸惑う誠。彼も要の陸軍非正規部隊での仕事の中心が港湾地区だったことを覚えていた。 「嫌な街だなあって。……ただそれだけだ」 それだけ言うと要は席を立とうとした。それを茜が押し止める。 「要お姉さまの個人的感想はうかがってはいませんの。保安隊の法術特捜協力班員としてきっちりと解決までご協力していただけませんか?」 茜の言葉は穏やかだが、その目の鋭さにさすがの要も押し黙って席に着いた。 「ただこう言う奇妙な死体が製造されているだけなら所轄の警察署の仕事のはずではないんですか?資料の分析程度ならこの人数でどうにかなりますけど、これだけの広さの地域を捜査範囲にするには……」 カウラの言葉にアイシャも大きく頷く。島田とサラは相変わらず七つの変死体の写真を見比べている。 「確かにこの人数でローラー作戦なんてやろうとは思っているわけはないんです。そんなこと誰も期待していないでしょうし。ただこのメンバーならではの捜査活動をしたいと思ってますの」 「この面子だと何が出来るんだよ」 重苦しい要の声に一同の顔が茜に向いた。 「わかんねーかなー。法術は展開すれば必ず反応が出るんだぜ。アタシや嵯峨警視正、それか神前ならすぐに察知して駆けつけられる」 これまで一人でかりんとうを食べ続けていたランの言葉で今度は誠に視線が集まる。 「でも、暴走する人が出るまで待つんですか?この範囲の法術発動を監視するなんて……」 誠のその言葉にあきれ果てたと言う顔のかわいらしいランの顔が見えた。 「馬鹿じゃねーか?この事件は誠が法術兵器をはじめて実戦で使用したのが確認されてから起きてるんだぜ、オメーが動けばこの死体の製造元が動き出すかも知れねーだろ?そうすりゃー何か手がかりでもつかめるかも知れねーからな」 そう言って今度は大きな湯飲みを手にするラン。誠は不安になってアイシャを見つめたが、その目が完全にランの外見年齢不相応の話し方に萌えていることに気がついて、いつでも取り押さえられるように力を込める。 「そう言うことですわ。ともかくこれが何を意味するのかもまるで分からない。ただこの死体が現れたのが神前曹長の存在が全宇宙に知らされた時と言うこと。それが重要な意味を持つのは間違いありませんから」 そう言うと茜はラーナに端末の終了を指示する。 「そしてもう一つの手がかりがあるんですけど……ご覧になります?」 一口茶を啜った後、茜はさっと立ち上がった。さすがにこうなってはプラモデルを作るよりも全員の興味は茜の手がかりと言う言葉に集まっていた。 「テメー等、私服に着替えろ。でかけんぞ」 ランの言葉に誠達は困惑した。顔を見合わせる誠とカウラ。 「その格好で東都警察に行くつもりか?恥ずかしい奴だな」 そんなランの言葉で誠達は自分の格好に気がついた。エプロンやジャージ。袖に染み付いた塗料。どう見ても私服と呼べる状況ではなかった。だが一人ニヤニヤしている人物がいる。 「じゃあ、中佐殿はなぜ保安隊の制服で行くのでありましょうか?その格好で東都警察の本部に顔出したら相当嫌な顔されますよ」 要の一言にランが明らかに不機嫌になる。 「仕方ねーだろ!アタシはこれを着てねーと追い返されるんだから!」 予想通りの回答に誠は苦笑したがその姿をランに見つかってにらみつけられた。 「それとちょっと……」 渋々外出の準備に取り掛かる要達を見送った茜が誠の耳元に口を寄せてきた。 「神前さんはお父様からいただいた刀を持っていらしてね」 そう言って微笑む茜。突然の行動に殺気を帯びた視線を投げる要。 誠は逃げるように食堂を脱出した。 |
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食堂を追い出されて部屋に戻った誠は、部屋の隅に置かれた錦の袋に入っている部隊長の嵯峨惟基から拝領した日本刀に手を伸ばした。 『神前さんはお父様からいただいた刀を持っていらしてね』 部屋に戻る誠に茜がどういう意図でそう言ったのかは分かりかねた。 着替えを終えてずっしりと重い紫の袋に入れられた刀を握る誠。そしてそのまま紐を解いて金色の刺繍が施された袋から刀を取り出す。剣道場の跡取りでもある誠は何度か日本刀には触ったことはあった。しかし、柄や拵えは明らかに江戸時代の作と思われるその刀は明らかにこれまで触れた胡州や東和で作られたそれとは趣が違った。 鞘を払う。そしてそのまま自然に流れるような刃をじっと眺める。銀色の刀身。おそらくは何人かの命がその波打つ刃で奪われたのかと思うと背筋に寒いものが走る。 「おい、何やってるんだ?」 ノックもせずに部屋に入る遠慮の無いのは要以外にはいなかった。冬のよそ行きと言うようにスタジャンにマフラー、いつものジーンズと言う姿の誠が正座をして真剣を眺めている光景はあまりにもシュールだったので要は呆然と立ち尽くしている。 「誠ちゃん!切腹でもするつもり?良いから来なさいよ!」 デリカシーの無いアイシャの一言に誠は我に返ると刀を鞘に納め、袋に仕舞って紐で閉じる。 「自衛に日本刀か?叔父貴みたいな奴だな……ってあれも実際は拳銃くらいは持ち歩いているけどな」 諦めたような要の声。誠もただ苦笑いを浮かべながらそのまま階段を下りて踊り場にたどり着く。 「遅かったな、神前。じゃあ茜の車にはアタシと神前とサラとラーナで」 「クバルカ中佐!なんで俺がカウラさんの車に……」 『それはこっちの台詞だ!』 抗議しようとした島田を声を合わせてアイシャと要が怒鳴りつける。哀れにのけぞる島田。サラが心配そうに彼を見つめる。 「じゃあ行きましょう」 茜はそう言うとそのまま玄関を出た。冬の空は雲ひとつ無い。吹きすさぶ風。茜は楚々として寮の隣の駐車場に止めてある電気駆動の高級乗用車に向かう。 「そう言えば何でこれが……」 誠が手にしている日本刀を茜に見せようとしたとき、茜は自分の車のトランクを開けた。 「それはこちらに」 問いに答える代わりに茜が手を伸ばす。仕方なく誠は茜に刀を手渡した。 「アイツ等……」 呆れたようにランがため息をついた。その視線の先のカウラの赤いスポーツカー。いつも出勤に使っている車の前で島田と要が怒鳴りあっている。 「放っておきましょう。子供じゃないのですから」 そのまま茜は運転席のドアを開ける。誠とサラは借りてきた猫のように静かに後部座席のドアを開く。 「ちょっと香水が効きすぎているかしら?大丈夫?」 後ろの二人を見てにっこりと笑った後、シートベルトを締める茜。すぐにモーターの力がタイヤにつながり、車がバックを始める。カウラの車の前ではさらに苛立ちを隠せないカウラが運転席から顔を出して要を怒鳴りつけている。 「まああいつ等もナビでこっちの位置を特定できるんだ。迷子にはならねーだろうしな」 ランの皮肉めいた言葉に釣られて笑う誠。茜の車はそのまま砂利のしかれた駐車場を出た。 「これから本部で見るものは他言無用で」 住宅街から幹線道路へ出ようとハンドルを切る茜ははっきりとそう言った。 「良いんですか?私も来ちゃって……」 後部座席にラーナと誠にはさまれてもじもじしているサラはそうつぶやく。 「オメーも保安隊の隊員だろ?いずれは見なきゃならねーもんだ。まあそれにいまさら緘口令も……一時的なものになりそーだしな」 助手席にちょこんと座っているランがそう言った。後ろからまるで見えないところが誠の萌えの心を刺激する。 「あのー……。行き先は?」 不安そうな誠を見て運転席の茜が振り向いて微笑む。 「じゃあラーナ。二人に説明してあげてちょうだい」 信号に引っかかった車。ハンドルを指ではじきながら茜がそう言うとラーナは再び小型の端末を取り出す。 「これから東都警察の鑑識部の入っている都庁別館に向かいます」 「いいんですか?東都警察なんかに顔を出して」 サラがラーナの言葉をそんな言葉でさえぎったのは当然の話だった。同盟司法局と東都警察。管轄する地域が多いこの二つの組織は犬猿の仲だった。実際誠も東都警察からの資料請求を上官のカウラやランの一言で握りつぶしたことは一度や二度では無い。当然東都警察もランの要求を聞く気も無いと言うように通信を切ってしまうことは多々あった。 それでも専門の分析機関を持たない保安隊にとって東都警察の技術力は活動に必要不可欠なものだった。それを知っている鑑識部は明らかに高飛車な態度を見せてくるので誠もどうも苦手な組織でできれば出入りはしたくなかった。 そんな誠の思惑を無視して隣の席のラーナは端末の操作を完了する。 「先ほどのミイラ化した死体ですが身元はすべて判明しているんです。ただ、年齢、職業、出身地とかいろいろ当たりをつけてみたんですけどまるで共通点が無くて……」 「法術適正は?」 誠のとりあえず言いました的な言葉に噴出すラン。 「あのなあ、神前。法術適正が無ければ勝手にミイラになるわけがねーだろ?それ以外の共通点の話をしてるんだよ」 子供に意見されたようでつい口を尖らせる誠。ラーナはそんな誠を見て少し微笑んだ後、再び目の前に画像を展開させる。 「全員の共通点では無いんですが、あえて特徴を挙げるとすれば、7人のうち4人は租界の難民でした。しかもその四人全員が女性なんです。特徴として言えるのはこれくらいでしょうか……」 そう言って再び首をひねるラーナ。何しろデータを取るには7人と言う数は少なすぎると誠は思った。 「でもそれだけじゃデータを取る意味が無いんじゃないですか?」 そんなサラの言葉に頭を掻くラーナ。今度はランはその体に大きすぎるシートから身を乗り出して三人を眺めてくる。 「あのなあ、見つかったデータが少ねーのは良いことじゃねーか。それとも何か?もっと大量の仏さんが出来るまで捜査は待ってくださいと司法局に泣きつこうってのか?」 またランが引っ込む。サラは困ったような表情でラーナを見つめている。 「そうですわね。確かに共通点を割り出すには少ない人数とは言えますけど、逆にこれだけ共通点が無いと言うことも一つの糸口になるかもしれませんわ」 高速道路へ車を載せた茜の一言。それが何を意味するのか誠にはわからなかった。 「つまりだ、共通点を見出せないようにする必要があった可能性があるんじゃねーかってことだ。これが事故や個別に発動した事件だったとしたら、何がしかの共通点があるのがふつーだろ?場所は限られているんだ。特に港湾地区はよその住人が喜んで出かけるような場所じゃねーんだろ?」 ランの言葉に誠もようやく茜の意図が理解できた。港湾地区は治安が悪いと言うのは誠の大学時代からよく知られていたことだった。再開発から取り残された使われない倉庫と町工場の跡しかない街に通りすがりの人間が立ち寄り、しかも事件に巻き込まれる。ありえない話では無いだけにランの言葉にも重みを感じた。 「でもなー。誰かが意図的に仕掛けたとして、何のためか?そして誰がやったか?その辺の事情は身元を洗っただけじゃわからねーのも確かなんだよなー」 そんな言葉を吐きながらランが大きくため息をついた。 「だから会いに行くんですわ」 突然の茜の言葉、バックミラーに移る彼女の父惟基を髣髴とさせる悪い笑顔が誠の不安を激しく掻き立てた。 |
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東都都庁別館の警察鑑識部のある巨大ビル。その玄関ロビーで来客用の椅子に腰かけ、両手であったかい缶コーヒーを飲むランの姿は非常に目立つものだった。さらにその隣では同じく缶のお茶を啜る和服の茜。ロビーを通る警察関係者達がこの集団に混じっている誠達を好奇の目で見るのはあまりにも当然過ぎた。 「コイツが小便行きてえとか言い出してパーキングエリアに止まったのが悪いんだよ!」 要はそう言うとパーカーのフードをいじっていた島田の頭を小突く。 「そこで喧嘩を始めようとしたのは誰だ?」 カウラの視線を浴びて後ずさる要。 「茜ちゃん。ここに来なければいけない理由。ちゃんと示して見せてね」 ここに到着したばかりだと言うのになぜか手に缶コーヒーを持っているアイシャがそう言って椅子に腰掛けている茜を見下ろす。 「そうですわね」 それだけ言うと茜は軽く周りを見回す。そしていつの間にか消えていたラーナがエレベータの前で手を振るのを見つけて立ち上がった。 「神前、刀は……あー、持ってるか」 立ち上がると言うよりソファーから飛び降りると言う調子のランが誠の手に握られた日本刀を確認する。 「なんだ?試し切りをしろって言う奴か?」 冷やかすような調子でランの後についていく要。誠も先ほどの死体の発生とこの日本刀に何の関連があるのかまるで理解できないでいた。 「とりあえず、技術開発局でパスワードを発行してもらわないといけないのでそちらに寄りますね」 全員が落ち着いたとわかるとラーナはそう言った。 「パスワード?」 最後尾を着いてきた島田の言葉。同様に茜、ラーナ、ラン以外の面々が不思議そうな顔でラーナを見つめる。 「まーそれだけ他所には知られたくねー事実なんだよ」 そう言うとランは開いたエレベータに真っ先に乗り込む。昼前と言うこともあって閑散としている。 「飯食ってくれば良かったかな」 頭を掻きながら要がそう言うと茜とランが同情するような視線で要を見る。 「なんだよ、死体かなんかだろ?アタシは腐るほど見てるから平気だよ。そうじゃなくてコイツのことだよ。どうだ?神前。結構えぐいかもしれねえぞ……しばらく肉が食えなくなるとか」 話題を振られて誠は戸惑う。死体の写真なら訓練所でもいくつも見てきたし、以前のバルキスタン戦では実物も見た。確かに食欲が減退するのは経験でわかっていた。 そんな誠達の目の前のエレベータの扉が開く。白を基調とした部屋の中には人の気配が無かった。ただ静かな空気だけがそのフロアーを支配していた。捜査活動などで忙しく立ち働いている人からの白い目を覚悟していた誠には少しばかり拍子抜けする光景だった。 「不気味だねえ」 要はそう言いながら先頭を歩こうとする茜に道を譲る。誠もまるで人の気配を感じない白で統一された色調の部屋をきょろきょろと見回しながら歩いた。 「ここですわ」 茜はそう言うと白い壁にドアだけがある部屋へ皆をいざなった。 茜は何事も無いように歩く。扉を開いてそのまま部屋に入り、一度くるりと回った後そのまま部屋から出てきた。 「皆さんもどうぞ」 襟を正しながらそう言う茜に誠達は呆然としていた。 「いったい何が?」 誠の質問を無視するように今度はラーナが茜と同じように部屋に入り、くるりと回って出てくる。そしてランも当然のように同じ動作をした。 「無意識領域刻印型パスワード入力か?こりゃあ本格的だな」 そう言った要も同じように白い部屋に入りくるりと回って出てくる。 「なんですかその……」 「大脳新皮質の一部に直接アクセスして無意識の領域に介入するのよ。そしてそこにパスワードを入力して現場ではそれを直接脳から読み取ってセキュリティーの解除を行うっていうシステムね。でもこれは警察でも最高レベルの機密保持体制よ。一体……」 そう言ってアイシャが同じ動作を行う。 「僕もやるんですか?」 初めて聞くセキュリティーシステムに腰が引ける誠だが、彼の頭を要が小突いた。仕方なく誠は扉を開き、真っ白な部屋に入る。 何も起きない。 まねをしてくるりと回る。反応は無い。そしてそのまま部屋を出た。 「あのー?」 「ああ、自覚は無いだろうがすでに脳にはパスワードが入力されているんだ。実際どう言うパスワードかは本人もわからない」 サラが続くのを見ながらカウラはそう言って後に続く。 「ああ、吉田さんなら無効化できるかもしれないけどな」 そう言って島田もカウラに続いた。 「それじゃあ今度は地下ですわね」 |














