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いきなり西園寺要大尉が升酒を噴出したので、神前誠(しんぜんまこと)は思い切り動揺した。そして噴出した酒が目の前のどうにも堅気とは思えない目つきの恰幅のよいGIカットの親父に向けて吐き出されただけに一瞬逃げ出したい気持ちになった。 「どうしたのよ……要ちゃん」 紺色の花柄模様の振袖が似合いすぎる紺色の長い髪をなびかせるアイシャ・クラウゼ少佐の言葉に誠も我を取り戻した。軍用の義体のサイボーグであり、東都戦争と呼ばれるシンジケート同士の抗争劇の中心に身をおいていた彼女が迫力は十分とはいえただの高市の香具師にひるむはずも無かった。 「姐さん……突然吹かないでくださいよ」 顔面に思い切り日本酒を吹きかけられてもその親父さんはにこやかに笑って舎弟が差し出す手ぬぐいで顔をぬぐい始めた。ことの発端を作ったのは赤い色の扇の文様の振袖を身に纏った要。四年前まで『胡州の山犬』と呼ばれて恐れられたサイボーグも今では誠の所属する遼州同盟の司法実力部隊である『遼州保安隊』の一パイロットとして勤務している。そして神前誠の上官として東都明神の祭りが見たいと案内を頼んだのも彼女だった。そして出店の中でもそれなりに風格がある面々が要を見るたびに何か恐ろしいものを見てしまったと目をそらす様を見て誠はただ申し訳の無い気分で一杯になった。 「すまねえなあ。ウケル話が届いちゃって……ったく酒がもったいねえよな」 要はそう言うと空になった升を額をぬぐい終わった親父に差し出す。親父も要の話に興味があるものの一応司法執行機関の大尉と言う境遇の要に話を持っていくのは遠慮しているらしく黙って升に酒を注いだ。 「さすがに西園寺だな。まだ飲むのか?」 緑色の若葉を模した文様がエメラルドグリーンの髪に映える細身の女性。カウラ・ベルガー大尉もまた要が酒を飲み始めてからもう二十分が経っているので呆れながら同僚の飲みっぷりを眺めていた。 「ふう、だってよう」 ようやく升を置いてカウラに向き直る要に大きく安心のため息をつく親父の表情に少し笑みを浮かべる誠に話を切り出そうとする要。それを見ながら誠は改めて自分がスタジャンにジーパンと言うありきたりな冬の服装をしていることに気づいて苦笑した。 「だっても何も無いでしょ?本当にすみませんね、暴力馬鹿の誰かさんに酒を盗まれた挙句顔に吹きかけられるなんて……」 アイシャが親父に頭を下げるのを見てカチンと来た要がアイシャの長い髪を引っ張る。 「痛いじゃないの!」 叫ぶアイシャに少しばかり酔っているのか印象的なタレ目で要は長身のアイシャを見上げた。 |
保安隊日乗 低殺傷兵器 1
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「痛くしてるんだよ!」 そう怒鳴る要をカウラが押しとどめる。要の手が離れて何とか呼吸を整えるアイシャ。そして誠はいつの間にか回りに人垣ができているのにただ唖然として立ち尽くしていた。 「それより西園寺。突然噴出す原因くらい教えてくれてもいいだろ?」 カウラの一言。一応要と誠を部下として巨大人型兵器、アサルト・モジュール部隊の隊長を務めているだけあって落ち着いて原因を突き止めることに決めたような鋭い調子で言葉が放たれる。 「そりゃあ……まあ……ちょっと待てよ」 要はそう言うと手の巾着を開く。中から携帯端末の画像投影用のデバイスを取り出し、それから伸びるコードを首筋のジャックに差し込んだ。 「便利ね。さすがテレビ付き人間」 サイボーグの体を気にしている要に言ってはいけない暴言を言うアイシャだが、とりあえずカウラと誠、そして周りの野次馬達の目も有るので睨み付けるだけで作業を続けた。 『こちら福岡です』 画像にアナウンサーが映ったのを見ると周りの人々の視線も集まる。ただのテレビの画像を見せられたことで少しばかりカウラは呆れたような顔をしていた。 「西園寺さん……これのどこが……」 誠は噴出すような内容がありそうに無いテレビ番組を見せられたので少しばかりがっかりしながら周りをちらちら眺めている要に尋ねようとした。 「ちょっと落ち着いて待ってろよ……もう少し前かな?」 そう言うと画面が高速で逆回転して行く。そして学校の入学式のような雰囲気の映像が映ったところで画像は止まった。 『……魔法学院の……』 「魔法!魔法学院!出来たの?そんな素敵な学校が出来たの?」 それまで野次馬を見回しながら要の行動を黙殺していたアイシャがハイテンションで叫んだ。誠とカウラはそのやたらとうれしそうな表情を見て目を見合わせることになった。確かに要が噴出すはずだと納得して頷く誠を見ながらまだ理解できずにいるカウラに目を向ける。 「まあ……変な名前と言うことで」 誠のフォローにもカウラはまだ一つ乗れないように首をひねっていた。 |
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「うるせえなあ……もう少し落ち着けよ」 アイシャの食いつきに呆れたように要は言うと画面を拡大する。そこには遠く離れた地球の日本の街の一隅にある学校の校門が映し出されていた。誠達はその中の学校の校門の横の石碑に刻まれた文字に目をやった。 「『東福岡魔法学院』……?『魔法』?」 ぼんやりと繰り返すカウラ。アイシャはついに口を押さえて大爆笑を始めた。 「アメリカさんは法術をマジックと呼んでるからな。和訳したら『魔法』だろ?」 「ああ、そうですね」 思わず腹を押さえて二つ折りになっているアイシャに周りの視線が痛いほど突き刺さるのを見ながら誠はそうつぶやいた。 「……可笑しい!じゃあここの学校の生徒はみんなマントに杖を持っているわけね!ファンタジーよ!ファンタジー!誠ちゃんも入学したら?」 「ばかばかしい」 上機嫌のアイシャの言葉をあっさり斬って捨てるカウラ。それでもアイシャの笑いは収まらなかった。 「神前はあと最低二年は必要だな、ここに入学するには」 「え?そう言う条項があるんですか」 「だってお前童貞だろ?今は23歳だから……25になるまであと二年。がんばれよ、菰田に負けるな!」 要の得意げな顔に誠は頭を掻きながら視線を画面に移した。その様子がおかしかったらしく今にも半分に折れそうな様子でアイシャは爆笑を続けていた。 「日本には遼州系の人間も多いからな。恐らくそのことをにらんで神前が法術の存在を示した『近藤事件』以前に準備は進んでいたんだろうな」 一人冷静に画面を見つめるカウラ。さすがにそんなカウラも見るとアイシャも笑いに飽き、要が再び升酒をあおり始めると周りの野次馬も興味を失ったように散っていった。 「しかし『魔法学院』はないだろ……誰かこのネーミング止められなかったのかね」 ニヤニヤしながら要は画面の中の看板に目をやっていた。 |
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「名前が重要なんじゃない。むしろその中身が大事なんじゃないのか?一応私立の学校という話だが設立に当たりいくつかの在日アメリカ軍の外郭団体から金が流れているらしいからな。実際は米軍の法術師養成機関と考えるのが妥当だろう」 「なんだよ、カウラは知ってたのか?」 まるで自分の見つけたネタを馬鹿にされたように要が頬を膨らませる。それを見てアイシャもようやくおちついてきたというように口元を引きつらせながら立ち上がった。 「なるほどねえ、さすがカウラちゃんは勉強熱心でいらっしゃる」 「貴様等が仕事をサボることばかり考えているからだ」 そう言うとカウラはそのまま参道を歩き始めた。要は升を男に返すとその後に続く。 「でも僕も思いますけど『魔法学院』は無いと思うんですけどね……どう見てもやはりファンタジーの世界ですよ。人間が宇宙に飛び出してからの名前とは思えないじゃないですか」 まるで自分が仲間はずれにされていたとでも思っているようにすたすたと歩いていくカウラの後に誠もついていく。要もアイシャもその後ろからいつかカウラをからかおうというような様子で歩いていた。 「まあ東和警察だって警察学校に法術部門を立ち上げたからな。今のところは東都条約の規定により法術の軍事的使用にはさまざまな規制がかかっている……」 「一応はね。でも実際それを守るかどうかとなると別問題でしょ?」 アイシャはそう言うと誠の手を引いて走り出す。 「なんですか!」 「何ですかって言うことは無いんじゃないの?せっかくの正月休み。初詣ならもっと明るい気分ですごしましょうよ!カウラちゃんはまじめすぎ!もっと楽しまなくっちゃ!」 「……で?そうすると何でテメエ等が手をつなぐんだ?」 明るく誠の手を引こうとしたアイシャの手を要は叩いて離させた。 「なによ!」 「なによって何だよ!」 いつものように要とアイシャがにらみ合いを始めた瞬間。誠は強烈な違和感を感じて立ち止まった。 |
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「どうした?」 要が声をかけるが誠の心臓の鼓動は早くなるばかりだった。そしてその原因が自分の領域に一つの力が介入してきていることが原因だとわかって要に説明しようと顔を上げた。だが言葉が出なかった。 「おい、大丈夫か……カウラ!神前が変だぞ」 ひざまずいて震えている誠を要が何とか助け起こそうとするが誠の意識は要もそしてその言葉を気にして近づいてきたカウラやアイシャにも言っていなかった。 圧迫されてゆがむような視界の中、絵馬が並んでいるのが見える。人々はそれぞれ手に絵馬を持って和やかに話をしているのが見えた。だが、その中の中学生くらいの振袖姿の少女が急に足を止めたのを見て誠は立ち上がろうとした。 「昨日はコミケで大活躍だったから疲れてるんじゃ……」 そう言ってアイシャがそう言って手を差し出した瞬間だった。 一瞬誠の意識が飛んだ。そして一斉に参拝客が眺めていた絵馬に火が入った。乾燥した木の燃え上がる炎に人々が驚いたように悲鳴を上げる。 「なんだ!」 驚いて振り返る要。カウラはあたりを見回し防火水槽を見つけて走り出した。 「ちょっと!何よ!テロ?テロなの?」 アイシャはしばらく叫んだ後、火の粉が移った人達に近づいて自分の紺色の振袖を振り回して火を消そうとしていた。 「おい、誠!」 「パイロキネシスト……発火能力者です」 ようやく何物かの介入がやんで力が入るようになったひざで参道の中央に立ち上がる。そしてその誠の様子を確認すると要は慌てて駆けつけてきた警備の警察官に自分の身分証明書を見せた。 「保安隊?法術事件ですか?」 驚いた太り気味の警察官はしばらく唖然とした後、周りを見回した。防火用水の隣のポンプを使ってカウラが近くの客達に助けられながら放水を開始している。 「法術犯罪の可能性がある。すぐにこの場にいる人物の身柄の確保を始めてくれ」 要の言葉に警察官と飛び出してきた町会の役員達が大きく頷いて走り始める。その様子を見送った後、誠は大きく息をしてそのまま消火活動中のカウラに向かって駆け出していった。 |










