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「で?なんでアタシがオメエの愚痴を聞かなきゃならねえんだ?」 誠達にとってそこはリラックスできる溜まり場だった。お好み焼きの店『あまさきや』。いつものように報告書の修正が終わるとランが誘って豊川市市街のこの店に立ち寄るのが定番となっていた。 「そんなことおっしゃっても・・・麗子さんの担当は要さんじゃないですか?」 「いつからアタシがあの馬鹿の世話係になったんだ?」 いつもならこういう席を避けて家に帰る茜がラーナを帰らせて誠達に付き合うと言い始めたところで誠も嫌な予感はした。茜は異常に酒が強かった。父親の嵯峨を考えてみると彼女がウワバミのように酒を飲むことは不思議には思えない。 だがそれが絡み酒になると分かっているから始末が悪い。しらふなら黙って済ましている和服の似合う美人で済むが、彼女の酔い方は独特でこの人を見つけると徹底的に絡みながら酒を際限なく同じペースで飲み続けるのだから最悪だった。 今日も早速遼州同盟司法局本部の調整担当官秘書の大河内麗子少佐への愚痴を要に向かってもう三十分も続けていた。 「彼女が語学が得意なのは分かりますよ。確かに胡州の高等予科学校から海軍大学校に直接入学なんて十年ぶりの快挙なのも分かっています。でも・・・」 「だからあいつはアタシの担当じゃないんだよ」 要は右ひじを握り締めながら体内プラントでアルコール分解ができるサイボーグの自分とほぼ同じペースでウォッカを飲み続ける茜に辟易していた。それもそのはず、そのウォッカは要のボトルキープしている酒である。茜はまるで意に介さずに次々と手酌で杯をあおる。 「いいんじゃないの。聞いてあげなさいよ。タコ中佐も困っているみたいだから解決したら何かおごってもらえるかも知れないわよ」 さっきから茜の酔い方が面白いので烏龍茶に切り替えて観察を続けているアイシャがつぶやく。タコ中佐ことランの先任に当たる実働部隊部隊長の明石清海中佐が調整担当官をしており、その秘書の麗子の傍若無人なお嬢様気質に時々泣き言を漏らすのを誠も聞いた事があった。 「仕方ねえじゃないか。司法局は人材的には隔離病棟扱いされてるからな。ああいうテストは得意だけど実際の運用はまるで駄目で口ばかり達者な人間も組織ってものにはいるんだよ」 そう言うと苦々しげに要はグラスを傾けた。 |
保安隊日乗 低殺傷兵器 3
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「本当に・・・一般論」 そう言うと茜はまた空になったグラスに勝手にウォッカを注いだ。 「あのなー。そんな強い酒割らずに飲んだら胃が焼けんぞ」 四人がけのテーブルに誠とカウラ、アイシャと座っていたランの言葉にうれしそうに茜が振り向く。 「だってせっかく蒸留して濃くなったアルコールですのよ。そのまま飲まないともったいないと思いませんの?」 「もったいないねー」 呆れたというようにビールを飲み干すラン。その子供にしか見えないのに浮かぶ苦々しい表情につい誠が噴出した。 「それにしても・・・いつもすいませんね」 「良いのよクラウゼさん。これで要さんがまたボトルを入れてくれれば助かるもの」 そう言って気を利かせて女将の家村春子がビールを運んできた。誠とランは二杯目。アイシャとカウラは相変わらず烏龍茶を飲み続けていた。 「なんですの?隠し事?今日はわたくしのおごりにしますからどんどん飲んでいただいて結構ですのよ」 「じゃあアタシの入れるボトルもか?」 要の一言にキッと目を向ける茜。 「すいません、警視正・・・」 「いいんですのよ。焼酎なら入れてあげる」 「アタシは焼酎は飲まないんだけどなあ」 急に機嫌が良くなる茜。多少はアルコールが回っているらしいのを確認してなんとなくうれしくなって誠はビールを飲みながらたこ焼きに手を伸ばそうとした時だった。 茜の通信端末が呼び出しの音楽を奏でた。 「ちょっと待ってくださいね」 そう言うと茜は周りを気にするようにして立ち上がりそのまま店の奥のトイレへと消えていった。 |
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「どうした・・・事件か?」 要はそう言うとウォッカの入ったショットグラスをあおる。 「まあ法術特捜の捜査官はいまだに嵯峨警視正一人だからな。代わりがいないのはつらいんだ」 カウラの言葉に誠も頷く。同盟司法局と東都警察の関係は決して良好とは言えない。東都警察も半年前の『近藤事件』以来自分の能力を隠していた警察官に召集をかけて独自の法術犯罪対応部隊を設立し、さらに先月には一般からの法術師の応募にまで踏み切っているとはいえ、法術犯罪のノウハウのほとんど無い東都警察の法術師を同盟司法局が一本釣りで獲得することなど夢のまた夢の話だった。 「でも茜ちゃんだからいいのよね。私なんかあんなに飲んだら倒れちゃうわよ」 「ありゃあ特別な血族だからな。楓も叔父貴も酒はいくらでも飲みやがる」 要の言葉にさすがのアイシャも同意するように頷いた。 トイレから出てきた茜の表情はほとんど素面といっていい状態だった。 「すみませんけど豊川警察署までのタクシーを手配していただけません?」 「普通のタクシーでいいんですか?できれば助手とかになってくれる人も乗れるような車のあてならありますよ」 紺色の留袖の襟元を気にしながら茜はアイシャに声をかけた。アイシャもあてがあるというように笑みを浮かべる。 「またパーラか・・・かわいそうだな」 要が同情するのも当然だった。運用艦『高雄』の火器管制官パーラ・ラビロフ中尉。アイシャやカウラと同じ人造人間の『ラスト・バタリオン』として生を受けた彼女だがそれ以上に隊員達には同情の目で見られる女性士官だった。 ともかく運が無い。保安隊に配属されてすぐに問題となった『高雄』機関長槍田司郎大尉との関係。誠はあまり興味が無いが彼の上司の技術部長許明華大佐の態度から見てそれがかなり酷い態度を槍田が取ったらしいことは分かった。 そしてなんと言っても当時操舵手だったアイシャといつでも行動を共にしていたのが運の尽きだった。 趣味に関してはいくらでも暴走する。人使いの荒いアイシャとの腐れ縁は隊員達の多くが同情するところだった。 「いいじゃないの。あの子の車だって走って何ぼでしょ?」 さも車をパーラの運転で借りることが当然というような顔でアイシャは端末にパーラのアドレスを打ち込んだ。 |
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「豊川警察署・・・島田君がいたら逃げ出すわね」 自分のピンク色の髪をなでながらパーラは後部座席に乗り込む誠達を見ていた。明らかに人造人間と分かるその髪の色。恐らく夜中の警察署では目立つだろうなどと考えながら誠は要に押し込まれて三列目のシートに押し込まれた。 「別に交通課にお話がある訳ではないですもの。これもお仕事。割り切ってもらわないといけないですわね」 そう言いながら助手席の茜は後ろでニヤニヤ笑っているアイシャの顔をのぞき見た。 「それより何があったんですか?まさか例の他人の法術能力を使って悪さをする暇人が何かこの近辺でやらかしたとか・・・」 アイシャの問いに答えずにそのまま前を向いてしまう茜。そしてカウラの乗車で車は動き出した。 「ちゃんとベルトはしてくださいね」 そう言った相手が要なのは誠もすぐに分かった。いそいそと要がシートベルトを締める。 「何をしたんですか?」 カウラの問いに一度ためらった後茜は口を開いた。 「今度は時空間制御系ですわ。能力者は70代の女性。自転車で走っていたところで急に自転車が加速しているように感じられて下りてみたら時間がずれていて転倒って話よ」 「なんだよ婆さんが転んで怪我でもしたのか?それでも事件かよ」 要の言葉を聞くと機嫌を損ねたというように茜は前を向いてしまう。パーラはそんな車内のごたごたに関係したくないというように警察署に続く大通りへと大型の四輪駆動車を進めた。 「一応法術の発動に許可が必要になったのは皆さんもご存知ですわよね。神前曹長!」 「はい!」 同い年とはいえ一方は司法局のエリート。誠は士官候補生崩れの新米下士官。呼ばれたら答えるしかなかった。 「法術の発動は市街地では自衛的措置以外は原則として全面禁止。違反した場合には30万円以下の罰金か6ヶ月以下の懲役が科せられます!」 「・・・ということですわね」 先ほどあれほど飲んでいたのが不思議に思えるくらい平然と茜はそう言って振り返った。 |
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「厳戒態勢だな・・・やりすぎじゃ無いのか?」 目の前に豊川警察署が見えるとつい要はつぶやいていた。誠もその意見には同感だった。 すでに二台のパトカーがパーラの四輪駆動車を置いて外に飛び出していく。正門を通れば早速警棒を持った警察官に止められた。仕方なくパーラは窓を開いた。 「済みませんが・・・どちらの・・・うわっ!」 窓に突っ込んできた警官は思わず車内のアルコールのにおいに驚いたようにのけぞった。 「ああ、私は飲んでませんから!」 「そんなことよりも・・・これ、身分証」 厄介者を見つけたという表情の警官に茜が身分証を差し出す。その中を見るとすぐに警官は身じまいを整えて敬礼した。 「そちらの奥が空いています!」 「有難う」 警官の態度の豹変に楽しそうな顔をしながら茜は着物の襟元を調える。 「過剰反応だな」 「うちが鈍感なだけよ。結構法術に対する誤解はあっちこっちであるものなのよ」 カウラの言葉をアイシャがたしなめた。誠もこの警察署の対応がある意味今の東和を象徴しているような気分になってきた。 「はい、到着」 パーラのその一言に早速二番目の席のランとカウラが飛び出していく。 「元気だねえ」 そう言いながら要はなかなかドアを開けようとしないアイシャの後頭部を小突いた。 |













