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保安隊日乗 低殺傷兵器 7

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「何を・・・と言っても無駄か」 

『そうですわね』 

 突然頭の中に介入してきた思考に水島は驚いて手にしていた本を落とした。すぐ拾い上げながらもその目は口を閉じている少女に向かっていた。

『あなたにはもう選択の余地は無いんです。分かりますか?』 

 キャシーの目は冷たく水島を見つめていた。はじめてみる感情の死んだような女性の目にただ呆然と座り込む水島。誰もが奇異の目で見るが立ち上がる気力は沸いてこなかった。

『演操系の法術は使用するタイミングによっては前回の様な悲劇につながります。きちっとした訓練とそれを行なえる組織。それが今のあなたには必要なんです』 

「米軍につけと言うのか?」 

 ようやく言葉を搾り出した水島を断罪するようにキャシーが頷く。だが水島は彼女が明らかに不自然な存在だと言うことに気づいていた。それは隣でガムを噛むクリタ少年にも言えた。

『実験動物にされる・・・ごめんだよそんなのは』 

『何度も言っているではないですか。あなたには選択の余地は無い・・・まあ考える時間は必要かもしれませんが』 

 それだけ脳に直接語りかけたキャシーは足早に図書館の外へと続く廊下を歩いていく。そのぶっきらぼうな態度に辟易したような表情を浮かべた後、クリタ少年はにんまりと笑ってそのまま少女の後に続いた。

 プレッシャーが解けたようによろよろと水島は立ち上がった。誰も彼等の間にやり取りがあったと思えないと言う表情で人々は通り過ぎていく。

『米軍でモルモットになるか・・・遼州で犯罪者になるか・・・』 

 自分が後戻りできないところに来ていることにようやく水島は気づいていた。そしてアメリカ軍以外にも自分の存在が知られているのかもしれないと想像した。

『米軍が監視してくれているなら安心だな。とりあえず考える時間はくれたわけだ。その間にどう言う要求をしてくるのか確認するのも悪くない』 

 そう思いなおして水島はそのまま荷物が置いてある図書館の自習室に向けて歩き始めた。

 待つ。これが苦手な人が多い。

 誠は目の前の頭を掻き毟って暴れだしそうな女性を見ながらその事実を再確認していた。

「なんだよ」 

「なんでもないですよ」 

「その面がなんでもない面か?」 

「止めなさいよ!要ちゃん!」 

 アイシャの声に立ち上がりかけた要が息を整えるように深呼吸をして誠の目の前の席に腰を下ろす。誠はそれを見てようやく安心して目の前の端末に記されているアストラルゲージのグラフに目を向けた。

「西園寺。気持ちはわかる」 

「わかって貰いたかねえよ!」 

 気を使ったカウラの言葉にも不機嫌に対応する要。誠も思わず苦笑いを浮かべるがすぐに察してにらみつけてくる要の視線を避けるように身を伏せる。

 すでに警邏隊の巡回が始まって二日。いや、まだ二日と言うべきだと誠は思っていた。直接の接触を避けながらのパトロールでのアストラルゲージチェック。そう簡単に犯人への道が開けるとは誠も思っていなかった。苛立ちの絶頂の中にいる要も理性ではそのことは分かっているだろう。しかし彼女は明らかにいらだっていた。

 原因は昨日からこの捜査方法を提案したラーナが東都の同盟司法局に呼び出されていることだとは誠にも分かっていた。本来は彼女は同盟司法局法術犯罪特捜本部の捜査官であり、その部長嵯峨茜警視正の補佐が任務のはずであり、茜が追っている連続斬殺犯に関する情報があればいつでもそちらに出張することが誠達の豊川署への出向の条件でもあった。

「うわー疲れるな!」 

「何もしていない人は黙っていてよ!」 

「なんだ?アイシャ。アタシとやろうってのか?」 

「ホントに要ちゃんは脳筋ね・・・付き合ってらんないわ」 

「なんだと!」 

 今度はアイシャに喧嘩を売る。さすがにモノクロの画面でグラフの針の動きばかりを追っていて疲れたのは要ばかりではなかった。アイシャもいつもなら聞き流す要の啖呵につい乗ってしまった自分を恥じるように静かに席に着いた。

「なんだか引っかかるんだよな・・・」 

 相変わらず要は冴えない表情で画面を見つめていた。豊川市の主要道路を走る警邏隊のパトカーの位置が彼女の画面の正面で展開している。何度とない要のため息に誠もカウラもうんざりしたような表情を浮かべていた。

「引っかかるも何も・・・これ以外に方法があるなら教えてくれ」 

 さすがに頭にきたカウラは手を後ろに纏めたエメラルドグリーンの髪に持っていくとそうつぶやいた。呆然と顔を上げる要。その目にはこういう時らしく生気が無かった。

「アタシ等の使っている計器。当然小売はしてないよな」 

「私が答えるんですか」 

 めんどくさそうなラーナ。しばらく考えた後ようやく口を開いた。

「当たり前の話ですよ、それは」 

 ラーナの回答に画面から目を離さずに満足げに要は頷く。そしてそのまま誠の顔を一瞥すると再び画面をモニターに向けた。

「法術関連の学会とかでは話題になっているのかな、このアストラルゲージとかは」 

「当然じゃないですか・・・!」 

 要の質問に気づいたことがあるというようにラーナが顔を上げる。その様子でカウラとアイシャは大きく頷いて顔を見合わせた。

「法術関係の研究をしている国の機関ならどこでも同程度の製品は作れる。そして事件を取り上げた新聞に目を通す程度の余裕のある東都の大使館の武官を抱えている国なら・・・」 

「私達より先にターゲットにたどり着いてもおかしくないわね」 

 カウラとアイシャ。二人の言葉に誠はようやく結論を知ることになった。

「それじゃあ・・・急がないと」 

「だからこれが一番早い方法なの!焦っても仕方ないわよ」 

「クラウゼ中佐・・・」 

 泣き顔で誠はアイシャに目をやるがアイシャはかまうつもりは無いというようにそのまま画面に目をやっていた。

「後は天運だけだ」 

 カウラもまた誠をフォローするつもりは無いと言うように画面を眺めながら冷えたコーヒーを啜っていた。

 一人の黒いトレンチコートを着た男がベンチに腰掛けていた。

 冬晴れの空。誰もが着ているコートやマフラーを押さえて北風に耐えている中、男は長細い筒を持ったままじっと目の前の鳩に菓子パンをちぎっては投げる動作を延々と続けていた。

「旦那!桐野の旦那!」 

 派手なラメ入りの赤いスタジアムジャンバーを着たリーゼントの男が彼に声をかけた。だが桐野と呼ばれた男は無視して鳩にえさを投げ続けた。

「いやあ、冷えますね」 

 無視されてもスタジャンの男は桐野に話を振ると手にしていた暖かい缶コーヒーを差し出した。

「冬は冷えるものだ。胡州が懐かしいと俺が言い出すと思ったのか?北川君」 

 缶コーヒーを手にすると桐野孫四郎はプルタブをゆっくりと引き上げる。カチンと響く音に驚いたように鳩が一度桐野の足元から去るが喰い残しのパンを見て再び彼の前にたむろする。

 北川公平はしばらくその様子を確認した後、どんな言葉も桐野の関心を引けないと諦めて自分の分の温かい紅茶の瓶のふたを開ける。

「豊川市・・・あのラスコー陛下の地元ですよ。乗り込んだのは良いが・・・」 

「手ぶらで帰れば御前が悲しむな。一応知り合いに部屋を借りた」 

「旦那が?知り合い?よくそいつで斬られなかったもんだ」 

 驚きの表情で北川が桐野の手の横に置かれた筒に目をやる。その中身、備前忠正の存在を知っている北川は桐野のリアクションを諦めて彼の前にたむろする鳩に視線を落とした。

「我々にとっては不愉快極まりない法術演操術者・・・大人気のようですよ。アングラサイトにその情報を売り渡した南米の工作員崩れの死体が港北に上がったそうです」 

「遊びか・・・何かのメッセージがあるのか・・・ともかく会って見るのも悪くない」 

 桐野の言葉に北川の笑顔が崩れる。そしてそのまま鳩に目をやると一羽の鳩が突然もだえ始めた。

 鳩は声も立てず、何かに首の辺りを握り締められたようにもだえ始めた。北川が驚いて桐野の表情を見るがそこにはもぬけの殻のようにじっとその鳩を見つめている悪鬼のような男の姿があった。

「桐野の旦那・・・」 

 北川が口を開いた瞬間。目の前でもだえていた鳩の首がぽとりと落ちた。


 思わず北川は周りを見渡した。駅近くの公園だが寒さと平日の日中と言うことで誰も異変に気づいたものはいなかった。

「旦那!」 

「なあに、ちょっとした悪戯さ」 

 そう言うと桐野は立ち上がる。北川は言いたいことは山ほどあったが口の中にそれを飲み込んで歩き出した。

「太子もご立腹ですよ。東都に来て何人斬ったと思ってるんですか?」 

 小声でつぶやいては周りを見回す北川。そのおびえた表情に余裕のある笑みを桐野は返す。

「俺は人が斬れるから太子に飼われてやっているんだ。斬れなくなればおさらばさ」 

 そう言う桐野に北川は大きくため息をついた。そして周りを見渡すが豊川駅前南公園。ベットタウンの日中。しかも真冬と言うことで長い筒に黒いトレンチコートと後ろに纏めた黒い長い髪と言う明らかに異質な桐野の姿ですら通りを急ぐ中年女性やランドセルを背負った小学生ですが気がついていないように見えた。

「それより・・・悪戯をしている馬鹿。見つけたとして・・・斬ってもいいのか?」 

 赤信号に立ち止まった桐野の言葉に北川は頭を抱えた。

「いいわけないじゃないですか!どうせ自分の力も知らない馬鹿が先日の政府の愚策である法術適性検査の無料化で受けてみたら適性があって社会に牙でも向いているつもりなのが見え見えですよ。そんな奴・・・」 

「別にどんな奴でも良いんだ。斬って良いのか?」 

「駄目です」 

 北川の言葉に何度か頷いた後、桐野は信号が変わったのを確認して歩き出した。

「旦那。どこに行くつもりですか?」 

「どこ?別にどこでもかまわんぞ」 

「はあー・・・」 

 淡々と答える桐野の言葉に北川はため息をつくとそのまま桐野のポケットに突っ込んでいる左手を取った。

「とりあえず協力者の所に行きましょう。旦那はただでさえ目立つんだから・・・」 

 そのまま腕を引っ張る北川を死んだ表情で見つめながら桐野はそのまま繁華街のアーケードの方へと歩き出した。

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