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保安隊日乗 低殺傷兵器 9

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 しばらくアパートを見上げた。

 桐野孫四郎は周りに人の気配が無いのを察すると紙の筒のふたを開けた。そこには彼の愛刀『関の孫六』が入っていた。朱塗りの鞘を静かに払うとそのまま階段を登る。

 法術の気配は無かった。他にも人の気配自体が無い。先ほどまでの桐野の脳髄を刺激するほどの力の存在はすでに消えうせていた。

「時間だな」 

 そう言うと桐野は一番手前のアパートの扉に体当たりをした。

「うわ!」 

 飛び込んだ部屋の中に一人のうだつの上がらない中年男が腰を抜かして倒れている。

「失礼するよ」 

 そう言うと桐野はそのまま土足でアパートの一室に上がりこんだ。男はただ震えながら桐野を見上げている。その手にしている引き裂かれたノートが何かをその貧弱な男が決意したことを示しているように桐野には見えた。

「水島・・・勉さんだね」 

 自分の間合いに入ったところで静かに桐野は男に尋ねた。そのいかにも平和に慣れ親しんできたと言う水島の表情に怒りのあまり斬殺したくなるのをようやくとどめていた。

「そう・・・ですけど・・・あなたは?」 

 突然の闖入者だと言うのに追い出そうなどとは思えずに震えている水島。哀れでもあり同情もするが桐野にはそれを言葉にするつもりは無かった。

「なんだ・・・旦那。先にはじめちゃったんですか?」 

 入り口の壊れたドアを呆れたように見つめている男がさらに現れた。その革ジャンと洗いざらしのジーンズには水島もこの絶望的な状況を救ってくれる人物に見えたと言うように恐怖で出せない声を振り絞ろうとする。

「さっきまでいたのは・・・どこですかね?ゲルパルトのネオナチの旦那達・・・東モスレムの原理主義者連中・・・それとも?」 

 革ジャンの男の口ものが不気味に笑みに飲み込まれる。その様を見て水島はその革ジャンの男の方が信用に足らないと言う事実に気が付いて絶望して振るえることしかできなかった。


『おじさん・・・ピンチなの』 

 頭の中でクリタ少年の声が響いた。

「なんでだ!話が違うぞ!」 

「話が違う?なにも俺は話してないですけど・・・」 

 革ジャンの男の言葉に水島は我に返った。

「北川。たぶんこいつはどっかの勢力に買われたんだろ。そいつからの思念通話だ」 

 落ち着いて分析してみせる刀を手にした桐野の死んだような表情に水島は死を直感した。ゆっくりと刀が振り上げられる。

「飼い主が決まるまで静かにしていれば良かったのにねえ」 

 北川と呼ばれた革ジャンの男の笑み。自分が斬り殺されるのを覚悟しながら恐怖に震えるしかない自分に呆れながら水島は考えていた。

『助けてくれ!』 

 次の瞬間、振り下ろされた桐野の刀は何も無い畳に突き立てられた。

「逃げられましたね」 

 北川はそう言うと水島が消えた畳を丁寧にさする。

「いい飼い主が見つかったようだな。なかなか面白い展開だ」 

 畳に刺さった剣を抜くと静かに鞘に収める桐野。その不満そうな表情を見ると北川はいかにも滑稽なものを見たというように爆笑を始めた。

「何がおかしい」 

「旦那・・・せっかくの得物に逃げられて無様に刀を納めるなんて・・・」 

「そういうオマエは逃げられてそのままで帰るつもりか?」 

 不愉快そうにつぶやく桐野に笑みを浮かべると北川は長身の桐野の耳元に背伸びをしてつぶやく。

「なあに、俺のテリトリーの中を飛んだだけですよ。場所は割れてます。行きましょう」 

 そう言うとそのまま部屋を出て行く北川。彼の背中を見ながら桐野は剣を手に古いアパートの壁をさすりながら用がなくなった部屋を後にした。

「おい、西園寺・・・何かあったのか?」 

 カウラは自分の車に乗り込んだばかりの要に声をかけた。右足を車の後部座席に突っ込んだまま右手を耳に当ててじっと動かない要。それは彼女の脳の中に埋め込まれた通信端末にアクセスしている時の彼女らしい態度だった。

「どこかの馬鹿野郎がカチコミをかけやがった。巡回していた警官二名が重傷だ。なんでもダンビラ片手に大暴れしてそのあと忽然と干渉空間に消えたそうだ」 

「先を越されたわけね・・・どうするの?」 

 車に乗り込むのを止めた要の隣で興味深そうにカウラを見つめるアイシャ。誠はただ黙って指揮官の表情のカウラを眺めていた。

「西園寺。他に死者や怪我人は出ているのか?」 

「怪我したのは警官だけ。斬り付けられた時に悲鳴を上げてそれに驚いて飛び出した近くの住人がいるそうだが・・・犯人を目撃したのは一人もいないそうだ」 

「カウラちゃん。怪我をしたおまわりさんの回復まで待つ?」 

 ドアに両手をついて薄笑いを浮かべながら尋ねるアイシャ。誠はそんな彼女を一瞥した後あごに右手の親指を当てて考え込んでいるカウラに視線を移す。

「干渉空間を展開できるだけの法術師がターゲットが留守だと言うのに襲撃を行なうわけが無い。となると・・・」 

「恐らく斬殺魔以外にも水島さんとやらに接触している勢力があるわけね・・・厄介なことになりそうじゃないの」 

 そう言うとアイシャはそのままカウラの赤いスポーツカーの後ろに回りこんだ。カウラはそれを見てトランクの鍵を開ける。開いたトランクに上半身を突っ込んだアイシャはそのまま鮮やかな青色に染められたショットガンを取り出した。

「要ちゃん。ラーナちゃんに連絡つく?」 

「アイツのセンサー・・・頼りになるかねえ」 

「他に手段が無い」 

 そう言うとアイシャから銃を受け取ってそのまま薬室に初弾を装填するカウラ。

「誠ちゃんも」 

 アイシャから低殺傷弾薬の入ったショットガンを受け取った誠もまねをして初弾を装填する。要も同じく銃を手にしてにんまりと笑いながら再び後部座席に乗り込んだ。

「どこまで干渉空間を使っての転移ができるかはわからないが・・・突然の襲撃を受けてとなればそう遠くには飛べないはずだ。上手くいけば警邏隊のアストラルゲージに動きが見れるはずだ」 

「あくまで推測だと言うわけね」 

 そう言うとアイシャは自分の銃を手にして初弾を装填した。

「人事を尽くしたんだから後は天命を待ちましょう」 

 アイシャの言葉に誠達は大きく頷いた。


 まず水島は近くにあった扉に飛び込んだ。

 薄暗がりの中、先ほど振り下ろされた日本刀がどこにも見えないことに気がついてため息をついた。

『おどろいちゃって・・・』 

「どこにいる!お前が呼んだのか!あの人殺しを・・・」 

 少年の声が頭の中に響くのに叫びで答える。しかしどこにも人の気配はしない。そして水島はとりあえず自分のいるのが女子トイレであることに気づいて驚いてそのあまま扉を開けた。

 人の気配は無かった。むしろあちこちの壁の傷み具合、割れた窓ガラス、折れた水道管。自分のいる場所が廃墟であることに水島は気づいた。

『おじさん・・・人聞きの悪いことは言わないでよ。僕だってあんな化け物が来るとは思ってなかったんだから・・・』 

 人の頭の中ににやけた笑いを浮かべたクリタ少年が映る。忌々しげに近くにあった鉄パイプを手にとって女子トイレを出る水島。

「化け物?じゃあ知っているんだな、あの日本刀の男のこと」 

『一応ね。でも僕にも守秘義務があってさ・・・生きてそこを出られたら教えてあげるよ』 

「無責任なことを言うな」 

 怒りに駆られた水島は思わず目の前の壁を鉄パイプで叩いた。火花が散るがただそれだけ。ぶつかった部分の塗料が剥げ、コンクリートの地肌が顔をだす。

『そんなに暴れていいの?さっきの化け物。恐らく僕がおじさんを飛ばした場所を見つけているころだよ・・・逃げるなら今のうち・・・』 

 少年の言葉が終わらないうちに水島は走り出した。目の前に階段がある。とりあえずそこを駆け下りる。廊下や壁を見てようやく自分がいる廃墟が病院のあとであることに気づく。

『おじさんストップ!』 

 頭の中でまたクリタ少年の声が響く。驚いて壁に張り付き息を整える。

『来たよ。ぴったりさっきおじさんがいた場所だ。逃げた分だけ遠くなったよね』 

「責任を取れよ・・・貴様らに協力するんだから・・・ちゃんと助けろよ・・・」 

『できるだけのことはするつもりだよ』 

 焼け石に水と言うような調子の言葉を最後に頭の中から少年の気配が消えた。水島はその時になって初めて自分が孤独であることに気づいた。

 東豊川を流れるゆたか川の下流へ向かう堤防沿いの道をヘッドライトをともしたスポーツカーが走っていた。

「ラーナ。間違いはねえんだな?」 

『はい、反応は新東豊川病院で途切れています。再びの法術発動の気配はありませんから・・・』 

 ショットガンを肩に担ぐようにして狭いカウラの車の後部座席にふんぞり返る要。誠は身を小さくしてショットガンに何度となく頭をぶつけながら黙って座っていた。

「要ちゃん。もう少し詰めてあげてよ。誠ちゃんが苦しそうじゃない」 

「は?いいんだよ。これで少しは体がやわらかくなるだろ?こいつの投球フォームにはもう少し柔軟性が必要なんだ。このくらいのことには耐えてもらわねえとな」 

 屁理屈をこねる要。誠は苦笑いを浮かべながら要の言葉に頷いていた。たしかに最近の実業団のチーム同士の練習試合では腕の振りが鈍っているのは自分でもよく分かっていた。

「それより・・・間に合うのか?」 

「間に合わせてみせるさ」 

 要の疑いを愚問だと言うように何もない堤防沿いの道に車を走らせるカウラ。フロントガラスには近辺の地図とラーナから送られてきている法術反応のデータが表示されていた。

「廃病院で鬼ごっこ。こりゃあ楽しくなりそうだ」 

「不謹慎ね、要ちゃんは」

「そう言うオメエも顔がにやけてるぜ。戦闘用の人造人間の闘争本能でも出てきたのか?」 

「まあ否定はしないわよ。でもまあ・・・辻斬りの犯人に茜ちゃんより先にお目にかかれるとは・・・」 

 振り向いたアイシャの目がぎらぎらと光るのが誠の目からも見て取れた。

「あのー。嵯峨警視正は?」 

 誠の言葉ににんまりと笑う要がいた。その姿に誠の背筋が凍りつく。

「ラーナの奴が連絡済だ。今のところアイツが動いた気配が無いところから見てアタシ等が本当に例の辻斬りかどうか確認するまで動けない状況なんだろ」 

「まーそれは残念。みんな纏めて捕まえちゃいましょうよ」 

「クラウゼ。気軽に言うものだな」 

 アイシャを口ではたしなめているカウラ。だがそのバックミラーに映る彼女の顔は楽しいことが待っているとでも言うように微笑みに満ちていた。誠はそんな雰囲気に飲まれないようにと唇を噛み締めて銃を握り締めた。


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