大学教授になりたい

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研究者の孤独

調査に行かない日は、研究室にこもってPCで知りたいことと言語の一致をさせます。図書館へ資料の請求をします。出来そこないのデータはまとめてポスターセッションで学会発表用にします。追求したい用語は一応壁に張っておきます。一人ぼっちですが、孤独なんですかね。
一番いやなのは領域会議です。うちは講師も助教も年齢が切迫しているので大変です。私も博士は去年卒業できたような状況ですから、臨床経験だけがリーダーとしての頼りです。
あとのメンバーは大学院も出ているし、学歴だけは立派なようで、扱いに苦慮してしまいます。
とはいっても、同じ小講座だからと言って共同研究は難しいものがあります。この世界、4,5年寝食を共にしなければ共同研究なんてできるものじゃありません。しかも、専門領域の現場にどれだけ食い込むかで勝負です。とてもじゃないけど心臓に毛の生えたおばさんじゃなきゃやっていられません。
いろんな現場に行きますが、初めは何しに来たの?という顔をされます。前向きじゃないとここで倒れます。大学ももうちょっと授業が多いと私は助かるのですが、ない時はひたすら研究のことを考えねばなりません。教授になるには、45本以上の研究業績が必要と言われたことがあります。やっと准教授、小講座のリーダになれたわけですが、あと25本必要です。本宅に帰るためには1年に5本の業績を作り5年の教育歴も作らなければなりません。私立を入れても年間に10か所全国で公募があるかどうかわからない状態です。夫は病気もあるし、老いた両親もいます。1日も早く目標達成して本宅へ戻りたいです。初年度は何とか5本はやり遂げたのですが、来年は宿舎の自治会もやらされそうです。ちょっと心配です。仕事の数も10本を超えたので、もう考えないことにしています。毎日目の前の仕事を行っていればなんとかなるかなと考えています。夫と2人の穏やかな老後はまだまだ先です。今日も雪に閉ざされた研究室で1人で1日過ごしていました。午前中は化けの皮がはがれないように用心しながらグループ会議をやっていました

大学教員になるには

普通、大学教員になるにはJREC-inという研究者転職サイトを見ます。看護系の場合、コネがあればそれを使います。しかし、何もない人はJREC-inを見るのが普通です。そこで自分の専門科目の教員を募集している大学を探します。どこの大学でも推薦者が要ります。その場合、どこかの学会に入ったり研究会に顔を出して知り合いの教授を探します。これは無理にでも作った方がいいです。一応大学教員は研究者A,B,Cランクで募集があります。講師以上の先生には、書類を出してから約1週間ぐらいで面接に来てくださいという電話が入ります。そこで平素の低脳生活が露わにならないように、難しい哲学書の1,2冊を読みながら面接に行きます。面接は自信を持って臨みます。長くパワハラにさらされていると自信のない人間になってしまうので気をつけましょう。
履歴書の書き方は、空いている期間をできるだけなくすことです。というより、空き時間を作るような人生設計をしてはなりません。私の友人はそれでなかなか就職できません。私には、1年半社会保険を払っていなかった期間があります。それは、自費で留学していた恥ずかしい期間です。結果を出せなかった恥ずかしい留学生活のことは、夫にも言えません。学部で授業を取っていましたが、看護の実習にも行けるはずもなく終わってしまいました。このことはあまりに恥ずかしいことなので履歴書に書くときにも躊躇してしまいます。でも大けがもし、救急車にも乗り、病院で手当ても受け、アメリカ医療の現実を知ったのは身をもって知った経験でした。学生寮にもステイし、下宿も探し、看護国家試験も受け、学生カウンセラーにも何度も会いました。もう20年以上も前の話です。あらゆる局面で最低の経験を積み重ねて失敗を肥やしにしてきたわけです。自分でもよく今まで生きてこれたなと感心してしまいます。多分、頭のいい人は失敗なんてしないんでしょうね。そういう意味では自分の失敗を学生に教えることだってできます。看護師時代も失敗の連続でしたから、今ならインシデントレポートなんてきっと数百枚は書いたでしょうね。業績のための研究に血道をあげている人たちに言いたいんだけど、臨床経験はやっぱり大切です。13年も臨床にいた私には夜勤のつらさも楽しさもたくさん経験してきたんですから。だからいつか教授になりたい!(ノ*゜▽゜*)

知り合いの助手の先生がいる大学じゃ、教授が懲戒免職になったらしい。なんでも学校の悪口をあっちこっちで言っていたらしい。文科省にもリークしてたらしい。私も同じ学校にいたことがあるので理由はわかる。でも言わない。学校の体制の問題もあるが、用はそこで権力を持つ人間の問題なんだ。その教授も、学科長になるために運動するか、学科長にすり寄っておいしいところをもらうかすれば良かったかもしれないと思う。私もできなかったひとりだが・・・・。
今日また、聞いた。別の大学の教授が仕事を干されたらしく、別の職場を探しているらしい。その上、友人3人は、まだ仕事が決定してないらしい。もうすぐ雪も溶ければ新学期が始まるというのに。
来週の学会に行きたいけど、お金がない。ポスターでいいからポスター作らなきゃ。(また、寒い教材作成室にこもるのかと思うだけで風邪引きそうになる。寒いの嫌だから、今回は逃げようかとも思う。ダメダメ、もう抄録に載ってしまったし・・・・・。)
論文書きたい。でもひらめかない。抜け駆けしたい。でもグループ長にならなければ無理。下から追いかけて来る連中も多いし。究極のサバイバルゲームをしているみたいだ。
でもあと5年したら次の職場を探さなくてはならないだろう。(昔から引っ越しばっかりしていた)
それにしても、長年のパワハラ被害で、今もフラッシュバックが時々起こる。これが辛い。有りもしない現実におびえてしまう。夜もうなされることがよくある。研究室にこもると3日で幻聴が出る。昔はこれも辛かったが、今はもうなれたみたい。最低でも電話友達を常時数名確保して、しゃべることをストレス発散にしている。後は勉強に精を出せばいいのだが、1日集中してはいられない。理系の先生みたいに実験室もない。調査系なので、研究調査に出かけなければ研究室にいるばかりだ。しかもあんまり大学離れていると怒られそうで、ドキドキしてしまう。(これも、パワハラの影響?)学生に教える授業があるときはいいけど。今は、せめて大講座の先生達と仲良くしないと、小講座の中だけではとっても無理です。すぐに行き詰まってしまいます。

学生は変わらない

最近の学生は、基本的には自分たちの若い時となんら変わりません。短大の教員になった11年前は、まだバブル経済の余波で本当に変でした。廊下に座った学生はみんな下駄をはいていたり・・・・・今では信じられませんね。教壇に立つと本当に派手な服を着た子が多かったです。今はほんとに普通で、基本的にデニムズボンとカットソーの私にはとても親近感がわきます。うちの子も私服はジャージで通していますし。そう言えば、昔関西の大学でジーパンはくなと言っていたイギリス人の先生がいたな。ジーパンはくなと言われても、毎日着替えるほどのスーツなんて持っていません。補助金もらえないと教育研究費が少ない教員にとって自費の持ち出しは当たり前ですから。特に単身赴任していると交通費がかさみます。福祉やっていると、どこへいっても寄付寄付でお金が必要です。ホントのこと言って、学会入会費も研究費から払ってもらえないのは痛いです。公立学校は教育研究費の締めが年末で、年が明けて行きたい学会や研修会は全部私費で行けと言われて大ショックです。月1、研究仲間と会うのに東京まで行かねばなりません。仕方がないので、研究会に出席する日に家に戻ります。家族団欒は数時間です。
私の人生って何なんでしょう、20代からずっと給料の手取りって全く変わりません。やっぱり看護なんて仕事を選んだのが間違いだったのでしょうか。普通の会社員やっている夫がうらやましい。しかも、彼がいくら貰っているのかも私は知らないし・・・。
もうこうなったら菩薩行だと思ってやっていくしかないのかな。お金はなくても気持ちはリッチなのかな。夫も無駄遣いする方ではないし、生活能力、社会能力もある人なので特に心配していません。でも親は違う。右上がりの社会を生きてきた人なので、貯金もしないで贅沢三昧。しかも専業主婦で夫の悪口三昧。しかも、自分で考えない、問題解決能力も低いときている。最近はモンスターペアレントが大学生の親にも増えています。3時間も電話してきて、「女性の先生は話にならない。こんなんじゃうちの娘がニートになる。責任とれ。」なんて親が年度末には必ず出てきます。学生は変わらないんですが、親は変わってきています。成人をゆがめてしまう社会って何なんでしょうかね。

学歴コンプレックス?

大学教員の自分が、また違う学部の大学院を受けてしまった。なぜかというと、自分のいる学部の学際がはっきりしないからです。法学部、社会福祉学部、社会学で修士、臨床心理学で博士を取りましたが、また社会福祉の院に入ってしまいました。それなのに自分は専門学校しか出ていない看護の教員です。しかし、看護師として働いた経験が13年間あります。こうしてみると自分が好きなのは社会科学系なのでしょうね。やっと気付きました。どうりで生物学や生化学に弱いはずです。しかし、看護で働いているので、看護学的な研究もしなくてはなりません。看護学って何なんでしょう。私にとっては看護学は社会福祉の一分野です。でも大声でいうと袋叩きになります。看護職って、なぜか福祉職より上だと思っていますからね。そういうと社会福祉の院試のときも「学際が違うんじゃない」と言われてしまいました。看護職は社会福祉系学会にデビューしちゃだめですかね。そんなこと言ってるから医療と福祉は連携できないんだよと私は内心思っています。看護職は福祉と連携したいと言いながら、福祉の領域には踏み込めないんです。福祉の人たちも医療は怖いと思っているのかな。
私も病院では救急外来で朝まで死体に囲まれて生活していましたからね。生きるか死ぬかの戦争みたいな非日常と福祉のような幸福な平穏無事な日常とは相いれないんでしょうか?
だけど看護職は、非日常さえあればいいと思っているわけじゃないんです。出来れば日常の幸福な生活にそっと返してあげたいと思っているんですね。
私は学歴コンプレックスの学校フェチです。たぶん教員やっている間中、自分もどこかの学生なんでしょうね。もちろん自分の領域の研究チームも持っています。そこでも学べるけれど、同じ領域の女同士、意地の張り合いもあります。だからこそ、他領域で学ぶことも自分の力になるなって思っています。こんな人生を歩んでいるので、ちょっとも貯金がたまりません。結婚していてよかったです。そう言えば学生の時看護教員から言われました。「看護婦は一生勉強。だから金持ちの男性と結婚しなくてはだめです。」と。その先生は材木問屋の社長とめでたく結婚し、有名大学の教授になりました。

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