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 この連載記事も今回で最終回となる。「どこまでも続く」といったが、一区切りということでご了解願いたい。
 この連載がOUCの雑誌『UFO仲間』にいつまでも連載されるとしたら、今回の掲載はその30号目になるかも知れない。
 この文は、どこの誰が読んでも、その内容は執筆者の私が責任を持つという意味で「UFO研究家天宮清」を前面に出した。
 あくまで、私個人が関わった事柄を、できるだけ多くのCBA仲間の文や言葉を使って構成してみた。UFOの愛好家でなくても理解しやすいように述べたつもりであるが、UFO問題の渦中にあった当事者と、その様子を文字で読む側との間には大きな壁がある。その壁の隙間から、いくらかでも“接点”が通じ合うことを祈るものである。
 「いついつどんな事があった」という知識と「いついつどんな目に遭った」という体験の違いは大きい。その違いを僅かでも埋めれば、この花伝書は成功である。
 
 これまで述べてきたことを簡単に振り返ってみよう。まず、私と家族の周辺に小さなUFOらしき物が見られた事から、それと同じ体験を持つ天空人協会の佐藤修氏に話題は移った。そして彼が天空人協会を設立して、日本では最高品質の機関誌を発行した業績と佐藤氏のUFO体験からその一部を紹介した。そして彼の目指したテーマと同一のテーマを開拓していたCBAとは、どういう団体であったのか、という順序で、この花伝書のメインであるCBAの歩みを、その分野を絞って紹介した。
 まず最初、1950年代後期、航空記者松村氏が日本最初の空飛ぶ円盤写真を撮ったこと。彼と何人かの有志によって設立されたCBAは、空飛ぶ円盤観測会を通じてUFOの実像に迫ったこと。
 その観測会の延長に実際の宇宙人とのコンタクトが発生したこと。そのコンタクトから派生したCBAの諸活動に、UFOがたびたび飛来し、多くの会員がそれを目撃したこと。
 そして日本にもかつて宇宙からの来訪者が来ていたことをアイヌ聖典より見出し、その聖地ハヨピラに宇宙からの恩恵に感謝するモニュメントをCBA会員の手で完成させたこと。
 ハヨピラが一段落したCBAは、総力を結集した「特大号」へと移ってゆく過程、そこにおけるテーマとUFO問題の健全な発展への思いを綴った。
 最後は「天と地の契約」という、あたかも過去の古代国家にあるような、それとも宗教の延長にあるような出来事について紹介した。

 ここで筆者は、いったい何を述べてこの連載を閉じるか、という状況に立った。これまで、全地球いたるところでUFOは現われ、目撃され、国家機関を始めとする様々な研究機関や民間グループが研究に取り組んできた。
 その研究によって何が分かったか、何が確実なデータとなったかということを知るのは、極めて重要なことである。
 例えばフランスの正式な研究機関に従事したクロード・ポエル博士は、UFOの出現と磁気変動の関係を客観的に証明したが、この磁気変動は、私も1970年八朔の不知火観測において、数人の仲間と共に磁針の回転として観察し、「やはりUFOが接近すると磁気変動が起きるのだな」ということを実感したので、フランスの成果と我々の観測は一致しているわけである。
 つまり、UFOは客観的に存在し、磁気的なエネルギーを発生・コントロールする技術によって、究極のところ核ミサイル基地でも様々な工作を行ってきたようだ。

 民間人が愛好家仲間と少々の情報を話題にするレベルと、一国の住民や軍人から報告される膨大なデータを扱う国家機関とは差がある。
 旧ソ連は三日月形UFOが多く目撃された。特に1976年に国中のUFO情報を集める研究機関を作ろうと始まったその年には、3つの集中出現があった。
 この様子をみると、地上世界の多数がUFOに取り組もうとすると、空中にもそれを促進させるような事件が相次ぐ、という印象を受ける。
 1970年6月以後、CBAは公報活動と地方会員による啓蒙的発行物を再開した。それと関連あるかどうかは不明だが、1970年代は日本各地でUFO騒ぎがあり、一大ブームとなった。

 さてここで筆者は、1つの「夢」を記すことにした。「そんな、天宮さん、これは無理ですよ」と言われるかも知れないが、とにかく夢で終わるかどうか、1つ試していただければ幸いである。

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