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■CBA幹部による宇宙とのコンタクト
 ここから先の話は、実際にUFOを目撃し、その実在への確信を持った人々(もちろん、アイヌの方々の中にも多数のUFO目撃者がおられます)の、精いっぱいの想像力によって理解を望みたいと希望するものです。
 1957年頃、CBAの創設者の一人で当時スイスの航空雑誌の記者をしていた松村雄亮氏は、航空界からの情報として空飛ぶ円盤問題に着目し、国際的なUFO情報収集と英文の機関紙を発行していました。
 そうした彼はある日のこと、地元横浜で夕刻、不思議な3人の女性とすれ違いました。その中の1人が彼に微笑みかけたので、気になって後を追ったところ、姿が見えなくなり、その場所の上空にフットボールのような物体を空中に目撃しました。彼は「今のは宇宙人だったのか?」と青ざめました。その後日、彼に微笑みかけた女性が現れて彼を喫茶店に誘いました。その席で、彼女は自分が日本に配属された宇宙人だと語り、そして「貴方は近く、キャップに逢う」と松村氏に予告しました。
 その頃、彼の周辺には空飛ぶ円盤が出没していました。それは周囲の人や家族によっても目撃されました。松村氏が自宅で撮影した小型の円盤写真はアメリカから調査員が来る出来事で、大阪の新聞にも写真入りで報道されました。彼の団体では実際に空飛ぶ円盤を見る、そのための努力として「観測会」が行われていました。1957年の羽田空港における観測会では、飛行機をチャーターして空中からの観測も行われ「世界初!」と日本空飛ぶ円盤研究会の機関誌でも紹介されました。
 松村氏は女性宇宙人の予告通り、東京で男性の宇宙人と逢い、その席で「貴方を近く円盤に乗せる」と予告を受けました。その頃、松村氏の身体に異常が起きていました。それは一種の頭痛でした。宇宙との連絡は、我々のように携帯電話や無線通信で行われるものではなく、人間同士の遠隔通信で行われるようです。松村氏を襲った謎の頭痛とは、宇宙からの遠隔手術のようなものと推定されます。
 人類は古代から、その遠隔通信によって、遠い土地での狩から獲物の収穫を家族に知らせたりしたようです。またアイヌのご婦人にも「千里眼」といって、遠くからの来訪者を探知する能力があったそうです。このような遠隔通信の能力は便利な機械文明の発達によって文明人からは失われましたが、宇宙との連絡にはこのような原初的な人間の信頼に基づく通信方法が不可欠なようです。
 1959年7月26日、高尾山における観測会の後、予定通り宇宙からの遠隔通信による指示に導かれた松村氏は、途中顔見知りの宇宙人と合流して、空飛ぶ円盤の着陸地点に向かいました。東京郊外の地点から、在日宇宙人と共に円盤に搭乗した松村氏は、地球周辺宇宙空間に静止する宇宙母船に到着し、会議室に案内されました。
 その広い母船内の会議室には、世界各国から集められた40人ほどの若者がいたそうです。これは前述ペリーの収集したポリネシア伝説で「タンガロアはたびたび天上会議に出席した」とあるような一種の国際会議ともいえるでしょう。その主催者が“天上の神”、現代で言う“宇宙人”というところが地上の国際会議とは違っています。
 松村氏と多数の地球人代表者は、この席で地球の将来に関する大変動と、その準備についての通告を受けました。そして、松村氏はその後、何度も空飛ぶ円盤に搭乗し、円盤や母船における会議に出向き、その過程でUFO写真をCBAのメンバーに機関誌『空飛ぶ円盤ニュース』を通じてもたらしました。と同時に、CBAの全国会員の間には、観測による膨大な量のUFO目撃報告が発生し、機関誌に掲載されました。
 私もその大きな日本空飛ぶ円盤界の発展の中に身を置いていました。と同時に、松村氏からもたらされる宇宙の姿に関する情報も聞きました。その中で、二つほど、このたびのテーマに関連したものを紹介したいと思います。
■空飛ぶ円盤の資料室にある過去の影像
 1963年、私は保土ヶ谷の元久保町のアパートを借りて「CBA学生サークル本部」とし、海外UFO情報の翻訳や機関誌『空飛ぶ円盤ダイジェスト』の編集を行っていました。翻訳メンバーの一人のKさんは、CBA創立以来の会員で初期の日本UFO写真撮影者の一人でした。私は彼から何度も松村氏の空飛ぶ円盤搭乗に関する話を聞きました。その中で、彼が特に力を込めて説明してくれたのは、松村氏が見た空飛ぶ円盤の資料室にある過去の影像に関するものでした。
 空飛ぶ円盤は古代の地球でも目撃されましたが、中には現代以上に円盤の乗員と密接に関わった人物もいたようです。旧約聖書の預言者の一人モーゼもその一人だと云われています。聖書における宇宙人について述べた学者としてジェサップ氏Morris K. Jessupが著名ですが、今や多数のアマチュアを含めた学徒が聖書における宇宙人の痕跡について述べています。Kさんは、松村氏がモーゼの出エジプトを映画化した「十戒」を何度も観に行ったこと、そして円盤内の資料映像中で見た「モーゼと燃え尽きない火」の記録映像との類似点を熱っぽく説明してくれました。今も印象に残っているのは「映画の場面とほとんど同じだったそうだ。しかし言葉は違っていた」という彼の言葉です。
 ここで、一つのテーマが浮上します。つまり「円盤の出現とは、円盤による地上の記録撮影を含むものなのか」「円盤の資料室に保管されているメモリーとはどのようなものか」「その映像の再生とは、どんな仕組みか」ということです。
 私は2012年9月25日の朝日新聞に報道された「3億年以上もつ記録媒体」という記事を見ました。そこには「耐久性の高い石英ガラスにCD並みの密度でデータを記録でき、3億年以上も記録が保持できる」とありました。
 我々の報道機関は、一つの事件や出来事に対して、地上と空中から取材撮影を行い、その記録映像が放送局などに保管される訳ですが、この工程は、文明と科学技術の進んだ宇宙文明においても行われるに違いない、と思うのです。
 旧約聖書の世界でも、天に上げられたエノクは、次々と別な場所に移動して驚異的な光景を見せられ、天使からの説明を受けます。これはもしかしたら、エノクが実際に現場に行ったのではなく、巨大なスクリーンに次々と映し出される光景と、傍らで解説する天使のことを述べていたのかも知れません。
■「私がオキクルミカムイ」と名乗った宇宙人
 1966年、私はCBA本部において編集作業に従事していました。そのメンバーの中にТさんという、古代宇宙人来訪に関する論文をCBA機関誌『空飛ぶ円盤ニュース』に連載発表している人がいました。彼は、自然民族の遺した岩絵のUFO図形と人物の組み合わせを研究し、民族と天空上の飛行物体との遭遇から、接触そして教示へと発展する過程について論じていました。そのТさんが、やはり松村氏から特別に聞いた話を、私に聞かせてくれたのです。それはこういう話でした。
 松村氏が宇宙会議の席上、「アイヌの神、オキクルミカムイとは、宇宙のブラザーではなかったかと、思うのですが」と発言したところ「私がそうです」と名乗りを上げた方がおられた、というのです。
 これに類した話として、私と妻が大変お世話になった土屋瑞枝さんが、土屋さんの御主人が経営する会社に妻が勤務していたときに、妻に話してくれた話があります。
 松村氏と親しかった土屋さんは、ある時、松村氏からこう尋ねられたそうです。「あなたはイエス・キリストがいま、どこにいると思いますか」と。それに対して土屋さんは「宇宙におられると思います」と答えたのでした。すると松村氏は「その通りです」と言ったという話です。 
 私の所には雑誌社やテレビ局から依頼とか問い合わせなどが、一時はたくさん来ました。そうした中で、古代の宇宙来訪者や地震を予知するUFOについて詳しく知りたいという方もいました。私が古代の宇宙人来訪説について話をしていると、その方は言いました。「宇宙人とは、とてつもなく寿命が長いのですね!」この反応こは私自身も驚きました。そんな感想を言う人は、それまでいなかったのですから。そこで私は言いました。「そうなんです。時間とは不思議なもののようです。神話や伝説の中には、天使や神と関わっていると、現実の時間が3日なのに、3年も経っていたとか、30年も経過していたとか、浦島太郎のような話が沢山あるのですよ」とお答えしました。イエスの説法には「永遠の生命」についての話がありますが、我々の生命科学のレベルではまだまだ、といったところでしょうか。

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