全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

OUC30年、乾さんと共に-その5
大阪UFOサークルの初代会長は、羽咋の高野誠鮮さんなど著名な研究家や著述家と交流していました。
 その関係で、名古屋で開催された情報公開の集まりにも参加しました。
1992年9月13日午後1時から5時まで、サンライフ名古屋で行われた「ライフフォーラム92-UFO最新情報公開」です。
 プログラムは以下の通りでした。
13:00-13:20 挨拶・今年のUFO出現レポート 宗雪 
13:20-15:00 韮澤潤一郎先生
15:00-15:10 休憩
15:10-16:30 高野誠鮮先生
16:30-16:50 質疑応答
ここに写真を紹介します。
-------------------------------------
1989年11月22日のOUC案内にはこうありました。「4.UFOだけに限らず、宇宙的な広い視野で未知なるものを、捕らえていこうと思っています。UFO以外でも何か詳しく研究なさっている方が、おられましたら、どんどん発表の場として活用していってください」
 まさに30年を経過したいまも、この言葉は生きています。

イメージ 1

OUC30年、乾さんと共に-その4
1989年か1990年の冬でしたか、OUC第1代会長の藤田さんの自宅で会合と観測が行われたとき、航空機について非常に詳しい若い方と知り合いました。
 彼は電車の車両をはじめ、車など乗り物全般に関心が高く、民間航空機・軍用機とも機種や性能、その大きさについて豊富な知識を持っていました。それが乾達也さんでした。
 ここに彼が私に提供してくれた無数の航空機資料(飛行機の図面・空港の図面・航空路マップ・航空機写真)の中から、最近の航空機写真を紹介します。

イメージ 1

イメージ 2

OUC30年、乾さんと共に-その3
 私が最初に出席したOUC会合では、かなり顕著なUFO目撃体験を発表した女性もいて、また私も天理市石上神宮で見た開店するUFOを、黒板拭きを手に説明しました。
 それを日本最初のホームビデオカメラ「ソニーV-88」で熱心に撮影するスタッフもいて、活動的なグループだなと感心しました。
このOUCは1990年1月5日テレビ番組「素敵にドキュメント」でもメンバーが出演協力していて、当時の日本における熱烈なUFO愛好家たちの代表的な姿として目に焼き付いています。こうしたテレビのUFO番組を通じて、OUCもメンバーにも参加者があったと記憶します。
※写真は愛知県江南におけるOUC徹夜観測会。この場所は地元のUFOグルーブ「F」のメンバーが変化する未知の発光体を8ミリビデオに撮影し、その映像がテレビに紹介され、UFO出現地の一つとして知られるようになった。
「F」メンバーは1990年12月25日に養老インターを背景に5〜7個のUFOを目撃しています。

イメージ 1

イメージ 2

OUC30年、乾さんと共に-その2
大阪UFOサークル(OUC)は1989年に発足しました。そのきっかけとなったのはDJCの事務所にUFO大学という集まりがあって、そこで海外のUFO情報をビデオで見ながら情報交換をしていたとのことです。(「OUC30周年記念」プログラムより)
 このDJCからは1990年に「近未来大学叢書」として『20世紀最大のミステリーUFO-第1回日本UFO学シンポジウム』という書籍が出版されています。(著者:南山宏・矢追純一・高梨純一・藤木文彦・永延幹男・平田留三・飛島竜一 編集協力:藤田伸一)
 私は1975年に東京から関西に移り住み、娘が高校生になった頃、借家住まいではありましたが、生活も安定し精神的にも余裕が出たので「UFOに興味をもつ人と話をしてみたい」という欲求が高まりました。
 たしか雑誌『ムー』だったと思うのですが、「大阪駅前でUFOサークルの会合がある」という案内を見て、「映画館の前で雑誌を持っている人」を目指して、待ち合わせ時刻に行ったら、若い方が立っておられました。
以下、当時の案内から---
「1990年1月21日・集合場所・梅田(大阪)シネラマOS劇場前に1時集合」「1990年2月4日・集合場所・梅田(大阪)シネラマOS劇場前に1時集合」「1990年3月4日・集合場所・梅田(大阪)シネラマOS劇場前に1時集合」

 そして大阪駅前の眼鏡店「アイトピア」の2階にある集会室に、10人前後の男女が集まっていました。
 それが「大阪UFOサークル」でした。
※写真は「アイトピア」におけるOUC会合2枚

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

OUC30年、乾さんと共に-その1
2019年8月9日午前午前4時25分、OUC(大阪UFOサークル)のスタッフ乾達也さんが逝去されました。まだ50代の人生活動期ではありましたが、病気には勝てませんでした。
 8月11日のお通夜、12日の告別式に参列されましたOUCのスタッフの方、暑い中をありがとうございました。
 山野会長より、千葉県から飛行機で来られた藤平さんも参列されたことを伺っております。
 私はいつも通り病院に通いつつ、OUC配信、Facebook、ヤフーブログ「きよりんのUFO報告」の臨時連載として、生前の乾さんを偲ぶと共に、OUC30年の歩みを簡単に振り返るテキスト35回分をまとめました。
 偉大なる先輩に倣い、まずは祈念の句から始めます。
-------------------------------
またわたしは、天からの声がこう言うのを聞いた、「書きしるせ、『今から後、主にあって死ぬ死人はさいわいである』 御霊も言う、「しかり、彼はその労苦を解かれて休み、そのわざは彼らについていく」
(新約聖書「ヨハネの黙示録」第14章13節)
------------------------------------
私個人は「主にあって」という文句を「UFOにあって」と理解したいと願うものです。 
※写真は1996年9月22日石炭倉庫で行われた「第1回UFOフォーラム」で、OUC2代目会長を3年間務めた乾達也さんによる挨拶。そして大型ビデオカメラの説明をする乾さん。図はTHE UFO RESEARCHERに掲載した乾達也さんのUFO目撃図の一つ。


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事