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昔は愛国者達だと思っていた人たちのブログを、
先ほど訪問してみた。
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こんにちは、ゲストさん
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昔は愛国者達だと思っていた人たちのブログを、
先ほど訪問してみた。
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このブログは移転しました。
↑、こちらが更新されている現在のブログです。
小さい記事などはブログ更新せず、コメント欄に書いていますので、コメント欄をご覧ください。
ここヤフーブログでの内容から見ると、かなり違っており、こちらの内容で↑URL先を見ると「全く違って見える」ように思えるかもしれません。
しかし私unimaroはunimaroのままです。「成長した」と見て貰えば結構です。
私が世界唯一の日本主義者であることに変わりはありません。
よって、日本会議のような右翼などは「日本人ではない」、であり、それに属する者たちや関係者全員、それを支持する者たちは全員「似非日本人」認定します。
私が言うのだから、それ以外の認定は却下です。
日本人には何種類かあります。これはずっとずっと昔から続いている事象です。
海外などでイメージを作られている「良き」日本人、これは「本当の日本人」でも「希少種」です。万人に一人くらいでしょう。今の時代はもっと少なく、今の時点で数人いるかいないか程度の希少種です。
そのほかは単なる「日本人」。寄らば大樹の陰、長い物に撒かれろ、損得勘定によって思考、好き嫌いなどの感情に活きる、集団で徒党を組みたがる。でかい声の者が勝つ、論理的思考能力が無い、人目を気にする、人と違うことができない、反省を知らない、小心者、臆病者、小狡い、などなど世界基準では到底生きていけない欠点があります。
一方、
自分を、やさしい人に見せたがる、正しい人に見せたがる、臆病なので単独では大犯罪ができない、などのことろは、他国の社会に様に個人犯罪の凶悪さが少ないのが良い点です。
これらの比較は、世界の多くの国のそれを見て知って、始めて「比べる」ことができるから、このように判断できるのです。
日本から出たのは旅行くらいの人たち、海外で仕事をしていても日本の会社で生活も日本人社会ばかり、という人たちには、どうあがいてもわかりません。
また、
私が見るところでは、「日本人」の欠点は根が深く、外国で外国人たちだけの社会に混じって暮していても、その多くは「日本人」のままでいる、ということです。
世界での「常識基準」はだいたい平均しています。
それを理解するには「日本人」でいては無理です。「本当の日本人」になろうという努力があって(意識せずとも)、初めて客観的に物事を判断することができるようになり、その後、初めて「自分の確固たる物差し」を持てるようになります。
勿論「確固たる」と言えども、入っている情報は普遍では無く、人間性の成長もあります。それによってその物差しは「成長」していきます、いかせなくてはならないのですから。
それを意識して毎日を生きていれば、一年二年数年で何回りか成長します。
その結果が、このヤフーブログと今のブログとの差、と見てもらえばいいでしょう。
でも
「私の中にある、根っこの部分」
は普遍です。
ただ、昔のエントリを読むと「若いなぁ、恥かしいなぁ、馬鹿だよなぁwww」とww
でも「まじめ」「真摯さ」は変わっていません。
よかったら、新しいブログに来て、ぜひとも影響を受けてください!
unimaro
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日本の経済の仕組みは江戸時代より(それ以前から?)世界と無関係に世界以上の仕組みで発展してきた。
しかも、経済を含めた文化全てで、次の時代の下準備も自然に行っていた。これは先進国(民族)の先天的特徴である。
日本が日本だけでなりたつことのできる証明の一つでもあるのだ。
何度も言うから飽きた者もいるでしょうが、
日本人がこれほどいかれてきたのは「明治以降の文化の開国」から。
明治大正時期は、若者やある程度余裕のあるもの達のみが、外国文化により汚染された。だから今ほどおつむがいかれたもの達が目立つほど出なかった。
戦後、経済成長期はある部分「日本の特徴」を活かす社会でもあったので、その時期においても「いかれた者」はあまり出なかった。
今は日本人社会の最も得意とする「集団を活かす社会」ではなくなったしまった。
個人も、地域社会も、会社などの組織も、昔に比べれば単独に近いような他者とのつながりが無いも同様な希薄さである。昔は繋がり間においては助け合いなど身内を感ずるものがあって当然でもあった、今は無い。
それが、一体どういう意味であるか?
田舎から都会に出てきて「解放感」を味わっている田舎もんどもを見れば一目瞭然である。
ちなみに私の父は田舎から出てきたが、そういった↑田舎もんどもをみて情けなく思っており「田舎もんどもが、、、」とよく嘆いていた。
社会に対する無責任さ、がその大きな要因であったろう。
周囲からそのように暗黙に強制されなければ、自己の社会的責任(昔の)を果たせない者が、どうして周囲の強制が無くなったところで一人前の社会人として存在できるだろうか?
それが私のしつこく言う「信号無視をする存在自体が害悪化したもの達」の意味でもある。
今は経済の仕組みも毛唐並み封建時代並みに後進してしまった。
日本というこの土地が数千年掛けて作り上げてきた仕組みは、国を開け、たった100年ほどで崩れ去った。
地球上の植物を全滅させる可能性を秘めた種をまき散らしている白人どもは、数億年をたった数十年で滅ぼすだろうから、それに比べれば規模は小さいかもしれない。
もう一度彼我の歴史をようく見、その裏側や奥そこにある深い意味を見つけ出してほしい。
白人どもの資質はどうなのか?
日本人の資質はどうなのか?
他の資質はどうなのか?
生き物の資質は2つしかない。
「他を滅ぼす資質」
「他を活かす資質」
見えない時もあろう、がその資質が発露した時にそれに気がついても、もう遅いのだ。
特に、本質(資質)が発露しないときは「良い物」に見せようとするのは毒花でも毒キノコでもわかる。生き物の特性、特に悪いものは「普段は良く見せようとし、周りはほぼ騙される」という特性を持っているのだ。
で、その「周り」の大半が無知無能であるから、それに騙され「毒(悪い方)」に味方してしまう。
自分が毒にやられたら初めてわかるのだ。その時は周囲も巻き込んで毒にやられてしまっている。
勿論これを書いている私自身も、今現在も「毒に騙され」て、「毒の味方をしている」場合も多いと思う。
ただ、“その可能性をわかって、より早く気づけるか?”が私にとっては重要なのだ。
なぜなら、私は凡人だから、その資質を備えた優秀なもののように、早期から、もしくは最初からその毒を見抜くことができないからだ。
努力により少々早くなったかな?という程度なのだ。
ただ、それさえも努力がなければなせなかったと思う。
日本人として、日本主義というものに目覚めて、ぎりぎり間に合った!というところであろうか。
今まで出てきた
「取る(盗る)人」
「作る人」
も、
「他を滅ぼす資質」
「他を活かす資質」
も、
「悪魔」
「神」
も、
同様なのだ。
2つ。
ただ、悪魔の資質を持っていても、それを努力し身に付けた神の理性でその悪魔資質をしっかりと押さえつけることも可能なことではないか?
それが、私の唯一の希望、先のエントリにある「日本主義の世界化」なのだ。
さきほどラジオ放送大学で最後の5分くらい聞いた「江戸時代の経済」(全部聞きたかった!)で、この話が浮かんできた。
ラジオを聴けるのは車の中だけだ。だからこそ、聞きながらいろいろと(誰でもすることだろうが)頭の中で考え討論できる。
私(凡人だから)にとって、その「自分の頭の中で討論する」ということが大切なのだ。
人の話を聞くのが好きだ。ただ、その話はなにか傾向があるような気がする。聞く気にならない話もあるからだ。ただ、それを上の空でも聞いていて、あとから「なるほど」と思うこともある。つまり何かの参考になることもある。好き嫌いにかかわらず「とりあえず聞いておけば後からなにかに使える」ということだ。まぁ、ネガティブに使える場合もあるが♪
んなわけで今月のエントリ完了!
お粗末でした。 OZL
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世界を日本化(昔の)しなければ、人類滅亡猫まっしぐら♪と以前しつこく述べていたw
人類滅亡もまたいとおかし、とも思うウリなので、そこはまぁ成り行きでー、とか思っているからぁあっちに置いといて、、、
人類をまともにするには以前の日本人同様に世界人類をしなければならない。
ちなみに、
以前の日本人≒自分のことより他の人や社会の事を自然に考えて、そう自然に行動してしまっている。(当然以前の日本人でも馬鹿や意思頭や自分が常に正しいと思っている者はいたが)
理由は、何度も何度も書いたが、
世界人類がアメ公化したら?
世界人類が支那人化したら?
世界人類が鮮人化したら?
世界人類が露西亜人化したら?
等々、
ということだ。想像すれば恐怖だろ?wwww
最も理想的な社会は、軍隊も警察も福祉も 必 要 な く な っ て い る 社会だとウリは思う。
江戸時代だって警察はあったが、犯罪者もそれなりだったのが多かった。
人類で青森時代を除いて、最も理想に近い社会状態だったのではないか?(勿論地域的に例外はあるぞ?)
で、だ。
文化をそのまま移植はできない。
最も効果的な手が、、、
言語
だなー
今の日本人は日本語は非常に弱いし、文学作品など読めないようだから今の日本人は例外的として除外して、、
日本語を以前の日本人並になって、文学作品や良い漫画や和歌等を日本人以上に理解し共感できるようになれば、日本人以外の者たちは限りなく日本人に近くなることができる。(越せない壁があるが、仕方が無い。それがDNAってもんだ)
しかもしれは組織だってのことではなく、個人個人の努力でそこまでなることだ。
しかも、ある一定のレベルを超えると、非常に楽しくできていく。
己の精神性を高める、という楽しみを知ってしまうからだ。
ウリだって、堕落して「今日は負けたーーー」という日もたまにあるが、「今日はOK」という”昨日より良くなっている”自分を確認出来りゃ、嬉しい。そして次につなげられる。
日本人でさえそうなのだからな。
そのコトは、外人文化のなかのソレとは次元のことなるものだということは、わかる者はわかってくれるとウリは思っている。
今の日本人には少ないかも知れんがな〜
(だからそういう言い方するなってwwww)
これまでの日本の文化の良いところを昇華させ、それを外地にまで広めていきたい。
これがウリ式日本主義。
世界が日本化出来た瞬間、世界の問題の大半は解決できている。
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日本主義 (unimaro式日本主義、平成日本主義)
真の日本主義について書いてみる。
以前日本主義というのがあったらしい。国粋主義とも言ったらしい。
>近代日本の民間運動としては明治時代の中半に鹿鳴館外交の欧化主義に対峙するものとして登場した。政教社と民友社に代表される。政教社の三宅雪嶺・志賀重昂らは、「国粋保存主義」を掲げ、日本の伝統文化の優秀性を論じ、欧化一辺倒の社会風潮に反して、自文化を西欧文化と同等に相対化して見直そうとした。民友社の徳富蘇峰らは、平民主義の立場から、貴族的な欧化主義に反発し、日本文化に根ざした平民のレベルでの欧化を目指した。これらの運動の中で、「西洋」という言葉に対する語としての「東洋」が一般化する。
>欧化主義の代表例として、西欧貴族文化を日本文化として取り入れようとした鹿鳴館時代がある。また、日本語をローマ字化し、漢字や平仮名、片仮名など、中国文化の影響下で発展してきた日本文化を根絶、もしくは衰退させ得る運動も起こった。明治期に起こった国粋主義者は、このような風潮に反発し、自文化の優秀性を、西欧文化における価値と対等に比較できるものとして捉えた。従って、西欧文化に対する理解も相当に持ち、普遍的な意味での自文化至上主義を唱えたわけではない。
非常に良い。公平な目、物差しを使い、比較する。しかも「普遍的な意味での自文化至上主義を唱えたわけではない」が素晴らしい。
私の言うところの日本主義に非常に近い。
「国粋主義」は今の右翼どもに現れるようなものととらえている者たちが日本人の大半であろう。私もそう思っていた。
しかも、
>国粋主義の原義に於いては、全体主義・ファシズム・人種差別・民族差別・排外主義など、いわば右翼的国体論とは路線が異なるが、
これは良い。私の言う日本主義の考えるところだ。
が、
>日露戦争以後、対外膨張政策の精神的支柱だった皇国史観の高まりにより、西洋文化との相対化といった価値観は、他文化に対する優越性という価値観に変異し、 自 文 化 至 上 主 義 が 形 成 さ れ る よ う に な っ た 。政府の対外膨張の国策と連動して、国粋主義は 他 文 化 排 外 主 義 、民族主義、全体主義への傾向を徐々に強くしてゆき、ついにはファシズムを許容する風潮も現れるようになる。
これは「日本人の極端を好む性格」から、当時のマスコミなどによって歪曲化極端化された末の「偽の国粋主義」であろう。現在の右翼たちの持つ国粋主義がこれである。
自文化至上主義はいけないねぇ、「国粋主義」が政治利用(マスコミ?)され悪化されてしまったということだ。
他文化に対する優越性、というのは「比較して」というのでは良い。が、公平に見て優越ではなく自文化を上にさせるために優越だということを作り出すのでは無意味になる。
民族主義、全体主義、は当該民族に合ったものを使えば良いのであり、画一的に「それが悪いものだ」という現在の風潮は愚劣以外の何物でもない。
>日本文化に根ざした平民のレベルでの欧化を
はいけないねぇ、いかにせよ欧米化というものをしたら日本人は劣化する。私は後付けでしか言えなかったが、明治開国時に日本在住の白人たちの中で本当に日本を愛した何人かが言った、「日本に西欧文化が入ってくると、日本の良いところはなくなる」であり、彼らは西欧を知っていてかつ日本を知った上での非常に合理的で理性的な判断からの最も適した判断であった。
今でもそれを本当に理解できる日本人、外人は世界に数人ほどしかいないであろう。(こんな時点で「日本主義」を書こうとしているウリの馬鹿さ加減が良くわかるwww)
では、unimaro式日本主義に移ろう。
ウリは阿呆で説明下手なのでもらえるものは最初のURLから頂くw
基本的なところは上のURLの内容と似ている。
具体的には、かつて日本(日本人)が持っていた良いところを堅持すること。
嘘を嫌悪し排除する。悪を嫌悪し排除する。怠惰を嫌悪し排除する。
勤勉を好み奨励する。質素を好み奨励する。正しさを好み奨励する。清潔をこのみ奨励する。
正しく公平なものを見る目を持つ。自己内に公平でしっかしりした物差しを確立する。常に新しい情報を取り込み、分析、比較等をし続ける。その結果が過去のものと反するものでも、過去に固執せずに受け入れる。曖昧なものはとりあえず、それが存在したということとしてとりあえずそれを認知する。「変化」それ自体は悪としない。
自己にこだわらない。家族、社会、国家における自己を知り、自己よりも優先できる。それを美しいものとできる価値観を持つ。
そういったものの結果として、
日本人は世界一勤勉
日本人は世界一嘘が嫌い(下手wでもある)
日本人は好奇心が強い
等があり、それが目指すところである。
しかし、現在、
「概念が矮小」
であるがため、しかも器量が狭量であるがために、自己が知ること考えられること以外は理解出来ない傾向が非常に強く、しかもその矮小な概念にしがみついて離れない。だから騙されやすいのだ。「世界のネギ背負った鴨、日本人・日本国」はここから来る。
だから、そこを矯正するために、
>正しく公平なものを見る目を持つ。自己内に公平でしっかしりした物差しを確立する。常に新しい情報を取り込み、分析、比較等をし続ける。その結果が過去のものと反するものでも、過去に固執せずに受け入れる。曖昧なものはとりあえず、それが存在したということとしてとりあえずそれを認知する。「変化」それ自体は悪としない。
とした。
特に日本のバブル以降は、全くなくなってしまった。
狭い社会の一つとして「イザブログ」をサンプルとして見ても、↑のことだけでもできているのは ほ ぼ 皆 無 だ。外国在住者の中ではいく人かが、第三者の目、を持っているくらいだ。
「島国根性」とよく言われるが、それは「国から出たことがない」ので「他の価値観」を知らないから比較検証することを知らず、大人になれない子供のような状態なだけなのだと思う。
なんかいつもと同様、だらだらとなったが、
日本主義、は、今のところ日本が絶対的に世界を良くできる(破滅から方向転換できる)唯一の方向だから、「日本」となっているだけであり、他にもっと良いものができたら、その限りではない。
もしそんなのがあったら、日本もその方向に持っていけばさらに良くなるからだ。
そんなんで、
Unimaroの言う、
日本主義とは、
常に日本が更に良くなることを考える。そう行動する。
だけである。
ごめんね、つまんなくって。でもこれだけだからw
でもね、これが難しいんよ、誰でも「自分がかわいい」からねぇ、それを抑え込めない限りは無理だねぇ、、、、
昔の日本人は下層階級でも「自分」を抑え込むくらい当たり前だったんだけどねぇ、、
追記
私は今現在日本で唯一の本当の日本主義者。私が認められるような者は皆無。
それどころか本当の日本人と認めることができる者、太鼓判を押せる者も見ていない。
それが今の日本の事実。
まぁ、キチガイどもはそのような事実を認めたくないだろう。
だからこそ、そのような者達こそが我国日本が、日本人たちが「まとも」になることを阻害することしかしない。彼らは我国日本にとって悪以外のなにものでもない。
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