日記
寛永寺を歩く(12) 上野戦争(彰義隊の墓・西郷隆盛像)
江戸時代、将軍家の菩提寺にもなり、現在の上野公園がすべて境内で
あったという絶大な権勢を誇った寛永寺も旧幕府軍(彰義隊)と
新政府軍との戦い(上野戦争)で旧幕府軍が敗れ、本堂を始めとする
中央部分の堂宇はほとんど焼かれました。
この「寛永寺を歩く」シリーズは「上野戦争」を最後に取り上げます。
絵のタイトルは「本能寺合戦之図 歌川芳盛」となっていますが
上野戦争を描いたものです。 いろいろ配慮があったのでしょうね。
慶応4年( 1868 )1月、鳥羽・伏見の戦いで旧幕府軍が新政府軍に
敗れると、徳川慶喜は夜中に大阪城を抜け出し船で江戸に
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