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「アリアさまに、お行儀の悪いことを教えないでくださいよ」
ある夜、最悪な薬を飲み終えた右京の元へササがやって来た。ササはアリアの身の回りの世話をしているだけでなく、何かと口うるさく注意をしたりとまるで母親のように接しているのだと、森で過ごすうちに右京ははじめて気が付いた。 「屋根に上がるなんて、巫女さまのすることではありません!」 「俺がやらせたわけじゃないだろ。アリア、楽しそうだからいいじゃないか」 実はアリアはあの日以来、逆に右京を誘っては屋根に上がり、森を見渡したりカップを持ってお茶をしてみたり、昼寝をしたり本を読んだりと、すっかりお気に入りの場所にしてしまっていた。ササが何度も危ないと止めていたのだが、今日の昼間、カップを落として割るという失敗をし、ついにササを本気で怒らせたのだ。 「次からは気をつけるよ。アリアが落ちなくて良かったと思えば、な」 屋根禁止を告げられたアリアは、そこまで落ち込まなくてもというほど落胆していたのだが、ササにしてみれば、今は手を貸してくれている右京は近いうちに完治し村に帰ってしまうのだから、ここでやめておく方がいいと思えた。 「まぁでも、確かにアリアさまは楽しそうですね。あんなに無邪気に笑っていらっしゃる姿は、見たことがありませんもの」 「なあ、ササはいつからアリアのそばにいるんだ?前の人とかもいるんだろ?」 アリアは不老の体。実際の年齢はもちろん、家族のことさえも右京は知らない。ササに関してもやはり聞いたことはなかった。 しばらくの沈黙の後、 「誰にも、アリアさまにも内緒にしてくださいよ」 ササは言った。 「私はもう死んでるんです」 「はぁ?どういう意味かわからないんだけど。死んでるって、女として終わってるって意味ならあえて言わずとも……」 「違います!それは終わっていません!」 薬の器でゴツンと頭を叩かれ、呻きながらも右京は真剣な顔のササを見つめた。 「じゃ、じゃあその言葉の意味のままなら?」 「私、歳をとらないんです」 「え!それってアリアと同じ不老?」 「そうですが。ただアリアさまは、実際には不老ではありません。普通とは比べものにならないほどのゆっくりした時間の中を生きておられるせいで、歳をとらないように見えるんですよ」 右京はササの言葉を何度も頭の中で繰り返してみた。 「ってことは、アリアはいつか大人になれるのか」 「そうです。いつとは言えませんが」 寂しそうなササの表情は、これまで見たことのないものだった。どうして今自分にそんな告白をしてくるのかも、右京の胸にひっかかった。 「ササ。どうしてササの時間は止まってんだよ?まさか母親ってわけじゃないだろ?」 思いもよらぬ単語に、ササは一瞬目を丸くし、それからいつものおおらかさで笑い出した。 「まさか!それはアリアさまに失礼ですよ!」 あやしの森の夜はあまりにも静かだった。馬車は通らないし、遅くまで賑やかな酒場があるわけではない。近所の夫婦喧嘩やレオのいびきがうるさいわけでもない。聞こえるのは風に揺られる木々の音と心地よく奏でられる虫の鳴き声だけ。それなのに、その夜右京はなかなか寝付けずにいた。 ただ、ササの言葉と優しいまなざしが、ぐるぐると頭の中を巡っていた。 『家族も持ったし幸せに暮らして、幸せなまま、その全てを失った時、私はもう自分の人生を生き切ったと思ったんです。あぁ終わりでいいわって。そんな時、アリアさまに出会ったんですよ。 その頃のアリアさまは、苦しくなるくらいあんまりにも孤独で寂しそうでいらしたから、だから私は尽くそうって。アリアさまの幸せのために何でもするって、決めたんです』 |
冒険8
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右京は、あやしの森で毒の治療を始めてから三日ほどでベッドから起き上がり動けるようになった。黒く変色していた肌も日に日に目立たなくなり、その回復力にはアリアも驚いたほどだった。
「右京、薬の時間だよー。」 一日三回の薬の時間。毒消しの為の毒々しい薬を入れた器を持ったアリアがドアを開けると、ベッドはもぬけの殻。開け放たれた窓を見て、アリアは小さくため息をついた。最近はいつもこうだ。器をベッド脇のテーブルに置き、外を窺う。 「あ!」 屋根を伝って逃走しようとする右京の背中を見つけ、アリアは思わず窓から身を乗り出した。斜めの屋根はまさに滑り台で、油断すればそのまま転げ落ちてしまいそうだったが、アリアはとっさに履き物を脱ぎ捨て、赤い屋根に飛び乗った。 驚いたのは右京の方で、今度は慌てて引き返すはめになった。 「何やってんだ‼」 アリアの腕を掴み力一杯引き上げ立たせてやると、アリアはへらりと笑って、 「薬、飲みなさいよ」 と、逆に右京の胸倉を掴み返したのだった。 |
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あやしの森に着いた頃には、右京の体は半分以上赤黒く変色していた。呼吸も弱く感じられ、キリエは思わず目を逸らした。強い男が弱っている様を見るのは苦しかったのだ。
馬車は森の道を一直線にアリアの住まいへと走りぬけた。木々がまるでよけてくれているような道の広さは、アリアが何事か感じ取り、力を使っているのだとわかった。程なくして馬車は、アリアの家の前にたどり着いた。
「アリア!」
キリエが荷台から飛び降りると同時に、
「ゆっくり、こっちへ運んで」
窓からアリアが顔をだした。
「これは……本当に酷いわね」
右京をベッドに寝かせると、アリアは早速その体を調べ始めた。広がった痣は熱を持って熱かったが、アリアはただ胸から腹、腕や足にそってそっと触れていく。それからスッと立ち上がると、フゥと小さく息を吐き出した。そして、
パパパパパーーーーン!!
「えぇーーーっ!?」
その場にいた全員が声を揃えて驚くほど強烈な勢いで、右京の頬を往復ビンタしたのだった。
「……っ、んあ」
激しいビンタの末に右京が意識を取り戻し、薄く目を開いた。もちろん頬は腫れているのだろうが、幸か不幸かその赤みは赤黒い痣によって確認する事はできない。いや、たとえ確認できても、誰も何も言えなかったのだが。
「右京しっかりしなさい!私がわかる?」
アリアは右京の耳元で声を張り上げた。
「……ア、アリア?」
「当たり!じゃあ聞くわね。何に刺されたとか、わかる?馬小屋で何があったの?」
「あぁ、クモ。でかい。噛まれた」
「そのクモは一匹だけ?それからどこかへ逃げた?」
一刻も早く治療を始めてもらわなければならない状況でも、アリアはゆっくりした口調で右京に問いかけた。確かに、毒クモが村の中へ逃げたとすれば、大変なことになる。
「馬具に紛れてたのを見たのは一匹だけだ。俺の体から離れたところを踏み潰してやった」
そう言って右京は、得意気に小さく笑った。
「さすがね」
アリアも笑顔で応えた。
アリアの身の回りの世話をしているササが持ってきたのは、あやしの森の霊力を宿した葉で作られた万能薬。キリエたちが何度も目にし、その度に眉をしかめ思わす口を覆ったドロリとした深緑色の物体だった。
「コレを飲めば、砂漠のクモの毒なんて、すぐに良くなるわ」
器を片手にアリアが優しく微笑んでも、それこそが毒にしか見えない代物だった。
再び右京が眠ると、キリエたちは別の部屋へと移動した。
「右京、本当に大丈夫?」
キリエは暗い顔をしたままだった。それはカイトも左京もレオも変わらない。熱のせいで荒くなった呼吸に異常な肌の色を目にすれば、当然のことに思われた。
「一回薬を飲んだからって、すぐに回復するわけじゃあないわ。体の中にはまだ毒があるし、しばらくはここで治療を続けてもらうよ」
「あの薬、右京また食べるのか?!」
レオが信じられないと目を見開いてアリアを見つめた。
「少なくとも五日は続けてもらわなくちゃ。まぁ熱が下がらないときは、もっと長引くけれどね」
「右京、可哀相」
「大丈夫よ。右京は体力もあるし、きっとすぐに元気になる。森には力があるから。巫女にまかせておきなさい」
アリアの明るい笑顔に、ずっと険しい顔をしていた左京もやっと肩の力を抜いた。
「よろしく頼みます」
窓の外から、さわりと優しい風が吹き込み、にぎやかな小鳥のさえずりが聞こえていた。
つづく
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「こりゃあ……どうしたもんか」
馬小屋で倒れている右京を部屋へ運んだところで、ちょうど村の医者が到着した。しかし医者は、右京の体を調べると、困惑顔で白髪交じりの頭をガシガシと掻いた。
「どうしたんですか?」
滅多に表情を変えない左京が心配そうに医者を、それから苦しそうに荒い息を繰り返す右京を、交互に見やった。医者は黙ったまま、右京のズボンの裾と上着を捲り上げた。
脛から足首、それと腹に赤黒い斑点が広がっており、よく見れば首の辺りも赤黒くなっている。
「なにこれ!?いつの間に?」
キリエも恐る恐る覗き込む。
「私にはコレが何だかわからないんだが、よく見ると何かに噛まれたような刺されたような小さな痕がある、ほら!お前たち、この前どっか行っとっただろ。変なもんに噛まれたとか、そういう話は聞かなかったか?毒だとすると早く処置せねばならんよ」
医者は迫るように、キリエたちの顔を順に見ていったのだが、誰にも覚えがなく口を開くものはいなかった。医者がため息をつく。
「何の毒かわからなければ、治療はできないんだよ」
「そんな!そんなのダメだ!!」
レオが叫んだ。
「アリアなら?アリアなら治せるんじゃないの!?」
霊力のあるあやしの森の巫女アリアは、その森の葉を使った万能薬で、何度もキリエたちを助けてくれていた。
「アリア様か!彼女なら何とかしてくれるかもしれないな。だが」
医者は一旦言葉を切ると、いい難そうに続けた。
「時間との戦いになる。さっきより斑点が増えて広がってるからな、これからどうなるか私にはわからないが」
そこで、ずっと黙っていたカイトがきっぱりと言った。
「右京を連れて行こう。アリアを呼びにいくより絶対早い」
「馬鹿をいうな!いま右京を動かせば確実に命を縮めることになるぞ!この高熱に毒。医者としてそれを許すことはできん!」
医者の怒鳴り声が響く。けれどカイトは少しも動じることなく、苦しむ右京へと視線をうつした。
「すいません。どれほど反対されようと、右京はアリアのところへ連れて行く。一刻を争うならなおさらだろ」
「だがカイト……」
「大丈夫です。右京はこれくらいのことで死ぬような奴じゃないし、オレたちが死なせない。
レオ、急いで馬車の用意!キリエとアズマは右京を寝かせる布団を準備して。左京、それでいいよな?」
カイトは最後に、左京に声をかけた。左京が小さく笑う。
「もちろん、異論なし」
「よし、じゃあすぐに右京を運ぼう」
そうして、馬車は素早く、けれど慎重に、あやしの森へと出発した。
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ところ変わって、場所は大陸の中央都市ミレン。
警察本部の、真っ黒で重厚な大きな鉄の門、の横の小さな扉をキィと軽く開けて、クロを連れたラッセルが出てきた。
「あー、今日は何ていい天気なんだろ♪こんな日には、大物の暗殺でもしてワクワクしたいなぁ」
空を見上げてわざとらしく目を細めれば、そんなラッセルにもすっかり慣れたクロが、呆れたようにため息をついた。
すると、心地よい陽気を打ち壊すかのように、城の方からなにやら男の野太い怒鳴り声が聞こえてきた。
「直訴だ!王に会わせろ!」
何度も繰り返し叫んでいる。
城は、周りをぐるりと高い城壁に囲まれており、正面の門のその両隣には、警察本部と軍本部が、城を守るように建っていた。
「うるさいなぁ。何の騒ぎだい?」
ラッセルの問いに、警察本部の前にいた門兵が、
「あれはいつものことですよ」
と答えた。
「あの男、毎月同じように来て、同じことを叫んでいくんです」
「何て?」
「王の相談役にしろって」
ラッセルは、いつもは笑んでいて見えない目を珍しく丸くした。
「相談役だって!!だってそれはあやしの森の巫女が……」
思わず零したラッセルの言葉に、元来噂好きなのだろう門兵はさらに続けた。
「だからですよ!森の巫女といえば、正体不明で化け物のように言われているじゃあありませんか!そんなモノに王の相談役をやらせているとなれば、あぁいった輩が現れても仕方のないことです。それに!」
門兵は、とっておきの話だとばかりに、口元に手をあてラッセルに耳打ちした。
「あの男、本物の術が使えるんです!」
「えぇっ!?」
ラッセルは興味をそそられたのか、まるで子供のように目を輝かせ、門兵はさらに気をよくした。
「いつだったか、彼の直訴状を城の門番が受け取ったんですよ。もちろん、王に見せる気など全くなく。そりゃあそうですよ、一日中自分の目の前でばかみたいなことを大声で叫ばれてちゃあ、堪りませんからね。
それで、裏に引っ込んで中を見てやろうと直訴状を開いたら……」
「開いたら?」
「突然炎が噴出したんです!その火は門番の体に燃え移って、それでも消えることがなくて。彼はひどい火傷を負ったって話です」
「……」
「あの、ラッセルさん?聞いてました?」
大きな反応が返ってくる事を期待していた門兵は、すっかり黙ってしまったラッセルを不思議そうに見つめた。
しかしクロは、盛大に眉間に皺をよせ、いまだ大声で叫んでいる問題の男に視線を移した。この後のラッセルの行動は、おそらくクロの予想通りに違いなく、それにつき合わされるであろう自分の今後を思えば、その不機嫌顔は当然のことだった。
「ラッセルさん?」
門兵が再び呼びかけたときだった。
「それはタイヘンだったねぇ!いや、本当にカワイソウに!!」
ラッセルは目を閉じ眉を寄せると、天を仰ぐ仕草をした。誰がどこから見ても、芝居だとわかるセリフにのせて。そうしてから、ゆっくりとクロを振り返った。
「城の門番たちはきっと、いまも困っているはずだから、僕たちでなんとかしてあげようではないか!ねぇクロ君」
いつもの笑顔からは、その真意をみてとることはできない。けれど、クロは見ていた。その口元がいやらしく歪んだのを。けれど、楽しい事を思いついたラッセルを止める術はクロにはない。それがまるで、無邪気な子供が昆虫の羽根をむしりとってしまうかのような、悪意のない残酷な行為だったとしても。彼にとってはおそらく、たんなる暇つぶしなのだろう。
クロは、弾むような足取りで男に向かって歩き出したラッセルの後を追った。ラッセルを止めてくれる誰かがいればいいのに、そう思いながら。
つづく
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