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http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/f96b/__hr_/3634.jpg?BCRz.5FBSh_m4uYT 紫陽花で有名な白山神社ですが、秋の紅葉もまた良い雰囲気です。 http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/f96b/__hr_/6348.jpg?BCRz.5FBZIw6LqG0 白山神社は1000年以上前に本郷元町の地に創建された歴史の古い神社で、江戸城外壕拡張のために現小石川植物園に移奉、江戸中期より今の社地に遷座しました。また、歯痛止めの神として庶民から信仰された、『歯』の神様でもあります。 http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/f96b/__hr_/35ae.jpg?BCRz.5FBhScwVWG7 ここはちょっと造りの変わった社殿や見事な彫りの拝殿の扉が素晴らしいですね〜♪ http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/f96b/__hr_/b8be.jpg?BCRz.5FBM618R5qG 狛犬も風格がある感じです、社殿の雰囲気とも合っていますね。 http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/f96b/__hr_/a6a8.jpg?BCRz.5FBWQBaw1aM 手水の様子です、水龍さんの上にはあじさいがあるのが 可愛い感じですね。 今度は すごく混むとは思いますが、 紫陽花の季節にも 来てみたいと思いました。
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神社仏閣
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http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/f96b/__hr_/9474.jpg?BCX_P5FBUu8ueioi 白山から根津に向かう途中・・・いつもの様に迷子になってしまい。 ふらふらさまよっていたときです、朱色の門が見えてきました。 これはお宝発見の予感です♪ ほうろく地蔵 「八百屋お七」にちなむ地蔵尊。 天和二年(一六八二)におきた天和の大火の後、恋仲になった寺小姓恋しさに放火の大罪を犯し、火あぶりの刑をうけた「お七」を供養するために建立された地蔵尊である。 寺の由来書によると、お七の罪業を救うために、熱した焙烙(素焼きのふちの浅い土鍋)を頭にかぶり、自ら焦熱の苦しみを受けたお地蔵様とされている。享保四年(一七一九)に、お七供養のために、渡辺九兵衛という人が寄進したといわれる。 その後、このお地蔵様は 頭痛・眼病・耳・鼻の病など首から上の病気を治す霊験あらたかなお地蔵様として有名になった。 お七が天和の大火の時に非難し、墓もある円乗寺はすぐ近くにある。 (東京都文京区教育委員会 設置の看板より) http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/f96b/__hr_/d34c.jpg?BCX_P5FBHDb.SG8z たくさんの焙烙が奉納されています、皆さんの信仰の深さに感服するばかりです。 http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/f96b/__hr_/f58a.jpg?BCX_P5FB0XUjftOI 千社札の様子から それこそ江戸の昔からずっと御参りされていたのでしょうね。 http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/f96b/__hr_/44d3.jpg?BCX_P5FBNC.AstHW
境内にあった石碑です、松野自得 の俳句です。 遠くにいる母を思う心情を表しているのでしょうか・・・少しだけ泣けてきます。 |
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http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/f96b/__hr_/b57b.jpg?BCNyh4FB5heDSssi 日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる社さんです。太田道灌が社殿を奉建したと伝えられています。 江戸時代五代将軍徳川綱吉は世継が定まった際に現在の社殿を奉建、千駄木の旧社地より御遷座されました。 根津神社といえば「つつじ」が一番有名ですが、境内の約2000坪のつつじ苑に約50種3000株のツツジが咲いている光景は壮観です。 毎年4月中旬から5月5日までの「つつじまつり」には、甘酒茶屋、植木市、など多くの露天が並び多くの人出で賑わっています。 が、秋の紅葉のシーズンも趣があって良い感じです。春のつつじの頃は人が多くいて賑やかですが、秋の紅葉は静かに境内を回れます。 http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/f96b/__hr_/2599.jpg?BCNyh4FBlM7Fnylj 朱色が鮮やかな楼門です、広場に大きくそびえており立派です。 http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/f96b/__hr_/a6bf.jpg?BCNyh4FBT1s61GRQ いつもは楼門前の広場で屯っている彼らですが、朝 早いためかまだ寝ているようです。 http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/f96b/__hr_/ebe4.jpg?BCNyh4FB8Bnv7SDY 楼門を過ぎ、手水付近です ここの紅葉も鮮やかです♪ http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/f96b/__hr_/5a4f.jpg?BCNyh4FB6SW2mndX 拝殿の様子です。散歩途中の方がお参りをされていました。 総漆塗りの華麗な権現造建築で江戸の神社建築としては最大の規模を誇っているそうです。 本当に華麗な社です。 http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/f96b/__hr_/500d.jpg?BCNyh4FBtvzCo2r_ 根津神社内にある 乙女稲荷 です。 御祭神は倉稲魂命で、稲荷神社らしく朱色の鳥居が立ち並んでいます。 堀池の高台に建立されていて、舞台の様な印象を受けますね。 http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/f96b/__hr_/94f5.jpg?BCNyh4FBRqQwKdno 権現裏門坂 からみた境内の様子です。落ち着いた雰囲気で散策するには良い場所です。 左側に見える塀は『透塀』です格子部より向こう側が見えるために名づけられたそうです。 昔の宮大工さんの巧みの技が光る作品です、とっても綺麗でした。 今回は秋の紅葉ですが、春のつつじ祭りにも訪れようと思っています。
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http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/3050/__hr_/42d1.jpg?BCCWj3FBp5AIyuGu ここ兜町の兜神社の起源には諸説あるがいまだ明確には判明していません。 (1)源義家奥州より凱旋の際、東夷鎮定のため、兜を楓川のほとりに埋め一塊の塚となし、これを兜塚といつた。 (2)前九年の役の頃、源義家が東征のみぎり岩に兜を縣けて戦勝を祈願したことからこの岩を兜岩と呼ぶようになった。 (3)俵藤太秀郷(藤原秀郷)、平親王(平将門の尊称、天慶3年(940年)2月14日戦死)の首を打って兜に添へて是まで持来れるが、兜をば弦に埋めて塚となし兜山と云う。 http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/3050/__hr_/348e.jpg?BCCWj3FBx4N4YRQS 今現在では、高速道路の下でひっそりとたたずんでいるため、とても静かな感じでした。 この日も、参拝客はいませんでしたので ゆっくり御参りできました。 参考:『商業の神様「兜神社」の由来』兜神社世話人会
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http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/3050/__hr_/1501.jpg?BCvaO3FB25envLxZ 強運厄除の神様として崇められています。 恵心僧都の開基と伝えられる万福寺を起源とする。万福寺はもと万福庵と称し、豊島郡入江にあって観世音菩薩と弁財天を祀っていたという。 その後、領主の太田道潅が神徳の著しいことを聞いて万福庵を訪れて当社を参拝し、土地を寄進して小網山稲荷院万福寺と名付けたとされる。慶長年間(1596〜1615)以降、付近の町名も当社に因んで小網町と称するようになった。 明治初年の神仏分離で万福寺は廃絶。弁財天は当社に移され、「東京銭洗い弁財天」「万福舟乗弁財天」として信仰を集めている。 http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/users/451e585e_10e6/bc/3050/__hr_/68c7.jpg?BCvaO3FBQkfW1Dw.
下町で本当に町中に 社 です。この日もご近所の方が参拝されていました。 |







