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オークランドの2景と自由帳(63)

オークランドの2景

NZ旅行の8日目の行動は、ロトルアを8:00に出発→カラピロ→ワイトモ・グロムワーム鍾乳洞→ハントリー→オークランド15:00着でした。
ワイトモ鍾乳洞では暗黒の鍾乳洞内で土ボタルが放つ幻想的な光を見ました。
オークランドでは、郊外の各所に高さ200m程のトロイデ型火山があり、その一つのマウント・イーデンに登って360度のパノラマを楽しみました。更に、アメリカズカップの基地となるヨットハーバーや港を跨ぐハーバーブリッジを眺めた後はショピングでした。スカイタワー(高さ328m、南半球で最高)の270m高さにある展望レストランで早い夕食をとりました。
旅行最終日は残念ながら絵になる対象に恵まれませんでしたので、オークランドの光景写真を2枚ブログにアップしました。
マウントイーデンから見たオークランドとスカイタワーから見たオークランドの港です。

翌日の9日目はオークランドを早朝に発ち、約11時間をかけて16:00に成田に帰着しました。
飛行中は、自分が大ファンであるキリ・テ・カナワ(マオリ系)を機内音楽サービスで存分に聴くことができました。


自由帳(63)

神社、仏閣、古城を訪ねて(31)

神社、仏閣、古城の探訪が好きですので、今まで機会をみては訪ねてきました。
記憶を辿って主な実績を並べています。古い記憶には、不正確や誤ったものがありますので、お気付きの時はどうかご容赦ください。
神社、仏閣、古城の名前、場所、一口メモの順に書いております。

1.セントポール寺院

約40年前にロンドンに行きましたが、その時にラッセルスケアーの近くに宿泊し、用務の合間をぬって市内や郊外の各所を訪れたものです。移動は地下鉄やバスでした。
セントポール寺院は、街の中心から少し離れていましたが、堂々たるドームが目印になりました。正面には2つの鐘楼がありました。この寺院もドイツ軍の空襲に遭ったそうです。外国の大寺院内を見たのは、この時が初めてでした。それだけに、その凄さに強い印象を受けました。

2.ウェストミンスター寺院

昼間にこの寺院の外観をみて、ゴシック様式の代表的な建造物を十分に堪能しました。正面の壮大さに圧倒され、くすんだ色合いに歴史を感じました。歴代の国王の戴冠式が行われることで有名です。夜を待って寺院内に入り、荘厳華麗な内部に見とれて我を失う思いでした。運良くクリスマス関連の行事が行われていましたので、しばしその進行に見とれてしまいました。堂内に響き渡るパイプオルガンを聴き、寺院を出ますと塔からの鐘の音が聞こえ、しばし陶酔に浸りました。

3. ロンドン塔

ロンドン塔と言っても塔だけではなく、れっきとした城です。夏目漱石の著作にもあります。
拷問、幽閉牢、断頭台などのこの城にまつわる暗い知識を持って見学ましたが、それに追い討ちを掛ける様に伝説にかかわるカラスを見たので、途中で寒気を催した記憶があります。でもそればかりではなく、燦然と輝く宝石や王冠を見て溜息をつき、チューダー王朝の華麗な服装をした衛兵をみて中世に引き戻された思いをしました。

4. その他

旧王宮だった国会議事堂をテームス川の対岸から眺め、旧大英帝国の面影を偲びました。
バッキンガム宮殿では、金色に輝く鷲のシンボルに感心し、凄い観光客に驚きました。
セントジェームス宮殿を外から見て、向かい側にあるセントジェームス公園の夕焼けを眺めました。
大英博物館、ハイドパーク、トラファルガー広場、ロンドンブリッジ、哀愁の舞台になったウォータールーブリッジなども簡単に巡りました。

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水彩画作品(83)と自由帳(62)

水彩画作品(83)

NZ旅行7日目も盛り沢山の観光でした。旅程は:ロトルア8時出発→ワイマング地熱渓谷→ロトマハナ湖→ツュランギ→トンガリロ(昼食)→タウポ湖→フカ滝→ロトルアの順でした。
ワイマングー地熱渓谷では、日本の各地にある何々地獄(雲仙、別府など)を3つほど一箇所に集めたようなもので、色々珍しい火山現象が見られましたが、どうも絵には向きませんでした。
タウポ湖はNZ最大の湖で、対岸には残雪の輝くトンガリロ山塊が見え、湖畔には別荘が立ち並んでおり、南島の主な湖に勝るとも劣らない美しい景色でした。
トンガリロ国立公園(世界遺産)の山裾から見た最高峰ルアペフ山(2797m)を描きました。初夏ながらまだかなり雪が残っていました。手前の建物は昼食をとったシャトートンガリロと言う豪華なホテルです。
ルアペフ、ナウルホエ、トンガリロの峰々が並ぶ壮大な景色を絵に捉えるのは難しいものです。



自由帳(62)

神社、仏閣、古城を訪ねて(30)

神社、仏閣、古城の探訪が好きですので、今まで機会をみては訪ねてきました。
記憶を辿って主な実績を並べています。古い記憶には、不正確や誤ったものがありますので、お気付きの時はどうかご容赦ください。
神社、仏閣、古城の名前、場所、一口メモの順に書いております。

1. Se カセドラル(サンパウロ・セントロ)

35年ほど前に、用件かあって夏から冬までの半年間サンパウロに滞在致しました。当時の南米は遠くて、羽田を出てから途中のロス、リマ、リオに立ち寄って28時間ほどかかりました。この街は海抜約800mの高地にある南米最大の街であり、しかも街の一番高い丘の上に大きなSeの教会の屋根が聳えていました。アパートが教会の近くでしたから、朝な夕なに教会の鐘を聞きながら独りで暮らしていました。土日曜には、よく教会に出掛けてミサに加わり、パイプオルガンと聖歌隊のコラールに耳を傾けました。ミサには帽子が廻され、ミサが終われば両隣の方々と抱き合い、頬に口付けを交わしあったものです。

2. グロリア教会(リオデジャネイロ)

サンパウロ滞在中に数回リオに出掛けましたが、その時のホテルがグロリア教会の近くでした。サンパウロのコンゴニヤス空港は街の中にあり、離着時に脚輪がビルに当たりそうでした。リオのサントスデュモン空港はよく霧に包まれて上空で待機したものです。さてグロリア教会は海岸通りに沿った段丘に建って、見晴らしがよくポンデアスーカル(砂糖パンの山)が綺麗に見えていました。カソリック教会は内陣は薄暗く、十字架のキリストが生々しい姿で掲げられていますが、グロリア教会は、亜熱帯の教会らしい明るい外観と、堂内には優しいマリア像があって魅力的な教会でした(との記憶が薄れ気味です)。

3.カンデラリア教会(リオデジャネイロ)

リオ一番の目抜き通りであるプレジデンテ・ヴァルガス通り(名前が変わっているかもしれません)を海方向に進みますと真正面に、灰色にくすんだ大きなカンデラリア教会がでんと居座っていました。この大通りで、毎年、世界最大のカーニバルが行われます。渡伯前はカーニバルについて全く知りませんでした。謝肉祭だそうですが、西欧人らしいお祭りですね。我々の秋の収穫祭つまり昔の新嘗祭、神嘗祭のようなものかも?それにしてもカーニバルの主役がアフリカからの移民の子孫達だと言うのは不思議ですね。サルバドールやレシッフェのお祭りも盛大だそうです。
カンデラリア教会は多分伝統と格式のある教会であり外観は特に貫禄十分ですし、大通りが整備される以前から建っていたので、教会の周りがロータリーになっているのかもしれません。

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水彩画作品(82)と自由帳(61)

水彩画作品(82)

NZ旅行の6日目は南島のクライストチャーチから北島のロトルアに向い、ロトルア周辺を観光しました。
今日の移動は小型プロペラ機でしたが、窓から快晴の美しい景色を楽しみました。
ロトルアは、火口に出来た町であり、マオリ民族の町でした。移動と観光は:10:50クライストチャーチ空港発→11:45ロトルア空港着→ガバメントガーデン→ノンゴタハ山→アグロドーム→マオリ文化保存村(テ・プイア)→間欠泉→マオリショーの順でした。
観光としては、興味深いものが盛り沢山で充実した一日でした。ノンゴタハ山からのロトルア展望、アグロドームでの羊の毛刈りショー、間欠泉、神聖な儀式のマオリショー(観覧のみ許可)の何れも絵に描き難いので、テ・プイアのポスターを描きました。ポスターでは、村への侵入を防ぐマオリ族の威嚇ポーズを図柄にしていますが、絵では威嚇の表情が中々描けませんでした。


明日(10月14日)から3日間程北の方へ出掛けて来ますので、この間は失礼致します。

自由帳(61)

神社、仏閣、古城を訪ねて(29)

神社、仏閣、古城の探訪が好きですので、今まで機会をみては訪ねてきました。
記憶を辿って主な実績を並べています。古い記憶には、不正確や誤ったものがありますので、お気付きの時はどうかご容赦ください。
神社、仏閣、古城の名前、場所、一口メモの順に書いております。

1. 熊本城

熊本駅から市電に乗って10分位で名城と呼ばれる熊本城に着きます。今、築城400年記念祭が開かれています。この城は加藤清正公が築城してから現在に至るまで、色々な歴史があったようです。城主は加藤家から細川家に替わり、城郭の整備も400年間にわたって続けられ、現在も復元が進められています。天守閣、堀、石垣、櫓、郭などが整然としております。武者落しの塀が有名です。西南戦争では天守閣が炎上しました。また、剣豪宮本武蔵が本城に招かれたことも良く知られています。

2. 鹿児島城

別称は鶴丸城です。この城には鹿児島中央駅からバスで行ったように思います。
薩摩島津藩の居城ですが、堀と石垣は残っているものの他には何も見あたりません。城郭らしい建造物はあまり造られなかったようです。背後に城山があり、これが守備を兼ねていたようです。西南戦争での西郷隆盛はこの城山で最期を遂げました。城内の黎明館は、薩摩の歴史館として興味深い資料が展示されています。

3. 首里城

首里城は、那覇郊外の小高い丘にあり、琉球王朝の中心でした。琉球は中国貿易で栄えましたが、
薩摩藩の進入後、種々の経過を経て沖縄県となりました。今次の大戦では熾烈な沖縄地上戦があり、戦後は長く米国統治下に置かれました。日本復帰後も、わが国最大の米軍基地が存続しています。
首里城は戦争で破壊されましたが、今は見事に復元され世界遺産に含まれています。沖縄サミットでも世界の首脳が首里城を訪れました。「芭蕉布」でも首里城や美しい沖縄の海が歌われています。

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水彩画作品(81)と自由帳(60)

水彩画作品(81)

NZ旅行の5日目は、クライストチャーチの市内観光でした。大まかな順序は:大聖堂前広場→路面電車(トラム)→工芸美術館→エイボン川舟遊び→ハグレー公園→バラ園→モナ・ヴェール→サイン・オブ・ザ・タカヘ→一般家庭でのティータイム→自由時間でした。
 クライストチャーチは庭園の街とよばれ、どこも絵になる景色に包まれていました。
 サイン・オブ・ザ・タカヘと呼ばれるレストランは、街を見下ろすカシミヤヒルに建つ古城風の重厚な石造りでした。建物の中も城内を模した装飾と置物が中世風の面影を醸し出していました。
 昔の富豪によって作られたモナ・ヴェールは、市の郊外にある英国風の広大な庭園であり、公園内にはバラ園や豪華な建物がありました。さらに、園内にはエイボン川が流れ、その周辺は優しい風景でした。
迷った挙句、モナ・ヴェールの中の普通の景色を描きました。
洋風建築を描くのは難しいので、自分の技量にあう風景を選びましたが、遠い旅行から得た収穫とは言いがたい平凡な絵になりました。


自由帳(60)

神社、仏閣、古城を訪ねて(28)

神社、仏閣、古城の探訪が好きですので、今まで機会をみては訪ねてきました。
記憶を辿って主な実績を並べています。古い記憶には、不正確や誤ったものがありますので、お気付きの時はどうかご容赦ください。
神社、仏閣、古城の名前、場所、一口メモの順に書いております。

1. 島原城(長崎県島原市)

諫早から島原鉄道に乗って1時間ほどで島原駅につきます。駅前から島原城まで歩いて直ぐです。城も堀も凄く立派です。堀の西側に武家屋敷が並び、雲仙の伏流水に鯉が泳ぐ水路が保存され、観光名所の一つになっています。城内には島原藩の歴史や武具が展示され興味が惹かれます。痩せて領地を持つ島原藩は領民に、不相応な築城のための過大な労役と年貢を課し、領民はその苦しさから島原の乱が起こったそうです。

2. 原城跡(長崎県南島原市南有馬町)

原城跡は、島原鉄道の原城駅から徒歩15分位です。原城跡は有明海に突き出した小さい半島にあり、三方に有明海が、北に雲仙が見えます。若き天草四郎のもとに約3万人が結集して一揆を起こし、藩軍や幕府軍に対抗して立て籠もったのが原城でした。この島原の乱では2ヶ月ほど戦闘に耐え抜きましたが、遂に全てが尽き果て老若男女3万人が全滅しました。多くのキリシタンが含まれていました。今も続けられている史跡調査では多くの人骨が発掘されています。

3. 平戸天主堂(長崎県平戸市)

平戸へは、長崎駅からバスで行きました。田平から平戸大橋を渡って平戸島に入れば直ぐに平戸の町に着きました。平戸天主堂は小高い丘に建っていますので、坂を登りますと正面に明るく均整のとれた天主堂が現れます。実に美しい姿です。フランシスコ・ザビエル記念聖堂が正式名だそうです。堂内は、外観と同じく心を洗われる神聖な空気が満ちていました。上りとは別の道を下りますと、途中にお寺があり、その屋根と聖堂の尖塔が旨く調和し、和洋の妙を見せていました。

4. 平戸城(長崎県平戸市)

平戸城は、平戸の町から港を隔てた対岸の小山に築かれています。平戸藩主松浦氏の居城です。町には松浦氏の居館跡に松浦史料博物館があり歴史を物語っています。城はその遺構がよく保存され、城内には見どころも多く、三層の天守閣からは、おそらく外国交易船の出入を見張っていたと思われるような海景色が見渡せます。この海景色は抜群に良好です。

5. 最教寺(長崎県平戸市)

通常の旅人にはあまり知られていない名所の一つに最教寺があります。やや街外れの森の中にある緩やかな道を辿ると、大きなお寺があります。ここでの泣き相撲と胎内巡りと宝物拝観が興味を惹きます。
幼児を抱いてエイヤーと顔を合わせて先に泣いた幼児が勝ちと言う相撲です。仏様の胎内巡りは、本尊の台座下の地下道を手探りで巡ればご利益が得られます。宝物館では貴重な文化財が見られます。

平戸は長崎より古くから外国との交易がありましたので、オランダ商館跡が見られます。その他、平戸観光資料館、ザビエル記念碑、三浦安針の墓、ジャガタラおはるの像、隠れキリシタンの生月への道などがあります。

6. 長崎県内で訪ねたその他のところ

正覚寺、皓台寺、聖福寺、孔子廟、天后堂(館内)、養国寺(網場)、天満神社(網場)、八満神社(日見)、普賢神社(矢上)、矢上神社、福瑞寺(古賀)

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NZ テカポ湖を描く

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水彩画作品(80)と自由帳(59)

水彩画作品(80)



NZ旅行の4日目は朝から快晴に恵まれ、マウント・クックの雄姿を仰ぎ見ながら小一時間ほど散策したあと、南島の西側から横断して東側のクライストチャーチに向いました。その行程は:11時マウント・クック村出発→プカキ湖→ルピナス街道→テカポ湖(昼食)→ジェラルディンの町→カンタベリー平野→17時クライストチャーチに着きました。
プカキ湖は、湖面がミルキーブルーの不思議な色、遠くにマウント・クックを主峰としたサザンアルプスの姿を映す夢のような美しい光景でした。
テカポ湖は、湖畔に牧羊犬の像と善き羊飼いの教会がありました。美しい風景に、どちらも可愛らしさと優しさを添えていました。
コバルトブルーの湖面、マウント・クックの遠望そして満開のルピナスが展開しているテカポ湖の景色を絵にしました。ルピナスの赤、緋、紫、白の花が湖畔に群生していましたが、それぞれの色で塗り混ぜてしまいました。これが絵として失敗でした。


自由帳(59)

神社、仏閣、古城を訪ねて(27)

神社、仏閣、古城の探訪が好きですので、今まで機会をみては訪ねてきました。
記憶を辿って主な実績を並べています。古い記憶には、不正確や誤ったものがありますので、お気付きの時はどうかご容赦ください。
神社、仏閣、古城の名前、場所、一口メモの順に書いております。

1. 大浦天主堂
キリスト教禁止令のもと、西坂(今の長崎駅前にある小高い丘)で26人のキリスト教徒が処刑されましたが、大浦天主堂はこれを悼んで建てられた教会(天主堂)です。日本最古の木造教会で国宝になっています。
教会に入りますと、清楚な内陣に祭壇と礼拝席が並んでいます。ステンドグラスからの光に心が洗われます。有名な信徒発見があった教会であり、遠藤周作の女の一生・キクがマリア像を崇めて絶命した教会です。

2. 浦上天主堂
浦上の敬虔な信徒達が30年の歳月をかけて建立したのが浦上天主堂であり、東洋一の大きさでした。それが昭和20年8月9日にB29(ボックスカー)が投下した一発のプルトニューム爆弾で一瞬にして倒壊されてしまいました。
キリスト教国の爆撃機が同じ宗教の本邦一の教会を爆破したことは信じられない行為です。戦争は異常心理の成せる業。負の世界遺産としてこの愚挙の遺構を永久に保存すべきでした。
今は、再建された浦上天主堂から平和を祈る夕べの町にアンジェラスの鐘が鳴り渡っています。

3. 中町教会
長崎駅から徒歩5分位の所に中町教会がありますが、意外にも知られていません。歴史の古さ、教会の大きさは、市内の他の教会と殆ど同じです。敷地内には殉教26聖人のなかの3少年の死を悼んでその像が建てられています。この教会は、原爆によって尖塔と側壁以外が壊されましたが、今は白一色の美しい教会に再建されています。大きな内陣で厳かに執り行われるクリスマスミサに出掛けたものです。

4. 諏訪神社
諏訪神社の例大祭である長崎くんちは全国的に有名です。10月7日から3日間、各町は持ち回りの踊りを奉納します。特に、太鼓、銅鑼、笛、爆竹が賑やかに鳴る中で勇壮に奉納される蛇踊りはお祭りのクライマックスです。蛇踊りは福建省辺りの唐人が当地にもたらしたようです。諏訪神社の参道には男石、女石、和合石があり、これを踏めば良縁に恵まれるそうです。神社周辺には、名所旧跡、文化施設、公園などが集まっています。 

5. 崇福寺
路面電車の終点正覚寺下から直ぐの所にユニークな門を構えた崇福寺があります。約380年前に創建された唐寺ですが、今も長崎在住の中国出身者の信仰を集めています。長崎には、神戸、横浜と同じような中華街があり、福建省出身の方が多いようです。さて、崇福寺には第一峰門と大雄宝殿が国宝の建造物です。さらに重文もあります。兎に角凄いものです。境内は普段は静かですからじっくり中国寺院の雰囲気を味わうことが出来ます。

6. 興福寺
興福寺は、崇福寺、福済寺とともに長崎三福寺と呼ばれています。他の寺と並んで寺町にあります。この寺は1600年頃に建てられた黄檗宗の唐寺であり、インゲン豆を日本にもたらした隠元禅師ゆかりの寺です。
境内には見るべき建物が数多く、大雄宝殿は重文ですし、鐘鼓楼は唐様式の立派な姿です。航海の守護神媽姐を祭る媽姐堂と雌雄一対の大きな魚板を見るのが好きでした。

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