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立山黒部旅行の絵

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黒部峡谷を描く(2)

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水彩画作品(144)と気まぐれ記(60)2008.12.25:師走

水彩画作品(144)

今回アップしました水彩画作品は、今年の11月初旬に描いたものです。

アルペンルートの旅行写真から描いた絵をシリーズ的に掲載しておりますが、今回はその最終回として黒部峡谷トロッコ列車の帰着地である宇奈月の景色を絵にしました。

宇奈月駅からトロッコ列車に乗って鐘釣駅まで行き、そこから引き返してきましたが、宇奈月駅で少し時間がありましたので駅付近を見て回りました。そこで、幸運にも興味深い風景に出会いましたので絵にしました。
この場面は、まさしく黒部峡谷が始まる地形を見渡せる場所でした。急峻な山肌をえぐってトンネルを造り、ダムと発電所を造るための資材を運ぶトロッコ列車を通した難工事の後が偲ばれる場面でした。


気まぐれ記(60)

ブログのエチケットを踏み外さないように注意しながら、気まぐれ記と称して思いつくままの拙文雑文を書き記したいと思います。何分にも浅学のため間違いがあるかもしれません。その時はどうかお許しください。また、何かお気付きの点がありましたらご教示ください。

年の瀬に寄せてー平和の願いー

1. 今年の出来事を漢字一字で表わすと「変」だそうです。インドでも、チベットでもイラク、アフガニスタンでも、アフリカでも人類の願いに反する出来事つまり人道に反する事件が多発しました。国内では、拉致問題解決の糸口さえ掴めないまま、そして「誰でもよかった」殺人や幼児殺害が続きました。痛ましい出来事ばかりです。
2. 世界規模の金融危機が発生し、日本でもその影響で、減産に次ぐ減産、非正規の社員や労働者の解雇、学生の内定取り消しなど社会にとって辛い世相です。
その発生地は米国だと言われています。更にその原拠は、大量破壊兵器の除去と言って各国の反対を押し切り、イラクへの攻撃を行った好戦的な指導層にあり、莫大な戦費が米国の経済を疲弊させたのが原拠だとの報道がありました。
3. 除夜の鐘
人間の持つ百八の煩悩を取り除くために、そして国家の安寧と世界平和を願って大晦日の夜から新年明けにかけてお寺や大寺院の鐘が一斉に打ち鳴らされます。深夜に余韻嫋々と響きわたる鐘の音に寄せて人々は一心に願いを込めますね。家族の無病息災も併せて祈ります!
4.教会の鐘
  教会においても新年のお祈りが行われ、平和を願う鐘の音が町中に響き渡るように打ち鳴らされます。
5. 国連の「平和の鐘」
「平和の鐘」は1954年に日本国連協会から国連に贈られたものです。釣鐘本体は60カ国の子供たちが集めたコインを溶かして鋳造されたもので、日本の典型的な神社に似せてイトスギで造られた建物に吊り下げられています。
鐘は春分の日と、9月に開催される国連総会開会式の年2回鳴らされます。
「この日本の平和の鐘が鳴り響く時はいつも、明快なメッセージを発信してきました。すべての人々に向ってのメッセージです。平和は貴重なものだと。平和を憧れるだけでは駄目だと。平和はその為の惜しみない働きを求めていると。長く辛い難しい仕事であるけれども‥‥‥」これは当時の国連事務総長のメッセージです。

今年一年、拙いグログをご覧頂き、友情溢れるコメントを賜り有難うございました。深くお礼を申し上げます

黒部峡谷を描く(1)

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水彩画作品(143)と気まぐれ記(59)2008.12.19:師走

水彩画作品(143)

今回アップしました水彩画作品は、今年の11月初旬に描いたものです。

アルペンルートの旅行写真から描いた絵をシリーズ的に掲載しておりますが、今回は、旅行3日目に訪れた黒部峡谷の景色を絵にしました。
宇奈月からトロッコ列車に乗って黒部川沿いに奥へ奥へと進んで参りますと、川の両岸にそそり立つ断崖絶壁の峡谷が有名な黒部峡谷です。トロッコ列車の進行に伴って車窓には千変万化の峡谷美が次々と展開しますが、全部が絵になる景色です。それらの中から黒薙付近の風景を選んで絵にしました。
急峻な峰の端が並ぶように川に落ち込んでいるように見えます。川の色はエメラルドグリーンでしたし、山肌の所々には紅葉が始まっていました。山肌の木々を丁寧に描くと絵に深みが出てくるような気がしましたが、根気が続かず塗りつぶしてしまいました。

気まぐれ記(59)

ブログのエチケットを踏み外さないように注意しながら、気まぐれ記と称して思いつくままの拙文雑文を書き記したいと思います。何分にも浅学のため間違いがあるかもしれません。その時はどうかお許しください。また、何かお気付きの点がありましたらご教示ください。


及ばざるは過ぎたるよりまされり

江戸時代から武士階級の間に伝わり、武士の道徳教育の教材として使われてきた「徳川家康の遺訓」は、人生50年と言われた当時、62歳になってから江戸幕府を開いた徳川家康の波乱に満ちた人生から得た知恵の数々が凝縮されています。
「人の一生は重荷を負って遠き道を行くが如し。
急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし。
心にのぞみ起こらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久のもと。
怒は敵と思え。
勝つ事ばかり知りて負ける事を知らざれば、害その身に至る。
己を責めて人を責むるな。
及ばざるは過ぎたるよりまされり。」

これらの戒めは、現在に生きる自分達にも十分通じる教えですね。有名人はやはり偉大ですね。

織田信長が本能寺で自害したのは49歳、豊臣秀吉が関白になったのが50歳、徳川家康が駿府城で亡くなったのが75歳でした。
追記:この遺訓は、徳川家康の書いた文書類を研究していた徳川黎明会会長の尾張徳川家第21代当主徳川義宣氏によると、家康の遺訓と称されているものは、「水戸黄門公御作之由」となっており、いつの間にか神君家康の遺訓にすり替わったとのことです。(朝日新聞)

15代将軍慶喜まで続いた徳川幕府も江戸城無血開城で終焉を迎えました。天章院篤姫役の宮崎あおいさんご苦労様でした。

弥陀ケ原の紅葉を描く

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水彩画作品(142)と気まぐれ記(58)2008.12.14:師走

水彩画作品(142)

今回アップしました水彩画作品は、今年の10月中旬に描いたものです。

アルペンルートの旅行写真から描いた絵をシリーズ的に掲載しておりますが、今回は、弥陀ケ原の散策で見た紅葉と黄葉が織りなす景色を絵にしました。
3回前のブログにも書きましたように、室堂平、天狗平では標高が高いので、紅葉時期が過ぎてチングルマの紅葉が残っている程度でしたが、標高1930mの弥陀ヶ原ではまさしく紅葉の最盛期(10月8日時点で)に当たり、ナナカマドとカエデの深紅色、ダケカンバの黄色、トチ(?)の濃緑色のコントラストが素晴らしく、錦秋の真っ盛りでした。散策後に休憩をとったホテル周辺でも紅葉が見事でした。
高原の紅葉美を絵の上に何とか表現出来ないものかと努力しましたが、如何にせん、腕不足を思い知らされる結果となりました。悔しいですね。



気まぐれ記(58)

ブログのエチケットを踏み外さないように注意しながら、気まぐれ記と称して思いつくままの拙文雑文を書き記したいと思います。何分にも浅学のため間違いがあるかもしれません。その時はどうかお許しください。また、何かお気付きの点がありましたらご教示ください。

馴染めない言葉
               
私は昭和の戦前生まれですが、最近の言葉に馴染めなくてしばしば戸惑います。
「馴染めない言葉」のうち、その一例を以下に記しますが、「不自然じゃないよ」と言われる方は既に馴染んでおられる証拠でしょう。

「私ってすごく忘れっぽい人じゃないですか」
「五千円からお預かりします」 
「自分的にはいいですよ」
「コーヒーのほうをお持ちしました」
「ご注文のほうは以上でよろしかったでしょうか」
「おタバコはご遠慮させていただきます」……意味不明
「記念品を受付で頂いてください」
「記念品を受付で頂かれてください」……方言かもしれません
「ご住所を書いてもらっていいですか」
「それでは歌わせていただきます」
「あのやつ超すかんね」
「すっごくおいしいじゃん」
「ご負担いただくようなかたちになっております」
「一緒にやろうみたいなはなしだったよな」
「全然いい感じだよ」
「携帯」……普及している言葉です。一昔前の携帯電話のことでしょう。今では多くの機能を備えていますから、移動端末器とでも言うのでしょうか。
「認知症」……医学用語らしい。しかし、意味不明。「痴呆症」は使われなくなりました。
「ご理解を賜りたく」……値上げをする時の常套句。この言葉では何を理解して欲しいのかわかりません。 
「甚だ遺憾に存じます」……申し訳けありませんでした、悪うございました、お許しくださいを意味する言葉と思いますが、有名人は素直にお詫びせず、第3者的に「大変残念なことです」と言っているように聞こえませんか。まるで他人ごとのようで、ずるいですね。
NHKの「ナットク日本語塾」を見てほしいですね。


小学生から中高大学生にいたる若者が携帯でメールをやり取りしている文字、用語などは、高齢者にとって知ることなど不可能に近い。多分驚くべき状況でしょう。暗号、略字、略記号の羅列と聞く。

数日前の新聞に、大学生の学力が物凄く低下しているとの記事がありました。全入時代に入ってから基礎学力の不足が目立ち始めるとともに、受験勉強をあまりしないまま大学に入って来ますから、大学の講義が理解出来ないとか、文章が書けないような状況になっているそうです。特に、表現能力が極端に低下しているそうです。上に記した言葉もその一端かも知れません。
敬語、人称、品詞、語順、熟語、慣用句、省略語、口語体、文語体などにあまり乱れがありますと、会話や文章での意思伝達、情報交換が難しくなります。公共テレビのニュースや天気予報とか有力新聞にも「あれっ」と思うような表現が時々ありますね。

「言葉は生きもの」とも言いますから、ある程度の流行は仕方が無いですけどね。

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水彩画作品(141)と気まぐれ記(57)2008.12.7:師走

水彩画作品(141)

今回アップしました水彩画作品は、今年の10月中旬に描いたものです。

アルペンルートの旅行写真から描いた絵をシリーズ的に掲載しておりますが、今回は、立山高原バスの中間地点にあたる天狗平(標高2300m)から眺めた剣岳(標高2999m)の姿を絵にしました。剣岳は、室堂平からも少し見えますが、やはり天狗平から眺める剣岳が圧巻でした。快晴の空に聳え立つ姿にしばし見とれてしまいました。
腕不足で絵には迫力が表現出来ませんでしたが、実景は山肌の彫りが深く、雄姿を誇っているように見えました。

気まぐれ記(57)

ブログのエチケットを踏み外さないように注意しながら、気まぐれ記と称して思いつくままの拙文雑文を書き記したいと思います。何分にも浅学のため間違いがあるかもしれません。その時はどうかお許しください。また、何かお気付きの点がありましたらご教示ください。

サザンカとツバキ

寒さが本格化しますと、野原や田畑には花がめっきり少なくなりますが、サザンカは寒にも耐え優しい花を見せてくれます。そこで、サザンカとツバキについて豆知識を得ました。

サザンカは山茶花(日本名)とか油茶(中国名)と書かれます。サザンカに似たツバキ(ヤブツバキ)は、椿(日本名)とか山茶(中国名)とか書かれています。

中国や九州では山茶花の実から油を採取していたようです。一方椿の実から「椿油」を採取し髪や肌の潤いに使われています。椿油は化粧品店や薬局で売っていますね。伊豆半島の東に浮かぶ大島は「あんこ椿」で知られ、お土産店で産直の椿油を売っています。

山茶花、椿、茶の木は皆ツバキ科の常緑樹だそうです。

ツバキとサザンカには、いずれも変った字があてられています。ツバキの花は春に咲くから椿だとしても、山茶花は山に生えている野生の茶の木が真冬に思いもかけない花を咲かせるからだと言うのは「こじつけすぎ」ですよ。

梅は奈良、桜が京都(平安)、椿が東京(江戸)を代表する花木だ…このことをご存知でしたか。

これらの花は、日本古来から愛好され、次々と品種改良が行われて来たようです。これらの改良品種には源氏物語や謡曲など古典から引用して名付けられたものが多く、花を文芸的なものと受け止める奥床しさを感じますね。
 
山茶花、椿とも葉の緑が濃く、花の輪郭もはっきりしているので、掛け軸の絵にも好んで描かれます。(例えば寒椿として)

椿への悪口を二言:椿の葉には毛虫が付きやすく、しかも毛虫に触れると「酷くかぶれる」そうです。どうぞご用心ください。
椿の花はポロリと落ちるので、サムライには、首をとられる意味で嫌われたそうです。現代版では受験生に嫌われるかもしれませんね。

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水彩画作品(140)と気まぐれ記(56)2008.11.30:霜月

水彩画作品(140)

今回アップしました水彩画作品は、今年の10月中旬に描いたものです。

10月7日から2泊3日の予定でアルペンルートを旅行しました。

今回の絵も、前回と同じく旅行写真から描きましたが、ご覧の絵は二日目の午前中の景色です。
早朝から快晴に恵まれ、室堂平から天狗平に向って水平路を一時間半程散策しました。天狗平に近づいた所で休憩しましたが、この休憩地点から北向きの方向に奥大日岳(海抜2606m)が青い空にくっきりと見えていました。そして、天狗平に家(多分、小さいホテル?)が一軒ポツンと建っていましたので、この取り合わせが面白いので絵にしました。
景色の広がりと高い山の両方を絵に取り入れるのはそもそも無理だったようです。そして、山岳美への憧れのため、山の高さを誇張し過ぎました。絵から少し離れて冷静に見ますと、山の誇張が気になりましたが、もう手直しは出来そうもありません。もう描き直すほかありません。

気まぐれ記(56)

ブログのエチケットを踏み外さないように注意しながら、気まぐれ記と称して思いつくままの拙文雑文を書き記したいと思います。何分にも浅学のため間違いがあるかもしれません。その時はどうかお許しください。また、何かお気付きの点がありましたらご教示ください。

旅行メモ(3)

3日目は、立山の町を後にして、一路黒部峡谷に向いました。今日も爽やかな快晴に恵まれ、珍しい北陸の景色を眺めている内に、宇奈月に到着。古くからの温泉町らしく、大小様々な旅館やホテルが狭い道を挟んで立ち並んでいました。これから、有名なトロッコ電車に乗って黒部峡谷を奥へ奥へと進んで行きます。オレンジ色の小型の電気機関車が既に駅に入線して、自分達を待っています。屋根付き、窓無しの小型客車を沢山連結していざ出発しました。天気が良いので、窓無しでも寒くなく、むしろ風が爽やかでした。

トンネルを通り、橋を渡って、川べりを走り、ダム湖や発電所を眺め、谷から競り上がった山を見上げ、休む間も無く車窓を流れる景色に見とれる内に、黒薙駅に到着。愈々谷が深く両岸の険しい山が迫ってきました。
岩璧は垂直に切り立っています。約1時間掛かって鐘釣駅に着き、下車。ここから更に奥へ20分乗れば終点の欅平ですが、ツアーは今日の内に東京まで帰りますので終点まで行けませんでした。
鐘釣駅から急坂を川まで下って、しばし、自然の足湯を楽しみながら、谷川の上流、覆い被さるような両岸の山を眺めました。奥には、憧れの白馬連峰があるはずです。
帰路は、峡谷の樹木を見ながら宇奈月に戻りましたが、そろそろ紅葉が近づいている様子でした。

宇奈月で昼食を済ませ、電力記念館に入ってから、バスで北陸自動車道を一路越後長岡に向いました。途中、親知らず子知らずの難所に造られた海上道路を走り、20数箇所のトンネルを抜けました。地震被害の復旧工事、北陸新幹線工事(またまた赤字負担が国民にのしかかる?)、柏崎原発の送電線、越後平野の米作地帯、白馬など後立山連峰の遠望、能登半島や佐渡の遠望、米山、上杉謙信の旧領などもつぶさに見ることが出来ました。
流石に有力政治家の出身地だけあって、長岡駅の立派さに驚きました。ここで、初めて2階建ての新幹線に乗って東京に戻りました。

今回の旅行は、天候、季節、憧れの山岳美、峡谷美に恵まれて、自己採点90点でした。

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