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水彩画作品(172 )2009.7.19:文月

水彩画作品(172)

今回は6月4日に描いた作品です。

絵画教室で野外スケッチを行うために、国営昭和記念公園に出掛けました。

昭和記念公園は今回で3回目です。1回目は、17年12月はじめに水鳥の池をスケッチしましたが、池を取り囲む樹木が紅葉しておりました。
2回目は、18年5月末に日本庭園をスケッチしましたが、新緑から深緑に変わる頃でした。

3回目(今回)は菖蒲園にするかハーブ園にするか仲間とともに迷いましたが、梅雨期の花菖蒲をスケッチすることにしました。

菖蒲園には人出が多かったので、スケッチの出来る場所が無くて困りましたが、人様の歩行を妨げないような場所をやっと見付けて3時間ほどねばりました。
人を描くのが苦手ですから、絵には大勢の人を省略しました。

絵の途中で先生の指導を受け、そして、最終講評を公園内の或る建屋の中で受けました。
私の絵の講評は、「人物がないので、せめて数人ほど描き入れた方がよかったですね、そして、菖蒲の花が全部小さいので6〜7輪を大きく描いたほうがよかったですね」とのことでした。
自宅に帰ってから講評に従って加筆しました。

参考:この公園(入園料400円、開園時間9:30〜17:00)は180haの広さがあり、都内最大だそうです。園内では4季を通して各種の花が咲き乱れます。各種の庭園や広場もあります。レンタサイクルが用意されていますので、親子で園内巡りが出来ます。夏場は各種のプールが開かれます。最寄駅はJR青梅線西立川駅です。

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水彩画作品(166 )2009.6.7:水無月

水彩画作品(166)

今回は4月2日に描いた作品です。

孫達の春休みを利用して箱根の姥子温泉へ出掛けましたが、総勢7人(92歳の義母、自分達夫婦、娘夫婦、孫娘二人)を一台の車に詰め込んで約2時間半ほど箱根への道を走りました。

翌日は快晴に恵まれましたので、自分一人で箱根町にある成川美術館に出掛けました。あとの6人は芦ノ湖の海賊船に乗ったり、適当にドライブを楽しんだようです。

成川美術館に入って見事な日本画の大作を鑑賞した後、駐車場の縁石に座って、約3時間ほどスケッチに没頭しました。

若いご婦人が一人で私の傍に来て10分ほど絵を見詰めましたので、つい話掛けました。「日本の代表的な風景をこんな良い天気のもとに眺められるのは本当に幸です。スケッチがお上手ですね。自分もオーストラリアで絵を描いています。」と言われて、私はすっかり有頂天になりました。

この景色は、NHKテレビでいつも見掛けますね。湖畔の赤鳥居は箱根神社の象徴でしょう。

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水彩画作品(149) 2009.2.8:如月

水彩画作品(149)

今回アップしました水彩画作品は、今年の1月6日に描いたものです。

正月の休み明けを狙ってホテルの予約を取り、4日、5日に河口湖へ家族旅行(自分達夫婦+長女夫婦+孫娘2人=6人)を致しました。
4日:八王子→河口湖(1時間弱で着きました)
   河口湖パインパークで遊ぶ(弁当、凧揚げ、縄跳び、シャボン玉、かけっこなど)
   ホテルにて(プール遊び、森散歩など)
5日:富士吉田の浅間神社(初詣)、川口湖畔(石ころ館、湖畔で鴨たちと遊ぶ)、ほうとうの昼食、河口湖畔と西湖をドライブ、西湖いやしの里、野鳥の森などを訪れました。

今日のブログの絵は、河口湖のホテルから眺めた冨士山の姿です。朝食時はほぼ快晴で、山肌に東から朝日があたり、中腹から頂上まで鮮明に眺められました。手前の樹林は、「から松林」のように思いますがはっきりした事は判りませんでした。
単純な景色ですが、秀峰の美しさ、孤高の誇らしさを表現するには、まだまだ腕不足です。

付け足し:自宅(八王子)から冨士山までかなり遠いですが、冬の朝夕時が一番はっきり眺められます。特に夕焼けの時は三角形のシルエットに大きな太陽が沈んで行く様子は実に見事な美しさです。

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水彩画作品(146) 2009.1.16:睦月

水彩画作品(146)

今回アップしました水彩画作品は、昨年の11月6日に描いたものです。
絵画教室の野外スケッチを行うために一橋大学を訪れました。
一橋大学は、JR中央線の国立駅から駅前の広い並木道を歩いて5分ぐらいのところにあります。
駅全体が今は改築中ですが、三角屋根で有名な国立駅舎は、何らかの方法で残されるようです。
大学の構内には、幹の太い樹木が鬱蒼と茂り、木々の間から歴史ある建物が各所に見られました。
如何にもアカデミックな雰囲気が漂い、立派な大学の佇まいにしばし見入ってしまいました。
構内を行き来する学生さんを見ていますと女性が多いのに驚きました。女性の活躍が進んでいるようです。

さて、スケッチをする場所を探し歩きましたが、結局、正門から程近い時計台(付属図書館)の見える場所を選びました。
講堂(兼松講堂)も描きたかったのですが、当日は寒かったので、手指が冷えて筆の運びが悪く時計台を描くだけが精一杯で、残念ながら講堂を描くことが出来ませんでした。

時計台の前に泉水池があり、その一端にアルカイックな彫刻を施した台があり、その上に日時計がありました。
時計台の周りにも色々な樹木がありました。池の周りの低木はみな手入れが行き届いていました。
2時間半程かかって仕上げ、現地で先生の講評を受けましたので、帰宅してから部分的に修正しました。


  

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水彩画作品(130)と気まぐれ記(46)2008.9.21

水彩画作品(130)

今回アップしました水彩画作品は、今年の8月はじめに描いたものです。

孫達の夏休みを利用して昨年と同じく沼津へ出かけましたが、帰路は途中で柿田川湧水公園に立ち寄りました。ここでは珍しい風景に出会いましたので、色鉛筆を使ってスケッチしました。
富士山の雪解け水が長年にわたって伏流し突然湧き出している様子が見られました。一日当り(70〜100)万トンほど湧き出し、この湧出量は東洋一とのことです。透明度、味とも優れており、日本100名水に選ばれています。柿田川の清流中に育つ水中植物ミシマバイカモも見ものです。この清流で作った豆腐をアイスクリームにして売っていました。美味しかったですよ。
さて、スケッチは湧水の様子を描いた積りでしたが、筆力不足、色鉛筆不慣れ、暑さ、時間不足で見事に失敗しました。とにかく、難し過ぎました。

  
気まぐれ記(46)

ブログのエチケットを踏み外さないように注意しながら、気まぐれ記と称して思いつくままの拙文雑文を書き記したいと思います。何分にも浅学のため間違いがあるかもしれません。その時はどうかお許しください。また、何かお気付きのことがありましたらご教示ください。

日本の領土領海問題(3)

北方領土問題(2)

日本は、大東亜戦争勃発の8ヶ月前の1941年4月に日ソ不可侵・中立条約を結びました。(ソはソビエットのこと)。この年の12月8日に大東亜戦争勃発。4年後の1945年8月15日に敗戦しましたが、その直前の1941年8月8日に、ソ連はポツダム協定にもとずいて中立条約を一方的に破棄して国交断絶のもと日本に宣戦を布告し、直ちに満州、南樺太、千島列島、北方領土に侵入しました。暫くして、北方領土に居住していた日本人は主に北海道(特に根室付近に)へ移住させられました。つまり追い出されました。北方領土は日本固有の領土であるだけにソ連の武力占領は不法占拠であることは間違いありません。

ソ連は、極東開発に伴って日本との民間経済交流を進め、1948年に日ソ民間貿易協定を結びました。しかし、1951年のサンフランシスコ講和条約には調印しませんでした。当時は冷戦時代でしたので、日ソ間はまだ国交が回復出来ませんでした。
その後、1956年10月になってようやく、鳩山―ブルガーニンのもとで日ソ共同宣言が出され、日ソ国交が回復されました。この時、はじめて北方領土に関し、平和条約を締結した時点で歯舞、色丹を返還するとの表明がありました。

国交回復後、経済交流が公式に復活して次第に盛んになりました。しかし、北方領土付近の海域では、操業中の漁船が領海侵犯としてソ連国境警備隊に拿捕される事件が多発し、これが、両国関係の改善をはばみ続けました。
しかし、北方領土の旧住民からの熱心な要望に応えて、1964年には墓参が実現し、政府も北方対策庁を設置するなど少し前進が見られましたが、その後は旅券持参やビザ取得が求められて墓参が一時中断しました。
この間も民間による経済交流は継続されてきました。
政府間では、安部晋太郎―ゴルバチョフ会談(1990)があり、翌年ゴルバチョフが来日し、日ソ共同声明が出され、北方4島の帰属と国境線画定の問題が残されていることを明記しました。
ソビエット連邦が崩壊しロシア連邦が生まれました(1992)。ここで、北方4島のビザなし交流が再開されました。
その後、細川―エリツィンで東京宣言、橋本―エリツィンでクラスノヤルスク合意、橋本―エリツィンで川奈合意(1998)と続く。川奈合意では北方4島の帰属問題と平和条約への努力で意見の一致を見ました。
プーチンが来日し、森―プーチンでクラスノヤルスク合意の確認をしています。イルクーツクで再び森―プーチン会談を行い、東京宣言を確認しました。(2001、イルクーツク声明)
小泉―プーチンで日露行動計画を作成しました。
しかし、モスクワからしばしば、「日露間にはもはや未解決の領土問題は存在しない」と言う本音とも取れるような気になる報道が伝わってきました。そして間も無く、2006年8月に貝殻島付近で、日本漁船がロシア警備艇に撃たれて1名が死亡する事件が発生しました。

今秋にプーチン首相が来日の予定と聞きましたが、日本も骨太の首相が出て領土問題をしっかり話し合って実のある結果を出してもらいたいものです。

言うまでもありませんが、領土は領海、領空、漁業専管水域、排他的経済水域の決定の根拠になりますし、漁場の確保及び安全操業及び鉱物資源の探査と採掘にとって極めて重要なことです。
特に北方海域は、世界有数の豊富な魚類と蟹類の漁場であり、昆布類の水産海域です。

参考:(北方領土の総面積=5030㎢)/(ロシア国土の総面積=1,707万5400㎢)=0.00029つまり、0.03%

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