松下幸之助 宇宙法則情報ノート

松下幸之助さんの宇宙法則に関する情報や哲学・エピソード等を公開します。感じる心はあなた次第です☆

幸之助さん・商売哲学

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幸之助さんは松下電器を起業して、成功をおさめることをできましたが、電器業に関わらず、あらゆる商売においての成功方法を模索してきました。

その中で、まんじゅう屋を起業するならばどうするのかを考えます。


「ある町にまんじゅう屋を作るというときに、このまんじゅう屋さんの成功したいという願いが相当強いものでなければ、成功はしないのであります。」


そして、願いは行動に表されなければいけません。

まんじゅうひとつおいても、考えられることは多々あり、このように語ります。


「まず、まんじゅうを作って店に並べるが、しかし、それだけではいけない。

店へ出すと同時に、その町のありとあらゆるまんじゅう屋の前を通って、よそのまんじゅうはどういうような大きさか、どういう色つやをしているか、どういう陳列の仕方をしているかとかを見てみる。

そして一度、よその品物を買って、自分のところのものと食べ比べてみる。

その場合、自分で食べたのではやはりひいきがありますから、自分のまんじゅうの方がうまいと考えるかもしれない。

あるいは逆に心配のあまり、人のまんじゅうほうがうまいと考えるかもしれない。

それで、第三者に食べてもらう。

自分のものだ、よそのものだと言わずに、『ふたつとも自分で作ったのだが、どちらがおいしいか食べてみてください』と、まんじゅう好きな、味を比較的よく知っている人に批判してもらう。

すると、これはこっちのほうがうまいとか、よそがうまいとかいうことが分かる。

そうるすと、自分のより人が作ったものの方がうまいのだな、それではいけないというようなことになって、そこに興味をもって、さらに次々と工夫を凝らす。」


そういう数々のことをやっていって、改良を重ねていくと、お客が認めてくれるようになってきます。

「向こうのまんじゅう屋はどことなしに違う、同じお金を払うのなら、向こうのまんじゅうを買いに行こうではないか」と言って、200m、300m遠くても買いに来てくれるようになります。

それでこそ、そのまんじゅう屋は成功するようになるわけです。


「ひとつの町のまんじゅう屋をやって成功するにもそれだけの努力がなければならない。

そういう工夫をはらわずして、まんじゅう屋が成功したというためしはありません。」


まんじゅう屋でも、やとうと決めたならば、好奇心と向上心のかたまりとなり、徹底的に情報を集めて工夫を凝らす必要があります。

幸之助さんはどのような経営でも、そこまですれば間違いないのだと言います。

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“商道徳”を考える

人間を考えていく上で、“道徳”という言葉がありますが、商売を考えていく上にも、“商道徳”という言葉があります。

簡単に言えば、商売人としての心構えというものですが、それは基本的に今も昔も同じであり、永遠に変わらないものということです。


「商売人には商売人としての使命というものがある。

だから、その使命に誠実に従い、ひたすらにこれを果たしていくということである。

根本としてはそれに尽きるのではないだろうか。」


このように語る幸之助さんは、例として、自身が関わる電器屋の商道徳を以下に挙げます。


「ほんとうに人々に役立つような、良いものを開発すること。

それを作るにあたっては、できるだけの合理化をはかって、適正な利益というものをとりつつも、なお、それが安くなっていくように努力する。

また、それを運搬、配送する過程においても、できるだけムダのないようにする。

そういったことに誠心誠意つとめるところに、電器屋としての使命があり、それをまっとうしていくことが、商道徳の根本だと思う。」


そういったことを元に考えていくと、時代の変化に応じて変わっていく商売の方法も、基本的な心構えは同じであると言います。

今まで手作業でやっていたものを機械を使って、より精密に効率敵にやること。

自転車で少しずつ運んでいたものを、自動車やトラックでより早く大量に運搬するなど、かたちの上では変化はあっても、あらゆる時代を一貫している商道徳の根本をなすものは、不変であると幸之助さんは言います。


「大事なことは、今日においてどうあるべきかを考えるというよりも、商売人として基本的に大切なのは何かを考えるというこでしょう。」

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商売は誰にでもできる

昭和53年(幸之助さん83歳)、会社の幹部クラスが集まるPHPでの研修会に参加した幸之助さんは、参加者にこのように語ります。


「わしは口のきけん人でも、りっぱに商売できると思うんや。

この品物をば、勧めてあげればこの人のためになると、そういう“はら”があったらどんな表現でも必ずできる。

そして先方の心を動かすこともできる。」


時代の変化が激しく変わるときに、自分を合わせられる余裕を持たなければいけないと話をします。

しかし、根本的なところは今も昔も変わらず、商売に大切なことも変わらずにあると、幸之助さんは言います。


「ところがセールスマンというのは口のきけん人はあまりおらんわな。

けど、口のきけん人でもできるということをつかんでおかんといかんね。

だから、松下電器は口がきける人がやっているんやからね。

今日程度に成功するのは当たり前やね。」


このセミナーで、さらに知恵が上がってくれば会社の成功はもっと早くなると、幸之助さんは幹部社員に語ります。

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船場商人の発症

和歌山県生まれの幸之助さんは、9歳のころ大阪の船場に丁稚奉公に出ます。

大阪は昔から商人の街で、その中でも船場は大阪商人のメッカとも言われていますが、そこで幸之助さんは、伝統的な大阪商人の気質を身につけることになります。


昭和40年代当初、東京五輪後の“40年不況”が叫ばれていたころ、ある新聞記者が船場を取材しにいきます。

「大阪の船場をルポしてこい。あそこは商売人の原点だから、何かこの不況を脱する手がかりが見つかるにちがいない」と、編集長は言いました。

以前に幸之助さんのことを取材していたその記者は、幸之助さんの商人としての足取りもつかめるかもしれないとも思いました。


そこで初めて船場商人に接し、いたる所で彼らの熱気や奥深い哲学に圧倒されました。

船場の長老は、その頃の不況に対してこのように言います。


「あんたなぁ、船場の商売人はみな一味違うんや。

何十年も商売やってみなはれ、いちいち景気がどうや言うて、ふらふらする者はひとりも居らん。

商売には波が付きもんや、好況の後は不況がくる、そのあとはまた好況や。

要は不況のとき、いかに生き延びる算段をしておくかや。

ちょっと物が売れんようになったと言うて、そのたびガキみたいに騒いでおれますかいな。

商いの年月を経れば、どんなアホでも多少は物事が見えるように、人生の節目が分かるようになる。

自然の哲理というか、個人の努力だけでは、どうにもならんことが分かるはずですわ。」


そう言われた記者は、こうした船場商人の思考は、幸之助さんの商売哲学につながっているのだろうと思いました。

以前に幸之助さんから、こんなことを聞きました。


「商売といいますか、長いこと“人間稼業”をやってくると、なんとなし人の気持ちが分かるようになる。

季節の移り変わりと同じで、人間にも春夏秋冬のようなリズムがおます。

人は悲しいことに、とくに若い時代は何でも自分中心に考える、いうなれば天動説です。

調子に乗っておるころは、春が過ぎ、夏も過ぎたのに、真冬にも関わらずランニング姿でいる人がおる。

風邪をひくどころか、下手すりゃ死にまっせ。

春夏秋冬、すなわち宇宙のリズムやね。」


その記者は、幸之助さんの商売の発症はやはり船場にあると思い、「商売の神様」や「経営の神さま」を脱出し、すでに「人生の神さま」の域に達していたように感じたと言います。

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前回の記事で、良いことを言ってくれるお客さんよりも、口うるさく良くないことを言ってくれるお客さんのほうが、自分の向上にはよいと語る幸之助さんですが、そのひとつの実例として、靴屋さんを挙げます。


どんなゆがんだ靴でも、「これは結構だ」と言って履いてくれるお客さんばかりだったら、靴屋さんは勉強しません。

けれども、ちょっと固いとか、ちょっと感じが違うと、「これはもう履けないじゃないか、もっと柔らかくしてくれ」と、とことんまでやかましく言うお客さんが多い靴屋さんがあるとします。

これはもう日本一の靴屋さんになる素質があり、「あそこの靴は誰が履いても具合よく履ける立派な靴だ」ということになります。


「結局その立派な靴屋さんを作るかどうかということは、靴屋さん自身の努力にもありますが、その努力よりも買うお客さんにあるわけです。

買うお客さんが非常にむずかしい、いわば小言の多い人であって、その小言の多い人に、『どこがお気に入りませんか、どうですか』ということを次々に聞いく。

そしてその人の気に入るように作っていく、というところに靴屋さんがぐんと頭抜けた靴屋さんになるわけです。」


この話をした昭和34年(幸之助さん64歳)当時、海外に輸出された日本の商品は、ときどき不良品として返ってくる場合がありました。

しかし、海外から日本に輸入される商品はあまり不良品として返すことはありませんでした。

これはなぜか、なぜ海外の商品がそれだけ優れているのかを幸之助さんは考えました。


「外国の工場は完全無欠なものをつくることに努力しているからだ、と考えたら間違いです。

アメリカでは、千分の一ミリとか、百分の一ミリという誤差もない完全なものでないと買わないのです。

買ってくれないから、どうしてもそれに間に合うようにやる、ということで、アメリカの機械はだんだん技術が向上する。

もしアメリカで、十分の一のガタガタでも結構ですと皆が買ってくれたら、アメリカの技師たちも、大部分は誤差二十分の一だったらそれでいい、といいうようになって、その程度のものをみなつくるようになると思うのです」


そのように考えると、お客さんによって自分が磨かれる、ありがたい人だということになり、手を合わせたくなるお客さんになります。

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