松下幸之助 宇宙法則情報ノート

松下幸之助さんの宇宙法則に関する情報や哲学・エピソード等を公開します。感じる心はあなた次第です☆

幸之助さん、運・運命の話

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全9ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9]

[ 次のページ ]

運命に従う安心感

PHPで人間の研究、宇宙の研究をしていった幸之助さん。

その中で、人間が生まれるということには、単に両親から生まれるというだけでなく、偉大なる力があると言います。


「我々がこの世の中に存在いたしまして、人類といわず、一切のものを生みだした力があると仮定すると、これは絶対の力です。

その力が上から見ておる、ごまかしも何もきかない。

その絶対の力は神さんでなければ分からない。

しかし、今日我々がここまで来たのは、我々の意思ではない。

両親の意思によって生まれたかというと、完全に両親の意思とはいえない。

もっと大きなものがその上にあると思います。

そういう力があるとするならば、それが見ておって、ごまかすことは私はできないと思うんです。」


自分は両親から生まれ、その両親はそのまた両親から生まれたのだと分かります。

そのまた両親はそのまた両親から生まれたと、ずっとたどっていくと人類の根源はどこにあるのか。

それは宇宙根源の力から人類は生まれたのだろうという結論に幸之助さんは至りました。

自分の意思ではなく想像もできないくらいの大きな力、宇宙根源の力で自分は生まれたのだと考えると、安心の心が生まれます。


「あくせくとやらなくても、悠々と自分の運命に従って進んでいくことが大事である。

悪心がないならば、その人がもって生まれた運命か完全に生きると思う。

運命に従う以外に本当はないと思うんです。

そうしてみると大丈夫の思います。」


そして、このように言います。


「だから私は、飛行機に乗るのも、汽車になるのも怖くなければ、明日死ぬとなっても怖くない。

決まっておるのですからしょうがない。

10%だけは自分に与えられた自分の天地である。

その10%だけは努力するけども、それ以外はいわゆるあなた任せであるということでいいのではないかというような感じが、実はしています。」


自分ですることは全力をあげてしますが、結果にはこだわらない。

あとは運命に従うだけだという心意気になれば、安心の心が生まれ、あれこれ悩むこともないだろうと、幸之助さんは言います。

この記事に

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

志を持ち天命を待つ

前回の記事で、GHQから公職追放を受けましたが、これは間違っていると抗議を続けた結果、従業員の協力も得られ追放解除になった幸之助さん。

『人事を尽くして天命を待つ』ということわざがありますが、まさにこれに当てはまるだろうと幸之助さんは言います。


志を立てて、GHQに間違いを正してもらおうと、50回以上にわたって東京まで行き、抗議をしたという人事は尽くしました。

自分のできることは尽くしますが、一方で天命は待っていました。

すると、周りの助けがあったというのもあり、追放解除に至ったという天命があったので助かりました。

幸之助さんはこの、『人事を尽くして天命を待つ』という体験をいつくかして、他の人にもこの言葉をよく使っていました。

(参考記事 『人事を尽くして天命を待つ』 http://blogs.yahoo.co.jp/tuiteru_so_wa_ka/9565407.html 
『適性・天命に生きる』 http://blogs.yahoo.co.jp/tuiteru_so_wa_ka/4743312.html )


今回の出来事を、後に講演でこうのように語ります。


「皆さんも人事は尽くさないといかん。

是と思うことは、ぜひやらないというかん。

しかし、それだけで事がすべて終わるかというと、そうはいかない。

一方にまた、それ以上に大きな力が動いている。

運命とでもいうか、その人が持って生まれた天命とでもいうか、そういうものがある。

これには従うことが大事である。

天命に抗することはどうしてもできない。

ぼくは天命に従うつもりで覚悟した。

ところが、自分の力やなく、他の力によってそれが自然に解けたということは、これはやはり天命に従うという素直な心からひらける、ひとつの運命やな。」


人はそれぞれに天命をもっています。

人事を尽くして天命に従うのが、人間の、ひとつの大きな生活態度ではないかと、幸之助さんは言います。

この記事に

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

戦後の志と運命

昭和20年(幸之助さん50歳)、日本は戦争に敗れるとGHQが日本に来た翌年、松下電器は財閥指定を受け、幸之助さんは公職追放まで追いやられました。

しかし、幸之助さんはこれに抗議をします。


「松下電器は他の財閥とは違う、裸一貫から徐々に大きくなっただけの会社であって、これは間違っている。」


そして幸之助さんはGHQに講義をし続けた結果、松下電器の従業員1万5千人が追放解除を嘆願してくれ、それが功を為し、日本で唯一の追放解除になりました。

(参考記事『終戦前後話3 財閥家族に抗議』 http://blogs.yahoo.co.jp/tuiteru_so_wa_ka/7361443.html )


「人間の運命というものは、夢うつつというか、ほんとうに分からんもんやな。

わが身を考えてみると、日本が戦争に負けていなかったら、ぼくが日本で1番やとか2番やとかいうことは噂にものぼらんかっただろうと思うんや。

戦争に負けて、ぼくがいちばん悪い状態にいったん落ち込んだけども、それが逆に今度は1番、2番といわれるようになった。

これは人間の運命というものは実際わからんもんやと思うんや。」


このように幸之助さんは当時を思い出し、語ります。


「いかなる場合でも、悲観してはいかんと思うな。

結局、悲観したら知恵がなくなってしまう。

なすことが分からんようになる。

しかし、これは、こういう状態やけども、どこに原因がある、どれがどういうようなことをしたためにこうなったんだ、ということを冷静に見れば、志は失わない。

志を失ってはいけないと思う。

事に処するたびに、志というものを、むしろ高めていくというか、高めないまでも、確固とした志をもっていないといけない。

そうすれば、そこになんらかの生きる道というものがあるんやないかということを、僕はこの体験で、自分でも教えられたわけやね。」


財閥指定を受けた幸之助さんでしたが、これは確実に間違っていると思い講義を続けましたが、一方ではどうしても助からないだろうと覚悟もしていました。

すると、他の会社では社長を追放しようと動いていた従業員が、松下電器だけは社長を助けようという動きになりました。

これは幸之助さんがまったく予期しないことで、これも運命というものだなと言います。


「これは天の命とでもいうか、運命やね。」

この記事に

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

運命に素直に従う

人間はお互いに、それぞれの特徴をもっています。

生まれつきというのもありますが、少し食べて太る人もいれば、いくらたくさん食べても痩せる人もいます。

そういった体質のようなものが、みな違って与えられていますが、運命というものも人間を意志を超えて、みな違った形で与えられています。


「男に生まれるのも、女に生まれるのも、これはお互い自分の意志によってなったのではありません。

自分の意志以外の作用です。

そういう意味では、人間はすべて運命づけられているのだとも考えられるように思います。」


このように語る幸之助さんは、そう考えるとその運命に従うしかなく、それを承認しなくては、自分自身に必ず問題が起きたり、不平となってあらわれてきたりすると言います。


「あるひとつの運命を抱いて、その運命に素直に従う、そこに喜びと安心が感じられます。

そして次には、ほんとうの意味の生きがいというものが湧いてきます。

これでいいのだ、これで結構なのだというような考え方が湧いてくると思うのです。」


自分はこのような運命に生まれてきたのだ、だからこれに素直に従っていこうとなれば、その素直に従ってやっていこうというその考え方は、非常に強いものがあります。

幸之助さんは、少年時代から丁稚奉公生活を送り、松下電器を興し、一代で世界的大企業になります。

家族は全員結核で早くに亡くなり、幸之助さん本人も体が弱かったのですが、94歳まで生きることになります。

それもすべて自分に与えられていた運命であったのだと言います。


ところが、そうしたことを考えないで、自分の意志によってなんでもできるのだと考えますと、必ずそこに迷いが出てきて、苦難の道に入ってしまいます。

そして、思いもよらないような結果を招き、人にも不幸を与えるといったようなこともなってしまいます。


そのような考えを持っていた幸之助さんは、80歳を前にしたころに、このように語っています。


「今後、私は死の直前まで、運命に素直に従うという考え方を基本としてやっていこうと思っています。

その間、迷いはたくさんありましょうけれども、結局は、そのようにするしか仕方ないと思うのです。」

この記事に

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

人生というものはまったく予想がつかないもので、きょう調子が良いと喜んでいても、明日は思いもよらないことが起こることもあります。

人生をいうものを考えて、幸之助さんはこのように語ります。


「神さまからご覧になれば、ひとりひとりの一生は、あたかもレールの上を走る電車のように、ちゃんと決まっているのかもしれない。

しかし、あなもわたしもそのことがわかりません。

まるで、ひどい濃霧のかかっている中をのろのろ運転しているようなものです。」


別の機会では、人生の運命は80〜90%は決まっていて、その運命に乗ることが人間にとっても成功であり、幸せだと言う幸之助さん。

しかし、簡単には自分の運命はわからないようになっていて、それを探すところに面白味があるとも言います。

そこで、日々の生活をどのように考えるか、このように言います。


「たとえ3センチ先がわからなくても、わたしたちはわたしたちなりの努力をしなければならない。

人事をつくして天命を待つといいます。

なににつけても、みずからの最善をつくして生きていくことが、人間としての尊い姿だと思います。

そうすることが、悔いのない人生というものでしょう。」


先が見えないからこそ今、自分に出来ることを無理なくやりきることが大切です。

たとえ、うまくいかないときがあったとしても、“それもまた良し”と大きく構える心が必要だと言います。


「悪いときが過ぎれば、良いときが必ずやってくる。

ですから、春を待つ桜の姿のように、じっとしんぼう強く時期を待つことが大切なのです。」


人生を生きる言葉として、幸之助さんは以上のように語ります。
 

この記事に

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

全9ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9]

[ 次のページ ]


.


みんなの更新記事