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http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php 10月22日は由岐神社の火祭でしたね☆ こちらも実家にある祖父の遺作。家族が好きな作品なのでお譲りすることはありませんでした。 京都人は時代祭よりは、歴史のあるこっちのお祭りのほうが好きなのではないかな。 10年前に行ったきり。クライマックスは観れず、そそくさ日帰りで帰りました。 同級生が一人鞍馬に嫁ぎ、子どもが生まれてからは、なかなか出られない街(河原町界隈)のことを下界だと言っておりました。 私は1987年の時代祭を最後に、京都から離れてしまいます。その頃はまだ市役所前の御池通りにマイカーを止めて、道行く行列を観たような気がします。 秋の京都はいろいろな思い出があります。
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おじいちゃんのみた京都。
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http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php こちら昭和35年の南座の様子です。 南座はおじいちゃん大好きだったようで、いろんなスケッチがたくさん残っています。 母などは、幼い頃から頻繁に連れて行ってもらっていたそうです。この子は年齢からして、よその子ども。 当時は子どもが南座に来ることも珍しくなかったのでしょうね。 左のご婦人もおばあちゃんではありません。南座に行く時はいつも「父&娘」のセットだったそうです。 ちなみに私はまだ入ったことがありません。 アイスといえば、私はサーティー・ワンの「ジャモカ・アーモンド・ファッジ」がいちばん好きです。 高校の頃から31種類の中でおよそ96%はそればかり食べてます♪ 京都に初めてハーゲン・ダッツが来たときは、現在の四条河原町北東角、(koto+コトクロス・阪急河原町)の位置にオープンしました。すごい行列だったなぁ。。 アイスクリームのスケッチでちょっと思い出話です。
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http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php 19日は土用の丑の日でしたね。 みなさん鰻は食べはりましたか? 今年はもう一日あります。31日ですよー☆ 京都といえば鱧(ハモ)ですが、京都人は鱧はあんまり食べへんように思います。 小骨が多いしね。身も淡泊だし。 子どもの頃から鰻のほうがよく食べたし、うざく(胡瓜の酢の物の中に、焼いた鰻が入ったもの)も、夏の定番のおかずでした。 好きなのですけど、国産鰻が高くなってから、がまん、がまん、の日々です。うざくなんて贅沢なもの、とても作れない。。食べたいウナギ! 1965年(昭和40年)の写生です。当時190円で買ってきて写生に取りかかったおじいちゃんは、この年61歳でした。記録から写生に数日かかっていた様子ですので、ひょっとしたらこの鰻は家族の口に入らなかったかもしれません。 東京オリンピックが終わって、そして日本人が日本画を買わなくなってきた時代だけれど、高価な食材までも研究。まだまだ現役、まだまだ勉強☆ 描くのって集中力いるんですよ。この姿勢はホントに見習いたいです。 「もう若くないから〜。」と、全てを諦めている人を見ると「あんたいくつ?」と、喝を入れてやりたくなりますよ。
もう〜。 |
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http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php 1950年(昭和25年)7月2日未明、金閣寺は放火により全焼しました。 祖父が早朝に駈けつけてスケッチしたものです。 巷では祇園祭が始まった京都ですが、当時はそれどころではなかったでしょう。 この事件の背景には、悲しい事実が隠されていました。美しくきらびやかな、表側だけの京都ではなく、 京都で生きていく人たちの、悲しく切ない物語が秘められています。 観光だけではなく、京都で生きていく。そういう人たちが京都人となり、今日の京都を支えていっていることを、 忘れないでいてほしいです。 この事件を題材にした、水上勉の「五番町夕霧楼」は私の好きな作品です。ラストシーンは何度も涙しました。
水上勉自身が京都で過ごし、京都で生きる人々を知っているからこそ、書けた作品だと思います。 |




