京都まいなぁーぶろぐ3。++記憶のかけら

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あのときのわたし。

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他ブログより過去記事を抜粋しています。(2005-2012)
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我が家のお雛様は、段飾りなど豪華なものではなく
お内裏様とお雛様だけのシンプルなものだ。
おじいちゃんの遺品でもある、そのお雛様は
おじいちゃんが亡くなった後に、発見されたもので
「嬢」と呼ばれていた、一人娘のおかあちゃんでさえも、その存在をまったく知らなかったそうだ。
清水の舞台から飛び降りたつもりで、孫娘にくれたものだが
ひな祭りが終わってから、箱に戻してあげるのがなんだかかわいそうで
年がら年中、リビングに座らせてあげることになった。
これって、娘がお嫁入りできないのではないか??と、考えるところだが
「それでもいいや。」と、私は思ってしまう。
女にとって、結婚が100%幸せだとは、限らないから。

おじいちゃんがどこから入手して、なぜおかあちゃんにも見せなかったのか
いまだかつて、ナゾのお雛様だけど、
品のあるお顔立ちは、もう最近ではあまり見かけない、貴重なものだ。


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歳が嵩むに連れて、お寿司が大好きになってきた私。
ほんとうなら、今日はちらし寿司を作る予定になっていたのだけれど
今年は初めて「ちらし寿司」の出前を取ってみた。
江戸前には到底及ばないし、京都のように、目で楽しませてくれるくらいセンスのいいちらし寿司ではないけれど
それでもすごく美味しかった。

そういえば。
水上勉さんの本で、昭和20年代に「縄手に寿司を食べに行く。」という記述があったけど、私自身も「縄手のお寿司やさん」しか、食べに行った記憶が無い。
子供のころは、いつも鯖寿司かおいなりさんか、ちらし寿司であったし
近所にお寿司やさんがあったとしても、お客さんで賑わってるところを見たことがない。
「くるくる寿司」や、「がんこ寿司」なんて、オトナになってからやってきたものだし
ひょっとしたら、京都人はあまりお寿司(江戸前)を食べなかったのではないかと推測してしまう。
TVアニメの「ど根性ガエル」を観ていて、ひろしや梅さんがうらやましかったっけ。
お寿司は京都よりも大阪のほうが断然美味しかったし
やはり、縄手の味は記憶にない。


2年前の3月3日は、仕事が終わって家に帰ると
犬が一匹増えていた。
突然迷い込んでいたミニチュアダックスの半蔵は、
今では名前も改名してもらったらしく、(いいのか?)妹の家でまるまる太っている。
私が行くと、40秒くらい吠えて
「あっ。そやった、かつてチョットだけ世話になった人やんか。」みたいな顔をしてから
「まあ、ちょっとだけあがりぃな。」てな感じで背中を向ける。




※2008/3/3「おすしのきおく。」より。



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Note-19 帰途

え〜っ。。。2006/2/19の日記です。。
ほんまかいな・・。

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冬用のコートも、
今日で終わりですね。。

おつかれさま〜。



※2006/2/19「帰途」より。



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Note-18 MTV

今年はとうとう節分の豆を買い忘れてしまった・・・。
今週は息子の誕生日でもある。26年前は寒くて寒くて、初産であるがゆえに陣痛というものがわからなくて、誰にも言わず、2日間家でガマンしていた。
そんなこともあって、やっぱり冬は苦手です。


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少し前、寺町のとあるオシャレなジーンズショップに入ったときのこと。
(もうずいぶんと、このようなワカモノ系のお店には行かなくなり久しい。
ようは似合わなくなってしまったからです。)

都会でがんばっている息子に、誕生日はシャツの一枚でもプレゼントしようと、
かなりの距離を歩き、あっちへこっちへ出入りし、やっとこの店に決めたのだ。
しかし最近の若い子(男子)はどんなのを着てるんやろう。。
(この子は、ファッションには興味がないので、違う意味で苦労します。といってもほぼ放置していますが。)

新風館のビームスやら、ユナイテッド・アローズ...GAPにSHIPS...。
藤井大丸のメンズ売り場に、関東でいえば、マルイ風になった阪急。。
いやいや、どれも似合わない・・。 て、いうか、着こなせないやろう。(笑)
そんな息子です。

180センチもあるんだから、もちょっと、オシャレに決めればいいのにね。よく娘と話す。
それでも、決してモテないわけではないらしく
女子大の学園祭に連れてってくれたりする。実家にゴハンを食べにおいでと、誘ってくれる。
そんな女のコたちがいたりするらしいから、不思議。
あまりの風貌に、世話をやきたくなるのかな。 と、ちょっと思ってしまう。
(みなさん、ありがとうございます。)


話がそれたけど、そのジーンズショップで、エア・サプライが流れていたのだ。
アコースティック・ギターとヴォーカルだけのシンプルなアレンジ。
レジで清算をしながら、「懐かしいなぁ〜。これリメイクやろか?」と、店のお兄さんに聞いた。
「いや。どうでしょうねぇ。うち、MTVなんですよ。ずっと流してるんですよ。」
お兄さんが指さしたその先には、小さなモニターがあり、PVが流れていた。

私が若かった頃には、京都の街の至るところにMTVがモニターで流れてたよ。
なんていうと、
「へぇ〜!そうなんですか。」と、お兄さんはビックリ仰天していた。
(そりゃあ。20年以上前だからね。プンプン!)

家に帰ってから、「いいなぁ。また放送やってんのかな。」と、PCで検索してみた。
どうも、私たちの時代のMTVは地域限定だったらしい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/SONY_MUSIC_TV

うんうん、これこれ。 

ニュートラやハマトラに憧れる。サーファーヘアーにしてスカートを短くする。
デッキ・シューズを履き、髪をなびかせスクーターに乗る。
そして、MTVを見ながら夜更かしをした。

ファッションと音楽のお手本は横浜だったのかな。なんて、ふと思いだす。




※2008/2/5 「MTV」より。

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Note-16 願望

今年はいよいよ大台にのる・・。(何の?)
ちょっと外出するとたちまち体力がないのがわかる・・。疲れが取れていないまま、明日からまた仕事だ・・。

運動不足もあるんだろうなあ。。

数年前のこの日記・・。まだまだ元気やったなぁ・・。私。。(しみじみ)


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あと10年・・若かったらしてるんですけどねぇ。。
こんなカッコ♪

高校の頃から、制服のスカートはミニ丈に改造。
ミニ願望が捨て切れません。

この間、膝上丈のワンピースを日本画講座に着ていきましたら
「いや。まあ〜!ミニやないの〜。よぉ似おてるやないの〜!!」と、常連のオバちゃん。


ミニスカートの足を見るおじさんは痴△だとか言ってる、バカな女の子がいましたが
いや、いや。 好きで出してるんです。

あはは。




※2008/1/23 「願望」より。

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せんぶりについて。

宮尾登美子さんの「錦」を読み始めて、またもや「せんぶり」が出てきたのでちょっとここに書きとめておこうと思いました。


前回「懐しい京都弁」のなかに、むりやり含めてしまった言葉です・・といってもこれは薬草の名前であって、別に京都弁ではないのですが、私の母がよく煎じて飲んでいたので、つい懐かしくなって載せてしまったという具合です。

母は若い時からアレルギーがあり、いまで言う「アトピー性皮膚炎」でした。昭和40年代、私が小学生の頃などは、毎晩お風呂上りに外用薬を背中に塗ってあげていました。当時は「アトピー」なんていう言葉はまだなく、ただ原因不明の皮膚病として扱われており、母は皮膚科を転々としていました。

夏は半そでにはなれないし、当時はまだお風呂の無い官舎に住んでいたので、銭湯に行くのもほんとうに憂鬱な日々だったと思います。病院でもらった薬、何を塗っても肌がきれいになることはなく、ほんとうにかわいそうでした。

ある時期からどこで聞いてきたのか、「せんぶり」を毎日飲むようにならはりました。お茶代わりです。同時に家のお砂糖も全て三温糖に変わりました。
朝から「せんぶり」を煎じる匂いがキッチンに充満します。
普通なら「おみそ汁の匂いで目覚める・・」なのでしょうが、我が家は「せんぶり」の匂いで目覚めました。「匂い」ではなくもう「臭い」でした。私は目覚まし時計が鳴る前にこの「臭い」で目覚めることができました。(笑)

「せんぶり」は高価なのでしょうね。時には「十薬(どくだみ)」なども飲んでいたと思います。麦茶は嫌い、だから冷蔵庫には母のお茶しか冷やしてない家でした。よく間違って飲みました。でも、それしかないから・・。(笑)

40歳を過ぎたあたりでしょうか、母の皮膚病はいつの間にか完治してしていました。あの頃の「ぶつぶつ」と「かさかさ」が嘘のようです。自慢だった肌が知らない間に戻っていましたし、常に「色の白いのは七難隠す。」と言っていた母でしたから、そんな七難も隠す?色の白さと肌の美しさが蘇りました。
アレルギーで悩んでおられる方に、いまでも私はよくこの話をします。


余談ですが、当時あまりの悲惨な症状に病院で写真を撮られたことがあるそうです。ある時何かの医学書に自分の服とよく似たものを着たひとの腕が「病例」として写っていたそうです。本当かどうか?笑いながらこの話をできるいま、母の原因不明の皮膚病は完治したといえるのでしょうね。





※こちらは十薬(どくだみ)です。母を思い出し思い出し、摘んでスケッチ。

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