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■ 『from 911/USAレポート』 第795回 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 中国との厳しい追加関税合戦を続けているトランプ政権ですが、中国に加えてメキ シコへの追加関税の問題も生じていたことで、日々の市場はこのニュースに翻弄され ている感じです。勿論、株価の上下というのは様々な要因が重なって起きるわけです が、とにかく今年に入ってからというもの、アメリカの市場は「通商戦争の行方」に よって乱高下を繰り返しているのは間違いありません。 このメキシコの問題ですが、結果的には6月7日(金)になって、先送りもしくは 解決という噂が流れる中で、市場はこれを強く好感していました。実は、この7日に は「通商戦争の弊害」により予想よりかなり悪い雇用統計が出たために下落圧力が生 まれていました。しかしながら、メキシコへの関税上乗せについては「先送りの可能 性」があるという「プラスの材料」がこれを上回ることで、ダウは263.28ドル 高(+1.02%)となっています。 ところで、この6月7日に公表された「5月の月次雇用統計」ですが、新規雇用数 (農場は除外)は前月の22万4千増(調整後の数字)よりも大幅減となって、7万 5千の増加に留まりました。失業率は3.6%で、こちらは前月と変わらず過去49年 間での最低水準を維持しています。一方で、時給換算の賃金は前年比で3.1%上昇し ましたが、こちらはアナリストの予想値を下回りました。 雇用水準ということで言えば状態はいいわけですが、下手をすると「ここからは悪 化する可能性」も感じられる中で、市場はナーバスになっているわけです。つまり中 国との通商戦争が長引いて、国際分業や貿易の枠組みが、これ以上混乱するようだと、 アメリカのGDPには深刻な影響があるというのは市場の合意事項になっているから です。 そんな中で、市場がクローズしてから相当に時間が経ったアメリカ東部時間7日の 夜、トランプ大統領はツイートで声明を発表し、「メキシコとの間で不法移民対策に 関して合意ができた」ので、「5%」からスタートする追加関税は「無期限に棚上げ」 するとしました。とりあえず、通商戦争の中でメキシコとの問題は回避された格好と なりました。 このメキシコの問題というのは、5月30日にトランプ大統領が唐突に発表したも のです。これは、メキシコ政府が「不法移民の送り出しを停止しない限り」今後メキ シコからの輸入品には「5%の関税上乗せ」を行い、事態が悪化した場合は、順次課 税率を上げていくというものです。 中国の「25%」と比較すると「5%」というのは一見穏やかに見えます。ですが、 この「5%」のインパクトというのは非常に大きいと言われています。まず、メキシ コとの通商問題ということでは、「NAFTA(北米自由貿易協定)の条件改定」と いうことを、トランプは選挙運動の時から主張し続けて、メキシコとカナダを相手と して、スッタモンダの末に合意しています。 ところが、今回の「5%」というのは、トランプにすれば「不法移民を止めないこ とへの懲罰」だから「NAFTAの別枠」という考え方なのかもしれませんが、メキ シコにとっては「NAFTA再交渉のちゃぶ台返し」になるわけです。そうなれば、 北米圏の通商体制は改めて漂流してしまいます。まして、5%から10、15、20 ・・・と率がアップして行けば大変です。 具体的に問題となっていたのは、自動車と農業です。まず自動車に関しては、『ウ ォール・ストリート・ジャーナル』によれば、デトロイトの「ビッグ・スリー」つま り、GM、フォード、クライスラーの3社について言えば、アメリカにおける販売台 数の17%がメキシコ製であるわけで、これに5%の関税が付加されれば、影響は非 常に大きなものとなります。 農業の側で心配されているのは、メキシコ側の報復です。大豆にしても小麦にして も、世界の穀物倉庫である米国からは、メキシコへも大量の輸出がされています。国 境州であるテキサスなどは、野菜も含めて大規模農業の産品を国境を超えてメキシコ に輸出しています。つまり経済と物流という意味で、北米圏は相当に一体化していて、 特に農業の場合はその傾向が大きいわけです。 そこにメキシコ側が「報復課税」をしてきたとすると、テキサスの農家の打撃は大 きなものになります。そもそも、アメリカの農業としては、中国向けの大豆や肉類な どの輸出が困難になる中で、メキシコ向けも難しくなるということは非常に大きなダ メージになります。 また、大統領が早期の決着に走ったのは、国内の政治事情もあります。中国につい ては後ほどお話ししますが、政治的には通商戦争に反対する声は少数派で、大統領の 方針は消極的なものを含めて、広範に支持されています。ですが、対メキシコについ ては、与野党ともに大統領の方針には反対です。 特に上院共和党の議員団は、自動車のメキシコからの輸入分、またメキシコが報復 してきた場合の農業への影響を憂慮していることから、ほぼ全面的に大統領に「反対」 の立場でした。民主党も、そもそも「国境の壁」に反対している中で、当然不支持に 回っています。 大統領としては、これは無視できません。農業への悪影響は大変に気になっていた はずです。オハイオから西、南はテキサスに至る広大な「大平原(グレート・プレイ リー)」は共和党の大きな票田であり、2020年の再選を実現するには、この地域 での全勝ということは大前提になっています。 2016年の中間選挙で上院において共和党が予想をやや超えて善戦したように、 確かに現在のトランプ大統領は「宗教保守派」を味方につけています。彼らは、自分 たちの悲願である「最高裁に保守派判事を送り込み、人工妊娠中絶を違憲化する」と いうことのためには、トランプ支持で団結し、棄権もしないという構えです。 ですが、農業にダメージがあっても、彼らは支持してくれる、そこまでの自信は大 統領にもなかったのでしょう。中でも一番大きいのはテキサスです。テキサスでは、 高度なテクノロジーや金融など21世紀型の産業がどんどん発展する中で、全国から 若い有権者が流入を続けています。 ですから、2016年の中間選挙で盤石の人気を誇っていたテッド・クルーズ議員 は、民主党のビト・オルーク候補に肉薄されて、最終的にクルーズ議員は党内の宿敵 トランプ大統領に「頭を下げて」応援演説に来てもらい、辛うじて議席を維持したの でした。 そのテキサスからは、そのオルーク候補が大統領選に出馬しています。もしかした ら大統領候補にはならなくても、副大統領候補にはなるかもしれません。そのように 微妙な政治情勢の中で、テキサスの農業地帯を敵に回すリスクは取れないのです。投 票人数55という大州が民主党にひっくり返ってしまうと、大統領選の全体に大きな 影響が出るからです。 6月7日のメキシコとの合意については、「交渉の勝利」だと大統領は宣伝してい ますが、そもそも通商戦争を仕掛けたことが無理筋であったということだと思います。 では、その一方で中国との問題は、どうして長期化しているのでしょうか? そこで、改めて疑問となるのが対中国にしても、対メキシコにしても、「オールU SA」としては、通商戦争を仕掛けても「ちっとも得をしない」という点です。例え ば、対中国に関していえば、「ファーウェイとの5G(第五世代移動体通信技術) プラットフォーム開発競争」に負けられないとか、知的財産権など「グローバルな通 商ルール」に中国を従わせることの重要性などがあるわけです。 ですが、そうした問題はあくまで建前であって、現時点で進行しているのは「GD Pを痛めても、とにかく戦争なのだから負けるわけにはいかない」というポリティク スです。 このポリティクスという点では、対中国と対メキシコについては、様相が異なりま す。まず対中国についてですが、こちらは意外なことに与野党が一致して支持してい ます。支持というと、やや語弊があるのですが、とにかく事実上は超党派として「対 中強硬姿勢」を後押しする格好となっています。 共和党については、主流派はグローバリズム肯定、アメリカのGDP優先ですから 積極的ではありません。ですが、政治ということでは「中国と妥協して国際分業体制 を維持しよう」というような「正論」を主張する雰囲気ではありません。そこで、 「知的財産権を尊重せよ」とか「国際通商ルールに従え」という主張をタテマエとし て掲げて、大統領の「対中強硬論」に乗っかっている格好です。 一方の民主党では、特にバーニー・サンダースや、AOCことアレクサンドリア・ オカシオコルテスなどの左派は、国内雇用を重視する立場から、グローバル経済の行 き過ぎには反対の立場です。ですが、同時に「アンチ・トランプ」という政権への反 発心も強く抱えていることから、積極的に大統領の政策を支持することはしていませ ん。そうは言っても、明らかに彼ら民主党左派は保護貿易派であり、通商戦争には暗 黙の支持を与えていると思います。 例えば、右派からは「民主党左派のグリーン・ニューディールは、結局のところ太 陽光パネルを大量輸入して中国を儲けさせるだけ」だという批判がありますが、それ は「民主党左派がグローバリズム肯定」だという非難ではないのです。「民主党左派 は、グローバリズムを否定しつつ環境エコノミーを追求する」というが、それは「中 国抜きではできない茶番」だとして右派は批判をしているのです。 別の動きとしては、共和党からは「民主党のバイデン候補(前副大統領)はオバマ 政権の8年を通じて、中国とズブズブの関係」だという批判があります。この批判は、 民主党の党内左派からも出ています。バイデン氏は、オバマ時代の8年間に責任があ るわけで、立場上グローバル経済を全否定はできないし、していません。 ですが、それでは左右から攻撃されて沈没してしまうので、現時点では「トランプ 大統領の倫理的な不適格性」を激しく攻撃して、ホワイトハウス奪還を訴える戦術に 出ています。と同時に、長年取ってきた「中絶問題に関するやや保守的な立ち位置」 を捨てて、この点では民主党左派に接近を図っていたりします。 そんなわけで、対中国の通商問題については、「中西部の農業への打撃が大きい」 とか、「GDPを大きく毀損するようだと株価が持たない」という批判は確かにある のですが、全体として与野党ともに大統領の姿勢を「支持」または「黙認」という形 となっています。 では、大統領の本当の目的は何なのでしょうか? 大平原の農業は痛むかもしれな いが、「ラストベルト」と言われる「製造業が衰退した地域」では経済が復興する、 そんな政策運営を考えているでしょうか? 恐らくそうではないと思います。例えばですが、オハイオ州とかペンシルベニア州 では、確かに製鉄を中心とした製造業の衰退が地域を荒廃させています。ですが、こ うした地域では、全州が高い失業率に悩んでいるのかというと、そうではありません。 金融、ソフトウェア、Ai関連、製薬など新しいビジネスの動きはあり、現役世代の 雇用はそうした現在の経済が支えています。 製造業が復権すれば職に戻れるとか、雇用が改善するという環境ではないのです。 では、どうしてトランプは、こうした「ラストベルト」で人気を博したのでしょうか? 一体誰が、その支持の中核なのでしょうか? 恐らくその中核にあるのは、年金生活世代なのだと思います。「自分はもう現役で はない。だが、かつて自分が活躍した製造業が衰退するのは見るに忍びない。また、 自分の子や孫の世代は、グローバル経済のおかげで、自分たちの頃のような安定した 雇用は与えられていない。また80年代に日本との通商戦争があったように、そうし たグローバル経済で得をしているのが中国ならば、ブッシュやオバマはどうしてそれ を放置したのか・・・」そんな情念です。 それは情念であって実態ではありません。ですから、実質的に「オールUSAのG DPを傷つける」と言っても「知ったことではない」のです。また、現役世代ではな く、年金生活世代なのですから、実体経済が痛んでも「とりあえず怖くない」のも事 実でしょう。そして、その「製造業からリタイアした世代の情念」が核になって、広 い範囲での「現状不満グループ」が結集しているのだと思います。 こうしたグループは、しかし非常に移り気です。世論調査の電話には「トランプ不 支持」と答えたり、配偶者や同僚に対しては「トランプなんか・・・」と合わせてい ても、投票所ではコッソリと「トランプに投票」するという層もあります。彼らは、 妊娠中絶問題における義務感のような立場性もないし、農場主のような切迫したもの もありません。 そうした彼らを動かすのは、トランプが演じる「劇場」の面白さ、これに尽きるの です。ドラマが面白ければついてくるし、面白くなければ簡単に見捨ててきます。ド ラマには「敵」が必要であり、ドラマの常道として「敵は強く」なければいけません。 その意味で、現在の中国は十分だと言えます。 その上で、ドラマの主役であるトランプは、あくまで「強く」なければなりません し、時には「巧妙」であることを見せる必要もあります。ですから、中国はもとより、 メキシコについても、恐らくトランプは簡単に妥協はしないでしょう。彼にとっては、 「問題は解決するためにある」のではなく、「問題が継続し、敵と味方が峻別でき、 その上でトランプが強く見える」状態が続くことが必要だからです。 何とも不毛な流れなのですが、これは正にBREXIT問題に苦しむUKと、かなり似通 った構図であるとも言えます。グローバル経済によって、直接被害を被ったわけでは ないが、自分たちが過去に属していた安定的な状況が崩れたことで、自分たちの名誉 もまた傷ついた、そう考える引退世代が現状不満の情念のエネルギーを結集して、全 体としてはマイナスとなる判断へと全体を引きずり込む、そんな流れです。 とりあえず、現在の通商戦争とか、経済ナショナリズムというのは、そのような非 合理的な情念によって動かされている部分が大きいと考えられます。その意味で、ト ランプは「対中国」に関しては、簡単には引かないでしょう。 一つ考えられるシナリオは、株価が大きく調整局面に入り、消費、そして雇用にま でネガティブな影響が出てきた場合です。そうなれば、アメリカの有権者というのは 極めて現実主義的ですから、1992年のブッシュのように、一時は人気のあった大 統領を簡単に見捨てる可能性はあります。 そうした暗転が怖いのであれば、トランプ政権は景気と株価には、今以上に非常に 敏感になる可能性もあります。ですが、この点に関して言えば、大統領としては相当 に強気という可能性もあります。 というのは、民主党の側の戦闘態勢が十分でないからです。 一言で言えば、民主党の側に「グローバル経済に最適化したアメリカを傷つけず、 成長路線に回帰させる」という政策を掲げる人物がいないからです。どうしてかとい うと、そのような「中道現実主義」というのは、現在の党内では歓迎されないからで す。 前述したように、数少ない現実派であり、中道であるバイデン候補は、中道色を前 面に出すことはできないので、大統領の品格問題を攻撃するだけの選挙戦になってい ます。 その他の多くの候補は左派であり、候補によって距離の遠近はあるもの多くの候補 が「グリーン・ニューディール」を支持しているのが現状です。その「グリーン・ニ ューディール」ですが、とにかく現状の排出ガス垂れ流し状態を止めるために、アメ リカ経済には荒療治を行うというのが政策です。 荒療治というのは、例えば「富裕層への70%課税」という政策も含みますが、こ れに対して共和党の側は、過去100年近く掲げてきたスローガン「社会主義はアメ リカの脅威」ということで、民主党左派への攻撃を開始しています。 民主党としては、現時点の党内のムードを前提に考えれば、バイデンという中道ゆ えに党内基盤の弱い候補が最後まで逃げ切るにしても、左派の若手が旋風を巻き起こ すにしても、トランプに対抗するには弱い候補となる可能性があります。 中には、仮にバイデンが候補となった場合は「1984年のモンデール候補」(ミ ネソタ1州とワシントンDCしか取れず、レーガンに惨敗)、仮に左派の若手(例え ばハリス、ブーティジェッジなど)の場合は「1972年のマクガバン候補(マサチ ューセッツ1州とワシントンDCしか取れず、ニクソンに惨敗)という可能性を指摘 する声もあります。 けれども問題は、民主党に左派の候補ばかりが揃っているからではありません。民 主党が左にシフトしているのは、やはりクリントン、ブッシュ、オバマと続いたポス ト冷戦の24年間に、アメリカがグローバリズム経済に寄りかかり過ぎたことでの、 歪みが多く発生しているからです。 トランプは、それを右派ポピュリズムの手法で、不安感情や敵味方の感情に火を点 けることで政治的エネルギーにしました。ですが、本当は全体が成長しつつ、国内に 生じた歪みを修正したり、世界における自由貿易のルールについて厳格なメンテナン スを行うというのが正しいわけです。ところが、民主党にはそのような政治的姿勢を 打ち立てる力はありません。 オバマの8年間、表面的には改革派と思われたオバマ政権は、リーマン・ショック からの「回復」を最重点課題に置いたために、グローバル経済の歪みを修正するには 至らなかったのでした。その結果として残った若者たちの不満感は、やはり民主党を 左へ左へと寄せるだけの必然性を持ってしまっているからです。 もしかすると、民主党の大統領予備選が進行するにつれて、グリーン・ニューディ ールと、トランプ大統領の品格追及だけでは済まなくなって来るかもしれません。そ の場合に、一つのシナリオ、民主党として「モンデールやマクガバンを出さない」た めに、左派版の「保護貿易」あるいは「通商戦争」が提案されるという可能性もある と思います。 これも大胆な想像ですが、その「左派版の通商戦争」は、トランプ版よりももっと 徹底したものとなる可能性もあります。中国や韓国、そして日本にしても、その方が もしかしたらトランプより厄介かもしれません。そこまで考えると、やはりこの通商 戦争の流れは、長期化を覚悟する必要がありそうです。 ------------------------------------------------------------------ 冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 作家(米国ニュージャージー州在住) 1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。 |

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