|
原子力ムラ(ロビー)の人々が、悪魔主義的な理由は、自我を守るために「慈愛」「崇高さ」を拒絶しているといえます。 何故なら、知性や理性は、その生まれ持った動物的属性(自我/ego)から身を守る方法を持ちあわせていません。 それが、知性や理性は、ほとんどいつものように怒りやプライド、欲望などに直ぐ左右される理由です。 そして、究極の主観(覚醒レベル)から見ると、完全な幻影である自我(ego/小さな自己/the self)は、「慈愛」や「崇高さ」を拒絶することで、本当の私達の本性である偉大なる自己(The Self, atman, 真我)から自らの属性を守ろうとする性質がある為です。 ところで、科学は、デカルト、ベーコン、ニュートンによって、近代科学は、目覚しい発展を始めます。それは、大自然の現象を「予測可能な現象(the laws of chance)」と捉えるものでした。 「科学的」という言葉は、神権政治の天授説を否定し、名誉革命、フランス革命、アメリカ独立革命の思想的背景。即ち「全ての人々は、等しく創造され、人権は天賦のものであり、幸福を追求する権利がある」と主張したジョン・ロックによって、初めて用いられました。
しかし、19世紀ポアンカレによって、2つの物体間に、第3の要素が加わると、ニュートン物理学の数学は、次第に近似値でしかなく、「科学的」というのは、「近似値的」なものと判明します。
そして、理論物理学(量子力学)の進展によって、ニュートン物理学の線形から、非線形の、確率論的なものへと、科学はパラダイム(枠組み)の大きな移行を行います。
それは即ち「予測可能な科学」から「決定論的科学(determinative laws)」への移行を示し、任意的、予測不可能、非線形、不安定、“雑音的”、カオス的なものへと変わりました。 その不安定な科学において、原子核を破壊する行為こそ、「原発」や「核兵器」が扱っている科学です。 それは、天の摂理に人間が挑戦する、まさに謙虚さを忘れた悪魔主義的、すなわちルシファー的(Luciferic)、サタン的(Satanic)科学といえます。 その「決定論的科学」を支えるのは、私達の意志そのものです。その意志によって、宇宙に満たされているエネルギーは、私達の決定を、息を潜めて待っています。
意志を実行する時が、「織り込まれた宇宙」が「開かれた宇宙」として、私達の前に姿を現す時です。
フェイスブックページ「パワーか、フォースか」“用語集(2)”を更新しました。フェイスブックページ「パワーか、フォースか」に“いいね”をお願いします。 https://www.facebook.com/Kuon.tetsugaku ニッポンブログ村倫理道徳部門でランキング中です。 ご協力お願いいたします。
↓をクリックいただくだけで結構です。 https://philosophy.blogmura.com/rinri/にほんブログ村 倫理・道徳 |
全体表示
[ リスト ]






自民党や原子力ムラの面々は、何時まで
「トイレの無いマンション」を作り続け
るのでしょう、また何時目覚めるのでしょ
うか!?無理ですかな。
早速転載させていただきます。
2012/12/15(土) 午後 4:23 [ 慌てん坊将軍 弐拾壱 ]