昨日フェイスブックページ「パワーか、フォースか」の投稿記事は、2,500名以上の方のアクセスがありました。
ありがとうございます。これからも、よろしくお願いいたします。
人間の魂の成長は、あくまでも肉体をまとっている時のみであると、明らかになっています。
ゆえに、どの様に知能、身体能力、性格が優れていても、生涯にわたり、一度も、失敗や、誤りを犯さない人は、存在しないといえます。
例えば、人類の上位2%のIQの持ち主しか入れない“メンサ”の会員であるホーキンズ博士の「パワーか、フォースか」の原著(ペイパーバック版)にさえ、2箇所スペルミスがあります!!!
まさに、トルストイが言うように「この世には不完全な男と、不完全な女しか存在しない」理由がここにあります。何故なら、失敗や誤りを繰り返す事で、学び、成長するためです。
この事から明らかなように、“私達人間が生きている意味”とは、魂を成長させる、すなわち意識レベルを向上させる目的で、創造主より生を授かっているといえます。
決して、“富、成功、所有すること、他者をしのぐ”ために生きているのでありません。
この“真実”を、ひとりでも多くの人が理解する事は、現在のような無作為で、無謀な「放射能汚染」を全国に広げる事態を、一刻も早く収束させる唯一の方法でしょう。
このまま放射能の汚染に無関心な状況が続けば、100年後、日本列島には“間違いなく”誰も人間は住んでいないでしょう・・・。
原子力産業の利益のためのみで、私達が愛する日本の文明を途絶えさせてはなりません。しかし、彼らを責めては、私達の意識の向上はありません。そこを決して忘れてはなりません。
Transcending the levels of consciousness, David R. Hawkins, 2005,
Chapter 2 Guilt and Vindictive Hate (Calibration Level 30) (3)
その意識レベルの超越する デヴィッド R. ホーキンズ 2005年
第二章罪の意識と執念深い恨み (3)
(P.50)
臨床(2)
無知は、Truth vs. Falsehood (Section 1)の進歩の観点から調査され、明らかにされた自我の自然な遺伝によって受け継がれていた本質的な構造からなる副産物です。罪の意識は、また「すべての人々は、ただ良いと感じたもののみを探す」というソクラテスの真実を認識することで改善されるでしょう。しかし、希望が持てるように言うと、不幸にも実際に知覚される良いものはなく、「真実と嘘は区別できない」という知覚の限界によって、代償を支払います(富、成功、所有すること、他者をしのぐ能力など)。
罪の意識はお金に関し、過去の行動について再び思い出し惜しむ結果、生まれるものです。前後関係を考え直すことによってのみ超越できるでしょう。誤りは、自然なものであり、その上、避けることの出来ないものです。学び、進歩することで、個人の感情に左右されない結果を生み出します。
‘知性’と呼ばれ進歩を促す学びの能力は、試し、失敗する結果を生みます。その上で、試し、失敗する過程は、データとメモリーを集積します。これは、‘昔’と‘今’の出来事を並び替え、長い間、そして実験的経験の連続する展開を、次第に積み上げます。実際に「あった」は「ある」と同一ではなく、現在の自己が「ある」と、過去に自己が「あった」となります。惜しむ事と、罪の意識は、この「あった」という昔の自己と、「ある」という現在の自己を同一視した結果です。しかし、実際には、それらは同じものではありません。
Ignorance is an automatic byproduct of the ego’s inherited internal mental mechanism, which were
examined and clarified from an evolutionary viewpoint in Truth vs. Falsehood (Section 1). Guilt can
also be ameliorated by recognizing the truth of Socrates’ statement that all men seek only what
they perceive as the good’, but unfortunately, due to the limitations of perception, truth cannot be
discerned from falsehood, not the truly good from that which is perceived as desirable (wealth,
success, possession, power others, etc.).
Guilt is the consequence of the money of regretted past actions as recalled. These can be transcended
only by recontextualization. Mistakes are the mental, impersonal consequence of learning and
development and therefore unavoidable.
As evolution progressed, the capacity of learning, called ‘intelligence’, arouse as a consequence of trail
and error, which is a process of trail and error, which is a process that is operationally required for
survival. The process of trail and error then accumulates as data and memory. This accrues as the
long and experiential time continuum that sorts events into ‘then and ‘now’. The present self ‘is ,
and the former self ‘was’, and in truth, that which ‘was’ is not identical with that which ‘is’. Regret
and guilt result from equating the present self that ‘is’ with the former self that ‘was’ but actually
is no more; they are not the same.
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Transcending the levels of consciousness, David R. Hawkins, 2005,
Chapter 2 Guilt and Vindictive Hate (Calibration Level 30) (3)
Clinical (2)
その意識レベルの超越する デヴィッド R. ホーキンズ 2005年
第二章罪の意識と執念深い恨み (3)
臨床 (2)
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