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あなたがやっていることの結果を見て、
引き返すことはありません。
主にすべてを与え、歩み続けなさい。
過去ではなく、それについて考えなさい。
by ヴィヴェーカーナンダ 素晴らしい! 過去は、全てカルマであり、それを解消するには、愛をしること、過去は全て神に委ねなましょう。
第一六章 平安、この上ない喜び、そして悟り(計測レベル600)(5)
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「意識を高めることで、幸福の根源や神仏の恩寵の真実を、初めて知ることが出来る」というのが、普遍真理であり、すべての人類に共通する格言でしょう。
500以上の意識レベルでは、ニュートン物理学の因果律(A→B→C)に代表される線形の思考体系は、全く通用しなくなります。それでも、まだ500台においては、知能の力で知覚等が処理されます。 ところが、広義の悟りのレベルである600に到達した瞬間、知能は情報処理できなくなり、ただ沈黙するのみとなります。 何故なら、「実際に『存在(するものすべて)』は、その意志と、それと同一のものです。主語、述語や、動詞はなく、そしてそれは言語での表現超えた悟性です。」ということで、言語表現を超越しているためです。 高い意識レベルで見える世界は、全く異なる世界です。そして奇跡といわれる体験すら、すべての潜在していたもののひとつとして、主観的に体験されます。
そして、ついに時間と言う概念の「今」はなくなり、過去も現在も、未来ですら、その区別は消滅します。
500台の意識レベルから600台への飛躍は、本当に稀なことです。
しかし、その飛躍へ向けた努力は、自らの偉大なる自己(ハイヤー・セルフ)の実現へ向け希求することへの喜びと、同時に人類の意識の向上にも大きく寄与することになります。
意識レベル555では、様々な宗教的信仰、状況による態度の性質、疑念、そしてそれらの執着を放棄することで、そのスピリチュアルエネルギーは、“自我の働き”そのものを徐々に弱めてゆきます。
ブッダは、悟りを得るために最も必要なことは、すべての執着を捨てることであると、スッタニパータ等で再三説いていますが、それはまさに重要なポイントといえます。
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本日は、いわゆる超能力についてのご紹介です。それは、ホーキンズ博士も論述している通り、「知能/理性/知性」での理解は不可能です。
また、「個人の中で制御出来るものにはなりません」ということを、まずお伝えねばなりません。自分の超能力を誇ることほど、神仏への道は遠回りとなるでしょう。
テクニックによるクンダリニーエネルギーの取り込みとは異なり、意識レベル540とそれを超えたところでは、本人の意志とは無関係にそのエネルギーは突然、体に流れ込みます。
また、540以上で生まれるヒーリング能力や、585以上で起こる霊視能力などの非日常的な超能力も、本人の意志とは無関係に芽生えます。
従って、それらの能力は、非個人的なものであり、意識の進歩の過程でもたらされるものです。ゆえに、それを競い、必要以上の金銭を得る目的で利用することは、自我の罠、すなわちアストラルの回り道となることを認識すべきです。
あくまで、その能力は、神仏との合一への道標の一過程であり、それは統合的(意識レベル200以上)な意図に基づき活用され、人類の平安と進歩に寄与すべきものです。
本日の「スピリチュアルの現象」の節は、この章で最も重要とも言えます。また、一言一句がホーキンズ博士の慈愛にあふれています。その上、真実を知ることで、ひとりひとりの意識レベルが上がることにより、日本のみならず、人類全体の平安につながることを理解いただければ、私にとってこの上ない喜びです。
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「論語」では、君子、小人の二通りの使い分けがあります。君子とは、知識も持ち道徳律をわきまえた教養人のことで、君主やリーダーではありません。 そして、小人とは、知識は有するものの、道徳律に意識が働かないか、無関心な人のことです。道徳律とは、成文法の下にある土台です。従って、小人は、成文法の遵守とは無関係に、政治家や官吏として不適格であることを意味します。 ゆえに、政治的、社会的な自由に、道徳律の自由は含まれません。何故なら、道徳律の自由化は、例えばロリコンは、Aさんにとっては“良くない”ものでも、Bさんはそうは思わないといった結果になります。 では、その道徳律とは、一体どこから生まれるものでしょうか? その近代の概念を生み出したのは、17世紀のイギリスで名誉革命を支えた、ジョン・ロックによる「政府二論(市民政府論)/Two Treatises of Government」の概念です。 それは、王権神授説を否定し、その上“自然法”を確立しました。その自然法とは、「創造主によって等しく生まれた人類は、自由、平等の権利を持ち、幸福の追求を許され、何人にも犯せない権利」というものです。
従って、個人が、自分勝手に作り出すものではありません。そして、それは命と、その尊厳を守るため普遍的価値を持つものです。ゆえに、人類の意識の進歩(文明の進歩)には、欠かせないツールです。逆に道徳律の崩壊した文明が衰退しているは、歴史上明らかです。
第一三章 知性(計測レベル400) (6)
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