|
中国の王朝を支えてきた科挙のシステムは、皇帝が、その優秀な知性を持つ人材を、適切に使いこなせないとき、必ず腐敗はおこりました。それが各王朝の命取りになりました。
しかし、その教訓は生かされず、現在の世界のどの政治システムにおいても、人類は、科挙とまったく同じ過ちを繰り返しています。歴史を学ぶとは一体何かを、問わねばなりません。 さて、意識レベルの違いは、同じ事実を、まったく異なった観点から見るという問題があります。そして、意識レベル200を下回ると、“真実”を自分の利益のために歪め、それを、あたかも本当であるかのように表現し示されます。 意識レベルが低くとも、知能が高ければ、権力を握ることが可能な社会システムにより、人類は2回の世界大戦を含め、軍事全体主義国家の出現を許しています。民主主義が成熟すれば、軍事力など不要です。しかし相反して、肥大化した軍隊の存在により、現在の日本のように、放射能汚染を人々に強要する悲惨な状況を生んでいます。
意識レベルを上げるハートの教育こそ、社会の安寧に結びつきます。しかし、日本人は、そのことに気づいていません。いまだに知性/理性を磨くことに重きがおかれ、地位、権力、物質的富の獲得を、社会的成功と見て勘違いしています。
意識レベルが低くとも、権力が集中しなければ大惨事にはなりません。ゆえに、そのようなリスクを減らすためにも、権力の徹底した細分化が求められています。
電子書籍を発刊しました。「愛 その真実とは」 本文と英語原典は、こちらでお読みください。 フェイスブックページ「パワーか、フォースか」を更新しました。 その意識レベルを超越する デヴィッド R. ホーキンズ 2006年 第九章 勇気(計測レベル200) (7) Transcending the levels of consciousness,David R. Hawkins, 2006, Chapter 9 Courage (Calibration Level 200) (7)
フェイスブックページ「パワーか、フォーか」に“いいね”をお願いします。 脳の機能と生理機能 「人間とは何者で、何処から来て、何をする為に生きているのか?」 ニッポンブログ村倫理道徳部門でランキング中です。 ご協力お願いいたします。
↓をクリックいただくだけで結構です。 https://philosophy.blogmura.com/rinri/ にほんブログ村 倫理・道徳 |
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
真の民主主義とは、多様な意見を受け入れ、それらの意見を抱合し、一段上の解決策を提示するというのが本来の姿です。まさにその立場は「中立」です。すなわち「中立」精神とは、民主主義の実現を意味する言葉です。 ところで、意見の相違は、意識レベルの相違によって生まれます。例えば、あるホームレスを見る目も意識レベルによって全く異なります。その視点の相違は「パワーか、フォースか 20章 意識の進化」において、詳細に述べられています。 臨界点200の意識に達すると、他者との相違を受け入れ、“意見の相違”は、人生の発展途上で生まれるものとし、それを受け入れる能力は、次第に大きくなります。 すなわち、真の民主主義を実現するには、意見の相違を受け入れるために、人々の意識レベルが200に達しなければ、かなり困難なことを意味します。 従って、少なくとも意思決定者の意識レベルは、200に達していないと、その政治体制や組織は、必ず不幸な結末を迎えてしまうでしょう。その「真実」をキネシオロジーによる意識研究において人類史上初めて証明しました。人類にとって、それが“今”であるということに、深遠な啓示を感じさせます。 その意識レベルを超越する デヴィッド R. ホーキンズ 2006年
|
|
官僚や、政治家達が、何故嘘を平気でつけるのか、それは、意識レベルが低いところにとどまっているからです。 どのように体の健康に気をつけても、こころが蝕まれていては、決して健康と幸福は手に入りません。 現在ご紹介している「その意識レベルを超越する」には、各章で統合性(integrity)という言葉が、よく使われます。これは、老荘思想で言う陰陽を実現するために必要な概念です。 すなわち常に健康で幸福であるよう心がけるには、陰陽、すなわち心身の、それぞれのバランスを保つことです。それは、巷にあふれる肉体の健康法に、こころの健康法である統合性をプラスすることを求めるものです。 そして、こころの陰陽とは、真実を捻じ曲げる意識、「恥、罪の意識、無感動、深い悲しみ、恐怖、欲望、怒り、そしてプライド」を超越し、“真実”に沿って生きてゆくことです。 すなわち、こころを統合性の臨界点である意識レベル200以上にあげることが、こころの陰陽の実現化です。それは、本当の意味での“健康と幸福”を実現する第一歩です。 その意識レベルを超越する デヴィッド R. ホーキンズ 2006年
|
|
「政治的に正しい人々、またはエリート」とは、一体誰のことでしょうか? それは、社会によって正当化されたひとつの立場の主張であり、プライドの性質を巧みに応用した人々を縛り付け、支配する手法です。 義務教育が、ほぼ世界中で同時に始まったのは、何故でしょうか? 大久保利通や勝海舟は、東大を頂点とした教育システムの危うさに気付いていました。それは、実際にそのシステムは“真実”と“嘘”を識別できないエリートを大量育成する機関です。 知能/知性/理性で生み出される学識による叡智は、真に人類の平和の実現と、自然との共生に用いられたのではありません。人類の叡智は、学校教育で培われたプライドを利用され、人々の支配と、富を搾取するため用いられる道具と化しました。 一例を挙げると、物理学者の半数以上が軍需関連の研究に携わっていることからも明らかです。なんと空しいことでしょう・・・。 こころの教育を中心とした義務教育の大胆な改革こそ、人類の平和を実現するための必須の改革でしょう。 その意識レベルを超越する デヴィッド R. ホーキンズ 2006年
|






