言葉の体験記

英雄的リーダーの登場を願いつつ玄米・天然味噌・天然塩・海藻・野菜の摂取を

哲学

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本日は、いわゆる超能力についてのご紹介です。それは、ホーキンズ博士も論述している通り、「知能/理性/知性」での理解は不可能です。
 
また、「個人の中で制御出来るものにはなりません」ということを、まずお伝えねばなりません。自分の超能力を誇ることほど、神仏への道は遠回りとなるでしょう。
 
テクニックによるクンダリニーエネルギーの取り込みとは異なり、意識レベル540とそれを超えたところでは、本人の意志とは無関係にそのエネルギーは突然、体に流れ込みます。
 
また、540以上で生まれるヒーリング能力や、585以上で起こる霊視能力などの非日常的な超能力も、本人の意志とは無関係に芽生えます。
 
従って、それらの能力は、非個人的なものであり、意識の進歩の過程でもたらされるものです。ゆえに、それを競い、必要以上の金銭を得る目的で利用することは、自我の罠、すなわちアストラルの回り道となることを認識すべきです。
 
あくまで、その能力は、神仏との合一への道標の一過程であり、それは統合的(意識レベル200以上)な意図に基づき活用され、人類の平安と進歩に寄与すべきものです。
 
本日の「スピリチュアルの現象」の節は、この章で最も重要とも言えます。また、一言一句がホーキンズ博士の慈愛にあふれています。その上、真実を知ることで、ひとりひとりの意識レベルが上がることにより、日本のみならず、人類全体の平安につながることを理解いただければ、私にとってこの上ない喜びです。
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第一五章 無条件の愛、こころの底からの喜び、そしてエクスタシー(計測レベル540〜599)(8)
Transcending the levels of consciousness, David R.Hawkins, 2006,
Chapter 15 love, Joy, and Ecstasy  (Calibration Level 540〜599)

 
スピリチュアル現象:ザ・シッディズ
(訳者注:最下段にあるヴィキペディア英語版からの引用の訳出を参照のこと)
意識レベル540または、500台の高位への上昇より自然に生まれる現象について、知性、慣習、論理的概念化、もしくは成り行きとその影響は、説明できずに起こります。こころの奥深いところからのエネルギー(クンダリニー)の漸進的な(だんだんと増してゆく)支配はつきもので、意志作用よりむしろ情況(心の状態/状況)的領域の結果生じます。この現象は、目撃され、そして自動的に生じることだと分かります。それらは、古典的呼び方でシッディ(サンスクリット)と名付けられ、そして論理的説明は不可能なもので、超常的/魔術的パワーと描写されています。
 
それらの現象が現れたごく初期段階では、時折起こるでしょうが、しかし、意識が進歩したとき、頻繁に、そして度々継続されるようになります。それらの現象は、それ自体とは調和せずに起こります。それらとは、遠視力、超科学的予知、透視力、霊聴力、超能力、サイコメトリー(超感覚的知覚)、バイロケーション(生霊/複所在同時両存在)で、そして、自発生的なヒーリングと、変容を含む奇跡の発生といった能力を含みます。それらは予想や、説明の可能性を超えて独特の現象はまた促進されます。
 
この能力や現象は、個人の中で制御出来るものにはなりません。それらは、「原因と結果」に起因していません。従って、生徒達(こころの原理の探求者)は、それらを個人的な「私」「私自身」から離れて生じていて、個人に関することと、同じように主張することのないよう、事前に警告されます。従って、あらかじめ言われるというのは、非個人が、単に“こころの状況の進歩”によって起きた奇跡を、演じているといえます。こころの自我の肥大化は、謙虚さと正直さを排除する一方で、利得のために、利己的に使用する誘惑と結果的に終わります。この現象は、一定しない数年の持続期間に、強さを増して現れる傾向にあります。何人かは、消えてしまうようです。そして、少しの人はその能力が優勢で、他の人々は永遠に続きます。
 
クンダリニーエネルギーは、主観的に、その感覚は、あたかもハートチャクラを通じて現れ、背中を上昇し、脳内へ流れ込むように、ただ絶妙と描写されるのみでしょう。そして、そのとき、意志とは無関係に生じ、目撃されるその存在の促進は、宇宙から入ってきます。それ自体は非日常的なものです。あたかも神の特性が、この日常的な物質社会を超越した高い領域から現れ運ばれてきたようです。
 
最終的に、非日常的な現象の出現は、あたかも管弦楽用に編集された曲が、不可能に見える程、効果的に現れ、いまや別の次元に生きているかのように、新たな現実性が生まれます。その領域のパワーは、カルマの性質を明らかにされたことによって、表に示された現実性の中へ、カルマのその潜在性の表出を促進します。この力学は非線形です。従って理性において理解することは、因果律に関する線形のニュートン物理学のモデルに限界があると推定され不可能です。そして神性の摂理、もしくは、調和による現出について概念化できるものではありません。
 
ヴィキペディアより(英語版)
シッディは、完璧、成就、達成、成功として訳すことが出来るサンスクリットの名詞。
シッディは、インドの人々の言葉であり、アフリカの言葉と取り違えないこと(時々スペルを同一にしていることから)・・・。シッディは、インドの探求の道のことで、サンスクリットでいうスピリチュアル・パワー。それを許されるため、各々シッディは、追い求められ、そして他の知覚を手に入れる。
 

真実か、嘘か デヴィッド・R・ホーキンズ 2005年 7章 真実の生理機能 (7

Truth vs. Falsehood, David R. Hawkins,2005, Chapter 7 Physiology of Truth 7

最終的にその存在は、知覚によって見つけられるようになるまで、スピリチャルエネルギーや、クンダリニーと、しばしば呼ばれているものが、意識の進歩によりもっと優性になります。意識レベル500台、特に500台の高い意識に達する時までに、このエネルギーは全身に流れる傾向があり、その上、主観性のみならず、知覚される感覚に影響を与えます。人生の感覚は、漸進的(だんだん)にもっと、心地よく、思いがけないものとなります。こころに留められたものは、奇跡のようにほとんど努力なしで、そのものが出現する傾向にあります。このエネルギーフィールドの主観的な知覚は、極めて美しく、そして甘く気持ちの良いものです。ただ、注意を向け集中するのみで、脳の特定の領域へ流れさせる事ができると、脳の後頭部や頭頂部へ、更に流れ続け、特徴的な経験がなされます。時々、エネルギーそのものの流れは、私達の生まれながら持つ本性のおかげで、ハートの領域から、体の前面に出て授けられます。このエネルギーの流れは、自らや他の人々を癒し、また変容させる可能性を持ちます。“奇跡のような”可能性をもたらすエネルギーフィールドです(“真実”と計測)。(ホーキンズ、2001年) 

このエネルギーフィールドが優性になると、それは“神通力”と呼ばれる現れであり、または非-日常的な“超常現象”のように見えるでしょう。これらは幾世紀を超え、様々な文化で、その力量や能力について描写されています。例えば、サイコメトリー現象は、対象物に触れ、前の所有者や、その前の所有者の歴史を明らかにするといった能力に現れます。このアストラル体の能力の投影は、バイロケーション(例えば、ピオ神父。訳者注:複所在や同時両所所在という霊的現象。生霊/いきりょう/とも呼ばれる)、遠視力、透視力、霊聴力、テレパシーによる意思疎通もまた現れるでしょう。これらの現象は、自然発生的で、自動的に、そして個人の意図による結果としてではなく、また制御できるものでもありません。情報は、内省機能(訳者注:自己や他者の心的状態から行動の意図を認識する能力)の結果というよりむしろ、そのものが、努力なしに、十分完全で、決定的なものとして現れます。その上、この漸進的(だんだん)に現れるタイミングは、驚くほどの正確さがあり、奇跡のようであると描写されます。

 
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第一五章 無条件の愛、こころの底からの喜び、そしてエクスタシー(計測レベル540599)(12)
Transcending the levels of consciousness, David R.Hawkins, 2006,
Chapter 15 love, Joy, and Ecstasy  (Calibration Level 540599)
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脳の機能と生理機能
 
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「論語」では、君子、小人の二通りの使い分けがあります。君子とは、知識も持ち道徳律をわきまえた教養人のことで、君主やリーダーではありません。

 

そして、小人とは、知識は有するものの、道徳律に意識が働かないか、無関心な人のことです。道徳律とは、成文法の下にある土台です。従って、小人は、成文法の遵守とは無関係に、政治家や官吏として不適格であることを意味します。

 

ゆえに、政治的、社会的な自由に、道徳律の自由は含まれません。何故なら、道徳律の自由化は、例えばロリコンは、Aさんにとっては“良くない”ものでも、Bさんはそうは思わないといった結果になります。

 

では、その道徳律とは、一体どこから生まれるものでしょうか? その近代の概念を生み出したのは、17世紀のイギリスで名誉革命を支えた、ジョン・ロックによる「政府二論(市民政府論)/Two Treatises of Government」の概念です。

 
それは、王権神授説を否定し、その上“自然法”を確立しました。その自然法とは、「創造主によって等しく生まれた人類は、自由、平等の権利を持ち、幸福の追求を許され、何人にも犯せない権利」というものです。
 
従って、個人が、自分勝手に作り出すものではありません。そして、それは命と、その尊厳を守るため普遍的価値を持つものです。ゆえに、人類の意識の進歩(文明の進歩)には、欠かせないツールです。逆に道徳律の崩壊した文明が衰退しているは、歴史上明らかです。


 

第一三章 知性(計測レベル400) (6)
Transcending the levels of consciousness, David R. Hawkins, 2006,
Chapter 13 Reason (Calibration Level 400)

 

(P.229

知性における自我の力学 (3

低い意識を伴う知能は、発達せず、教養に欠け未熟で、子どものような特徴があります。その最も原始的状態では、知能で処理する過程において、感情の情況(こころの内面の状況)に従い、欲望と欲求を個人的なものとします。従って、低い意識は、より楽観的で、証明可能な言明に示すと意図され、それに関する高い妥当性と、証明の適正な水準を求められる高い知能の精神構造とは、同じ段階にはありません。その主観的状態と、その情況に応じた意見の情報に従属します。従って、低い知能は、欲求に支配されます。そして高い知能は、道徳と、責任に付随する必要なものと共に、真実の規範に対する固守を、責務として求められているために、おのずと磨かれ鍛錬されます。真実と称して、嘘を示すことは、子ども時代には、許されましたが、大人においては、人生にとって大きな試練(訳者注:よくないカルマ/因果応報)となるでしょう。「ポスト・モダン」の哲学(マーカス、コムスキー及び、そのほかに続く、Truthvs. Falsehood, page 209,)は、135から185の間で計測されます。何故なら、その哲学は、嘘を、真実であり、正しいとその正当性を認める試みです。従って、知性の好ましくない点は、自己中心的で本質的意味を壊し、子どもじみていて、もの欲しそうな思考に焦点を当てた結果生まれた、真実の捻じ曲げを、受けやすいものです。(「ある言葉は、まさに私が、それを選ぶことを、意味するに等しいことです」と、キャロルの「鏡の国のアリス」を通じて、ハンプティ・ダンプティは言います)。


以下省略
 

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第一三章 受容(計測レベル400) (6)

Transcending the levels of consciousness,David R. Hawkins, 2006,

Chapter 13 Reason (Calibration Level 400) (6)

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ハートが大切

中国の王朝を支えてきた科挙のシステムは、皇帝が、その優秀な知性を持つ人材を、適切に使いこなせないとき、必ず腐敗はおこりました。それが各王朝の命取りになりました。


しかし、その教訓は生かされず、現在の世界のどの政治システムにおいても、人類は、科挙とまったく同じ過ちを繰り返しています。歴史を学ぶとは一体何かを、問わねばなりません。


さて、意識レベルの違いは、同じ事実を、まったく異なった観点から見るという問題があります。そして、意識レベル200を下回ると、“真実”を自分の利益の
ために歪め、それを、あたかも本当であるかのように表現し示されます。


意識レベルが低くとも、知能が高ければ、権力を握ることが可能な社会システムにより、人類は2回の世界大戦を含め、軍事全体主義国家の出現を許しています。民主主義が成熟すれば、軍事力など不要です。しかし相反して、肥大化した軍隊の存在により、現在の日本のように、放射能汚染を人々に強要する悲惨な状況を生んでいます。


意識レベルを上げるハートの教育こそ、社会の安寧に結びつきます。しかし、日本人は、そのことに気づいていません。いまだに知性/理性を磨くことに重きがおかれ、地位、権力、物質的富の獲得を、社会的成功と見て勘違いしています。


意識レベルが低くとも、権力が集中しなければ大惨事にはなりません。ゆえに、そのようなリスクを減らすためにも、権力の徹底した細分化が求められています。


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その意識レベルを超越する デヴィッド R. ホーキンズ 2006

第九章 勇気(計測レベル200) (7)

Transcending the levels of consciousness,David R. Hawkins, 2006,

Chapter 9 Courage (Calibration Level 200) (7)

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民主主義を守るとは?

真の民主主義とは、多様な意見を受け入れ、それらの意見を抱合し、一段上の解決策を提示するというのが本来の姿です。まさにその立場は「中立」です。すなわち「中立」精神とは、民主主義の実現を意味する言葉です。

 

ところで、意見の相違は、意識レベルの相違によって生まれます。例えば、あるホームレスを見る目も意識レベルによって全く異なります。その視点の相違は「パワーか、フォースか 20章 意識の進化」において、詳細に述べられています。

 

臨界点200の意識に達すると、他者との相違を受け入れ、“意見の相違”は、人生の発展途上で生まれるものとし、それを受け入れる能力は、次第に大きくなります。

 

すなわち、真の民主主義を実現するには、意見の相違を受け入れるために、人々の意識レベルが200に達しなければ、かなり困難なことを意味します。

 

従って、少なくとも意思決定者の意識レベルは、200に達していないと、その政治体制や組織は、必ず不幸な結末を迎えてしまうでしょう。その「真実」をキネシオロジーによる意識研究において人類史上初めて証明しました。人類にとって、それが“今”であるということに、深遠な啓示を感じさせます。

 その意識レベルを超越する デヴィッド R. ホーキンズ 2006年
第九章 勇気(計測レベル200) (4)
Transcending the levels of consciousness, David R. Hawkins, 2006,
Chapter 9 Courage (Calibration Level 200) (4)

 

P.190

社会的表現 (1)

他の物事への関心と、社会的責任感の能力は、意識レベル200を超えると生じます。人類の全人口の78%(アメリカは49%)の人々が、臨界点である意識レベル200を下回っていることから、世界は終わりのない主義主張の衝突、戦争、貧困、犯罪などと共に生きている理由を説明できます。この意識研究から、これらの問題の原因は、外因性というよりむしろ内因性によることが明らかになりました。

 

自己への誠実さは、低いエネルギーフィールドの消極的な感情から救済をもたらせます。不安、恐怖、自信のなさ、そして罪の意識は、欲求不満、後悔、怒りを生むといったように先細りになります。消極的な感情は、いまや、自分自身と他者の両方に歓迎されず、喜ばしいものではありません。主義主張や意見の相違による争いは、自我は、もはや肥大化しなくなったという理由から、魅力を失いました。社会の現実性に関する一時的な相違は、個人的侮辱のように見え始めるよりむしろ、人間の生き様のひとつの側面として受け取られます。内面の静けさによる安心の恒常性は、アドレナリンの興奮状態の方を好むというような、暴力と芝居がかった政治的、イデオロギー的過激主義を、次第に嫌う気持ちになります。

 
Social Expression (1)

Concern for others and the capacity forsocial responsibility arise above level 200. That seventy-eight percent of theworld’s population is below consciousness level 200(I America, forty-ninepercent), explains why the world is as it is, with its endless conflict, wars,poverty, crime, etc. Research indicates that the source of these problems isendogenous rather than exogenous.

 

Self-honesty brings relief from thenegative emotions lower energy fields. Anxiety, fear, insecurity, and 

guiltdiminish as do frustration, resentment, and anger. Negative emotions are nowunwelcome and 

unpleasant in both oneself and others. Argument, conflict, anddiscord are no longer attractive because 

they have lost their ego inflation.Transitory difficulties of social realities are accepted aspects of human 

liferather than begin seen as personal insults. There is a progressive distaste forviolence and the 

theatrics of political and ideological extremism, as thecomfort of inner-calm homeostasis is preferred to 

the excitement of adrenaline.
 

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その意識レベルを超越する デヴィッド R. ホーキンズ 2006

第九章 勇気(計測レベル200) (3)

Transcending the levels of consciousness,David R. Hawkins, 2006,

Chapter 9 Courage (Calibration Level 200)(3)

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官僚や、政治家達が、何故嘘を平気でつけるのか、それは、意識レベルが低いところにとどまっているからです。

 

どのように体の健康に気をつけても、こころが蝕まれていては、決して健康と幸福は手に入りません。

 

現在ご紹介している「その意識レベルを超越する」には、各章で統合性(integrity)という言葉が、よく使われます。これは、老荘思想で言う陰陽を実現するために必要な概念です。

 

すなわち常に健康で幸福であるよう心がけるには、陰陽、すなわち心身の、それぞれのバランスを保つことです。それは、巷にあふれる肉体の健康法に、こころの健康法である統合性をプラスすることを求めるものです。

 

そして、こころの陰陽とは、真実を捻じ曲げる意識、「恥、罪の意識、無感動、深い悲しみ、恐怖、欲望、怒り、そしてプライド」を超越し、“真実”に沿って生きてゆくことです。

 

すなわち、こころを統合性の臨界点である意識レベル200以上にあげることが、こころの陰陽の実現化です。それは、本当の意味での“健康と幸福”を実現する第一歩です。

 

その意識レベルを超越する デヴィッド R. ホーキンズ 2006年
第九章 勇気(計測レベル200) (3)
Transcending the levels of consciousness, David R. Hawkins, 2006,
Chapter 9 Courage (Calibration Level 200) (3)

 

P.189

はじめに (3

勇気を通して統合的な人々は、世間は“ばかなことをする”ものの、個人そのものではないと分かり、世間から認識されること、報われることの両方の社会的承認は、二次的なものとなります。200のレベルで起こる重要な気付きとは、報酬のために、統合性を破る誘惑を認識し、それをはねつけることです。一方、200レベルを下回ると、結果を得るには無防備で、直ぐに結果を獲得する(目的遂行の)ために、見返りを合理化(自分の都合のいいように)します。

 

意識の計測研究から、すべての人々は、嘘をつかれたときに、無意識にそれを察知していると証明されました。その嘘は、直ぐに真実と嘘を区別する筋肉によって明らかにされます。この体の筋肉の反応の弱さと、経絡システムを通じたエネルギーの流れの入れ替わりは、知能が拒否していることであっても、体を反応させ、生命エネルギーに関する本質的な真実と嘘の差異に、気付いていることを示します。

 

意識レベル200のエネルギーは、理性(訳者注:意識レベル500未満の意識)による統合性と同調します。従って、ゆがめられたレトリックのまやかしは弱くなり、嘘をはねつけます。この前向きな進化のステップと共に、感情的になることと欲望の幻想は、大きく減少します。ゆえに人生は脚色されることが少なくなり、そしてすぐに見返りを求めなくなるため、はかない消極的な自我の立場への報酬は、その承認を失います。それらと入れ替わり、しっかりした落ち着きと、内面の正直さへのこだわりによってのみ、安心感が全般的に認められます。挑戦して失敗することより、妥協の見返りは、統合性を習慣とする信頼を危険にさらすほどの価値はないと分かります。

 
Introduction (3)

Although courage is both recognized andrewarded by society, the social approval becomes only secondary, for integritypeople know that it is possible to fool the world but not oneself. Because ofthe greater awareness that occurs at level 200 temptations to violate for gainare recognized and rejected, whereas below level 200, they are rationalized forthe quick pay-off of gain with no regard for consequence.

 

From consciousness calibration research, itis verified that everyone knows unconsciousness when they are being lied to,which is quickly revealed by the muscle test that instantly discerns truth fromfalsehood. This weakening of the body’s musculature response and alterations ofthe energy flow through the acupuncture response system indicate that theawareness of the difference between truth and falsehood is intrinsic to lifeenergy and is reflected in the body’s response, even if the mind denies it.

 

The energy of consciousness at the level200 is aligned with integrity of reason, and therefore, distorted deceptions ofrhetoric are rejected as being weak and faulty. With this forward step inevolution, there is a major diminution of emotionality and wishful fantasy.Life thereby becomes less dramatized, and the transitory pay-offs of negativeego positions lose their appeal because they are now devoid of reward. Inreturn, those is a greater equanimity and overall feeling of security that canonly be acquired by adherence to inner honesty. By trial and error, it isdiscovered that the cost of compromise is not worth the risk to the confidenceto which integrity becomes accustomed.

 

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その意識レベルを超越する デヴィッド R. ホーキンズ 2006

第九章 勇気(計測レベル200) (3)

Transcending the levels of consciousness,David R. Hawkins, 2006,

Chapter 9 Courage (Calibration Level 200)(3)

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