言葉の体験記

英雄的リーダーの登場を願いつつ玄米・天然味噌・天然塩・海藻・野菜の摂取を

哲学

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ほとんど全ての現代人は「人間は、何者か」「人間は、何をする為に存在しているのか」「人間は、肉体的死後、何処に行くのか」という、本来最も大切な事柄を学校や、社会で教えられる事なく生きてゆきます。

 

何故なら無意識に、支配/被支配という中央集権体制を維持するための様々なブレイン・ウォシング(洗脳)がなされているからです。私達は、まさに催眠状態に陥り、本来のハイヤー・セルフの存在を知らないまま、恐怖と罪の意識の中で、多くの人々は、その生涯を終えます。

 

さて、人類史上最も難解な書と知られる「純粋理性批判」の著者エマニュエル・カントは、晩年の論文「啓蒙とは何か」において、「柵の中から出ないように市民を洗脳している」とフリードリッヒ大王の政策を批判しています。

 

この批判は、私たち自身が、無意識に現代の学校や社会現場で、中央集権体制を維持する為に、結果として“真実”の民主主義を実践させないような洗脳を行っている警告といえます。

 

この“真実”に気付いたなら、その呪縛から逃れる方法を学びましょう。

 

まずハイヤー・セルフに出会う為には、自分を「裁く」のをやめ、自分の過ちを「許し」、自分の全てを「愛し」ましょう。

 

 

Transcending the levels of consciousness, David R. Hawkins, 2005,
Chapter 2 Guilt and Vindictive Hate (Calibration Level 30) (1)

その意識レベルの超越する デヴィッド R. ホーキンズ 2005年
第二章罪の意識と執念深い恨み (1)

 
(P.49)
 

はじめに

罪の意識は、後悔、自ら泥仕合を演ずる自縄自縛(自分を縄で縛る)、マゾヒズム、そして犯罪をしそうな兆候のすべての範囲に、様々な表現の中から明らかになります。そして一般的に社会によって人々は操られ、罰せられて、非難の表現手段として利用されてきました。無意識に生じる罪の意識は、心身症、突発的事故を起こす傾向の性質、そして自殺行動といった結果を生みだします。多くの人々は、全ての人生において罪の意識の中で、もがく一方で、他の人々は、完全に道徳を超越し、罪の意識を否定し、そこから逃れようと、必死に試みます。

 

罪の意識による支配は、許すことの出来ない感情的態度を、宗教の扇動者達により、抑圧と支配の道具として用いられ、結果的に罰する事に夢中になります。罰して救済するといった罪の意識に付きまとわれた代理人は、彼等の行為そのものに罪の意識のない、または他者に罪の意識を投影しているかのどちらかです。

 

しばしば、自分を鞭打つといった常軌を逸脱した行いを見せびらかす下位文化は、公開で動物を殺す生贄の儀式といったむごい様式を示します。罪の意識は、熱狂させ、頻繁に行われる殺害行為は、その表現方法となります。生命にかかわる虐待とは、殺す事で、怒りや罪の意識に支配されている大衆を、どのようにその欲望を満たすかという例です。しかし、それは何も引き戻し、または誤りを正すのは、全く不可能だと証明しています。言い換えると、‘まさに’天罰により、感情の欲求を満たすものです。


 

電子書籍を発刊しました。「愛 その真実とは」

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脳の機能と生理機能

 

「人間とは何者で、何処から来て、何をする為に生きているのか?」

https://www.facebook.com/notes/%E5%B1%B1%E6%9C%AC-%E8%AA%A0%E4%B8%80/%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E8%80%85%E3%81%A7%E4%BD%95%E5%87%A6%E3%81%8B%E3%82%89%E6%9D%A5%E3%81%A6%E4%BD%95%E3%82%92%E3%81%99%E3%82%8B%E7%82%BA%E3%81%AB%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B/425728684174484

 

 

英語原典は、こちらでお読みください。

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Transcending the levels of consciousness,David R. Hawkins, 2005,

Chapter 2 Guilt and Vindictive Hate(Calibration Level 30) (1)

その意識レベルの超越する デヴィッド R. ホーキンズ 2005

第二章罪の意識と執念深い恨み (1)

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恥の二元性

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この表の左右の違いを理解する事は、
大きな意識の飛躍を生む事となります。
 
左側が、小さな自己である動物的自我の特徴を持つ視点です。
一方、右側は、大きな自己であるハイヤーセルフ/真我/アートマンの特徴を持つ視点です。
 

Transcending the Levels of Consciousness, David R. Hawkins, 2005,
Chapter 1 Shame: Despair (cal. Levels 20 and below) (20)

その意識レベルを超える
第一章恥と絶望(レベル20またはそれ未満)(20)
Group: Catastrophic, Regional, and Situational (5)
集団:地域と立ち位置、そして大惨事 (5)

 
恥の二元性(再掲)
 
恥は、大きな自己(ハイヤーセルフ/真我/アートマン)と、小さな自己(動物的自我)の真実を否定した結果から生れます。普通の人生というのは、はかないものです。そして深刻な肉体的生存を脅かしている時でさえ、一般的な意識レベルでは、こころの進歩にとって、その誤った認識が、大きな障害である事を、示しています。
 
The Dualities of Shame
 
Shame is a consequence of the negation ofthe realities of and Self. It’s transitory in normal life but denotes a verymajor obstacle to spiritual evolution as a prevailing level of consciousness,and when threatens physical survival.
 
恥の二元性 The Dualities of Shame
 
電子書籍を発刊しました。「愛 その真実とは」
 
脳の機能と生理機能
 
「人間とは何者で、何処から来て、何をする為に生きているのか?」
 
 
そのほかは、こちらでお読みください。
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Transcending the Levels of Consciousness, DavidR. Hawkins, 2005,
Chapter 1 Shame: Despair (cal. Levels 20 andbelow) (20)
Group:Catastrophe, Regional, and Situational (5)
その意識レベルを超える
第一章恥と絶望(レベル20またはそれ未満)(20
集団:地域と立ち位置、そして大惨事 (5)
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私達は「天国と地獄の差は、紙一重」という伝統的な教訓を、どこかで聞いたことがあるでしょう。
 
実際、それは“真実”です。何故なら、「気付くか、気付かないか」の差です。“真実”は、とってもシンプルです。そして、それを選択する事は、誰にでも出来ます。
 
例えば、天国への門は、シンプルに、怒りをぶつけるのではなく、
「許して、親切に振舞う」だけで開かれます。
 
そこには、知能、身体能力、性格といった遺伝(カルマ)による限界、すなわち“占い”さえも超越できる能力があります。そして、その能力は、私達人間のみが持っているものです。
 
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Transcending the Levels of Consciousness, David R. Hawkins, 2005,
Chapter 1 Shame: Despair (cal. Levels 20 and below) (19)

その意識レベルを超える
第一章恥と絶望(レベル20またはそれ未満)(19)
Group: Catastrophic, Regional, and Situational (4)
集団:地域と立ち位置、そして大惨事 (4)

 
超越
 
絶望のどん底において、エネルギーは消耗します。そしてまだ生き残る意思は存在します。しかし、自我(ego/動物的自我/小さな自己)は、ひどい地獄の穴の中で、完全に身を委ねるだけで、しばしば差し迫った肉体の死の瞬間から、甦る事さえあります。極端な限りのない断末魔の苦しみの中で、魂は、「もし神が存在するならば、私を助けてください」と懇願するでしょう。そして大きな意識の変容は起こります。これは禅宗の教えの真理で「天国と地獄の距離は、わずか10分の1インチ(0.254cm)である」と認めています。奇妙にも、人間の肉体の死(自我は藁をも掴もうとする)でさえ含まれ、神は存在しないと思わせて、死は本当であるとする幻の支配に対して、じたばたする自我は、神を悪者に仕立て上げようと、この最後の瞬間でさえ、影響を与えるでしょう。
 
恥の二元性
 
恥は、大きな自己(ハイヤーセルフ/真我/アートマン)と、小さな自己(動物的自我)の真実を否定した結果から生れます。普通の人生というのは、はかないものです。そして深刻な肉体的生存を脅かしている時でさえ、一般的な意識レベルでは、こころの進歩にとって、その誤った認識が、大きな障害である事を、示しています。
 
Transcendence
 
At the bottom of despair, there is the exhaustionof energy and even the will to survive. It is often in the very pits of Helland absolute despair that the ego can be surrendered, even right up ti thepoint of imminent physical death. In extreme, timeless agony, the soul mayentreat, “If there is a God, I ask him for help,” and a great transformation occurs.This confirms the truth of the Zen teaching, “Heaven and hell are onlyone-tenth of an inch apart.” Bizarrely, the ego may reach this point as anattempt to make God wrong, including even one’s physical death (the ego willgrasp at any straw), and thus, even in the last moment, the ego struggles topower that death is a reality and that God is not.
 
The Dualities of Shame
 
Shame is a consequence of the negation ofthe realities of and Self. It’s transitory in normal life but denotes a verymajor obstacle to spiritual evolution as a prevailing level of consciousness,and when threatens physical survival.
 
 
脳の機能と生理機能
 
「人間とは何者で、何処から来て、何をする為に生きているのか?」
 
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Transcending the Levels of Consciousness, DavidR. Hawkins, 2005,
Chapter 1 Shame: Despair (cal. Levels 20 andbelow) (19)
Group:Catastrophe, Regional, and Situational (4)
その意識レベルを超える
第一章恥と絶望(レベル20またはそれ未満)(19
集団:地域と立ち位置、そして大惨事 (4)
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五感で感知できる物質世界が全てという誤った認識が、人類に悪いカルマをもたらせる元凶といえます。

全ての悲劇や、大惨事は、この“真実”を人々が知らないことから生じています。

そして、私たちの思いや行動は、どのような些細なことであっても、永遠に宇宙(原子分子)によって記憶されています。この意味は、隠し立てできる事は何もないことを意味しています。

全てのものが、他の全てのものにつながっている宇宙において、他人事などひとつも存在し得ないため、ひとりひとりの思考や行動は、人類全体に責任があるという事です。決して他人事では済まされない問題です。

ところで、幼いときや、早い時期にクラッシック音楽や芸術性の優れたものに触れると、生涯「真、平和(善)、美、神性」に準じた生き方を好み、暴力、嘘、悪趣味なものを避ける事が分かっています。

人類の平安に寄与する若者を育てるのは単純なことであり、難しい事は何もないといえます。

さて、1970年代から始まった人類史上初の科学的手法に基づいた意識の研究によって、“真実”を知ることは、ひとりひとりの意識の進歩を、飛躍的に促進させると判明しています。

その最も重要な事のひとつに、「肉体的な死とは無関係に、意識は生き続ける」ことがあります。私たち日本人にとって最も身近な仏教では、諸行無常、諸法無我、涅槃寂静と共に、輪廻転生や因果応報といった概念があり、誰でも知っています。

しかし、明治以降の日本の極端な西洋化によって、どこか、その当たり前の“真実”について、私たちを懐疑的にさせては、いないでしょうか?

イエスは、洗礼者ヨハネを「来たるべきエリア」(マタイ11:7-14,17:11-13)と断言し、輪廻転生があることを明らかにしているのもかかわらず・・・。

“真実”を正しく認識していないがゆえに、無神論者や懐疑主義者を大量に生み出し、その結果、死を恐怖に感じて、精神的荒廃を生み続けています。

結果として現代社会では、犯罪が凶悪化、犯罪件数の急増、同様に精神疾患も増え続けています。そのような誤った認識を改め、“真実”を正しく認識する事が、社会の荒廃を食い止める唯一の方法でしょう。


本文ならびに、英語原典はこちらでお読みください。
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Transcending the Levels of Consciousness, David R. Hawkins, 2005,
Chapter 1 Shame: Despair (cal. Levels 20 and below) (13)
その意識レベルを超える
第一章 恥と絶望(レベル20またはそれ未満) (13)
カルマの絶望(2)
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私たちは、意識の進歩によって、全ての情報に、時間と空間とは無関係に、アクセスができる状態に到達できます。

何故なら、すべての原子分子は、瞬間に、全宇宙の情報を共有しているという、驚くべき“真実”を、高度な理論物理学によって明らかにされたからです。

従って、全てのものは、他の全てのものとつながっているという私たちの宇宙の基本構造を、私達は知ることが出来るようになりました。

しかし、その状態を直感できる悟りや神との合一は、あくまでも、その意識に達した本人の主観的体験であり、言葉で表現することには、困難を伴います。

よってスッタニパータ(最初期仏教経典)などにおいて仏陀は、悟りの状態や神の表現いついて、その「叙述」や、ただ名前を付ける事を意味する「唯名化」は、避けるべきであると忠告しています。

Transcending the Levels of Consciousness, David R. Hawkins, 2005,
Chapter 1 Shame: Despair (cal. Levels 20 and below) (10)
その意識レベルを超える
第一章恥と絶望(レベル20またはそれ未満) 

こころ:魂の暗黒の夜(4)

(P.39)
魂の暗黒の夜において、確信していた信仰への信頼は、実際の“真理”と戦わせられます。神についての信仰は、他人から得た又聞きの情報であり、後世に伝えられたものです。ゆえに、実際には、やむを得ず従わねばなりません。これは、「猫は、猫であるおかげで猫として存在していることを、実際に猫は知っている」という認識に似ていて、それを検討することにから分析出来る理由です。猫の存在“について”知らず、そして信仰体系を持ちません。従って神についての全ての誤った信仰は、経験上の真理とは無関係のものです。本物の“悟り”の戸は、無知に関する深い正直さを通して存在します。

内在している神や真我といた神性に関する経験は、超越した神の状態としての信仰と、全く異なります。仏陀は、悟りとは、自動的に知ることと同じ事であり、その状態や状況であるという理由から全ての神の叙述と唯名化(訳者注釈:ただ名前を付ける事の意味)をしないように忠告しました。その状態や状況は、真我を叙述するのに伴い、自我といった‘それ’は存在しません。この状態や状況は、まばゆいばかりの真我といった叙述が、最も良いでしょう。そして、その状態で知っている状態とは、そのものが“真理”です。(このテーマは、後の章の中で再び触れます。)

英語原典はこちらでお読みください。
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Chapter 1 Shame: Despair (cal. Levels 20 and below) (10)
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第一章恥と絶望(レベル20またはそれ未満) (10)
こころ:魂の暗黒の夜(4)
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