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ほとんど全ての現代人は「人間は、何者か」「人間は、何をする為に存在しているのか」「人間は、肉体的死後、何処に行くのか」という、本来最も大切な事柄を学校や、社会で教えられる事なく生きてゆきます。 何故なら無意識に、支配/被支配という中央集権体制を維持するための様々なブレイン・ウォシング(洗脳)がなされているからです。私達は、まさに催眠状態に陥り、本来のハイヤー・セルフの存在を知らないまま、恐怖と罪の意識の中で、多くの人々は、その生涯を終えます。 さて、人類史上最も難解な書と知られる「純粋理性批判」の著者エマニュエル・カントは、晩年の論文「啓蒙とは何か」において、「柵の中から出ないように市民を洗脳している」とフリードリッヒ大王の政策を批判しています。 この批判は、私たち自身が、無意識に現代の学校や社会現場で、中央集権体制を維持する為に、結果として“真実”の民主主義を実践させないような洗脳を行っている警告といえます。 この“真実”に気付いたなら、その呪縛から逃れる方法を学びましょう。 まずハイヤー・セルフに出会う為には、自分を「裁く」のをやめ、自分の過ちを「許し」、自分の全てを「愛し」ましょう。 Transcending the levels of consciousness, David R. Hawkins, 2005, |
哲学
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この表の左右の違いを理解する事は、
大きな意識の飛躍を生む事となります。
左側が、小さな自己である動物的自我の特徴を持つ視点です。
一方、右側は、大きな自己であるハイヤーセルフ/真我/アートマンの特徴を持つ視点です。
Transcending the Levels of Consciousness, David R. Hawkins, 2005, |
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私達は「天国と地獄の差は、紙一重」という伝統的な教訓を、どこかで聞いたことがあるでしょう。
実際、それは“真実”です。何故なら、「気付くか、気付かないか」の差です。“真実”は、とってもシンプルです。そして、それを選択する事は、誰にでも出来ます。
例えば、天国への門は、シンプルに、怒りをぶつけるのではなく、
「許して、親切に振舞う」だけで開かれます。
そこには、知能、身体能力、性格といった遺伝(カルマ)による限界、すなわち“占い”さえも超越できる能力があります。そして、その能力は、私達人間のみが持っているものです。
Transcending the Levels of Consciousness, David R. Hawkins, 2005, |
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五感で感知できる物質世界が全てという誤った認識が、人類に悪いカルマをもたらせる元凶といえます。
全ての悲劇や、大惨事は、この“真実”を人々が知らないことから生じています。
そして、私たちの思いや行動は、どのような些細なことであっても、永遠に宇宙(原子分子)によって記憶されています。この意味は、隠し立てできる事は何もないことを意味しています。
全てのものが、他の全てのものにつながっている宇宙において、他人事などひとつも存在し得ないため、ひとりひとりの思考や行動は、人類全体に責任があるという事です。決して他人事では済まされない問題です。
ところで、幼いときや、早い時期にクラッシック音楽や芸術性の優れたものに触れると、生涯「真、平和(善)、美、神性」に準じた生き方を好み、暴力、嘘、悪趣味なものを避ける事が分かっています。
人類の平安に寄与する若者を育てるのは単純なことであり、難しい事は何もないといえます。
さて、1970年代から始まった人類史上初の科学的手法に基づいた意識の研究によって、“真実”を知ることは、ひとりひとりの意識の進歩を、飛躍的に促進させると判明しています。
その最も重要な事のひとつに、「肉体的な死とは無関係に、意識は生き続ける」ことがあります。私たち日本人にとって最も身近な仏教では、諸行無常、諸法無我、涅槃寂静と共に、輪廻転生や因果応報といった概念があり、誰でも知っています。
しかし、明治以降の日本の極端な西洋化によって、どこか、その当たり前の“真実”について、私たちを懐疑的にさせては、いないでしょうか?
イエスは、洗礼者ヨハネを「来たるべきエリア」(マタイ11:7-14,17:11-13)と断言し、輪廻転生があることを明らかにしているのもかかわらず・・・。
“真実”を正しく認識していないがゆえに、無神論者や懐疑主義者を大量に生み出し、その結果、死を恐怖に感じて、精神的荒廃を生み続けています。
結果として現代社会では、犯罪が凶悪化、犯罪件数の急増、同様に精神疾患も増え続けています。そのような誤った認識を改め、“真実”を正しく認識する事が、社会の荒廃を食い止める唯一の方法でしょう。
本文ならびに、英語原典はこちらでお読みください。
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Transcending the Levels of Consciousness, David R. Hawkins, 2005,
Chapter 1 Shame: Despair (cal. Levels 20 and below) (13)
その意識レベルを超える
第一章 恥と絶望(レベル20またはそれ未満) (13)
カルマの絶望(2)
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脳の機能と生理機能
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私たちは、意識の進歩によって、全ての情報に、時間と空間とは無関係に、アクセスができる状態に到達できます。
何故なら、すべての原子分子は、瞬間に、全宇宙の情報を共有しているという、驚くべき“真実”を、高度な理論物理学によって明らかにされたからです。
従って、全てのものは、他の全てのものとつながっているという私たちの宇宙の基本構造を、私達は知ることが出来るようになりました。
しかし、その状態を直感できる悟りや神との合一は、あくまでも、その意識に達した本人の主観的体験であり、言葉で表現することには、困難を伴います。
よってスッタニパータ(最初期仏教経典)などにおいて仏陀は、悟りの状態や神の表現いついて、その「叙述」や、ただ名前を付ける事を意味する「唯名化」は、避けるべきであると忠告しています。
Transcending the Levels of Consciousness, David R. Hawkins, 2005,
Chapter 1 Shame: Despair (cal. Levels 20 and below) (10)
その意識レベルを超える
第一章恥と絶望(レベル20またはそれ未満)
こころ:魂の暗黒の夜(4)
(P.39)
魂の暗黒の夜において、確信していた信仰への信頼は、実際の“真理”と戦わせられます。神についての信仰は、他人から得た又聞きの情報であり、後世に伝えられたものです。ゆえに、実際には、やむを得ず従わねばなりません。これは、「猫は、猫であるおかげで猫として存在していることを、実際に猫は知っている」という認識に似ていて、それを検討することにから分析出来る理由です。猫の存在“について”知らず、そして信仰体系を持ちません。従って神についての全ての誤った信仰は、経験上の真理とは無関係のものです。本物の“悟り”の戸は、無知に関する深い正直さを通して存在します。
内在している神や真我といた神性に関する経験は、超越した神の状態としての信仰と、全く異なります。仏陀は、悟りとは、自動的に知ることと同じ事であり、その状態や状況であるという理由から全ての神の叙述と唯名化(訳者注釈:ただ名前を付ける事の意味)をしないように忠告しました。その状態や状況は、真我を叙述するのに伴い、自我といった‘それ’は存在しません。この状態や状況は、まばゆいばかりの真我といった叙述が、最も良いでしょう。そして、その状態で知っている状態とは、そのものが“真理”です。(このテーマは、後の章の中で再び触れます。)
英語原典はこちらでお読みください。
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