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神経生理学の最新の研究によって、人間の真の幸せや喜びのメカニズムが解明されたことで、1つの解決法を提示できます。
現代社会を覆いつくす中央集権のシステムが、世界史に登場して約2,500年以上を経過しました。しかし、その間に培われた倫理道徳感によって、生み出されている私達人間の幸せや喜びは、実は本物ではありません。本当の喜びや幸せは、私達の現在の常識外のところにあることが判明しています。 現在の世界は、苦難や努力を乗り越えて、大きな喜びを得られるのであり、何もしなければ大きな喜や、幸せを得られないとしてきました。また、何らかの目標に向かって努力を積み重ね、目標を手に入れたとき、その喜びは、そこで消えてしまうことも判明しています。よって、一生、何らかの目標を求め、切磋琢磨することこそ、真の喜びや幸せを手に入れることが出来るというのが、私達社会の常識です。
しかし、先にも述べたように、この倫理道徳観による常識は、非常識な事だと生理神経学などの研究が進むにつれて判明したのです。
どうも、大きな喜びを感じるメカニズムは、目標物を手に入れることではなく、他の方法が必要であるという事実が明らかになったという事です。
例えば、アルコールや麻薬などによる習慣性についての研究で、実はアルコールや麻薬によって、高い意識を生み出すのではなく、低い意識を抑える効果によると判明しました。
簡単に説明すると、低い意識の神経のスイッチをオフにする効果があるということです。これは、普段は感じることが出来ない、本来は、「全ての人類が持っている高い意識が低い意識に邪魔されることなく現れた」ということです。
しかし、日常で、私達はそのようなエクスタシーを感じることはほとんどなく、そのような純粋な高い意識を保つことも、同様に出来ません。
では、どうすれば、その意識を手に入れられるのか?
それは、日常の生活において、全ての人、物、出来事に対して、真摯に親切に、そして許す習慣を強い意志を持って持続されることであり、懸命に働くことでも、苦難を背負うことでも、失敗を経験することでもないということです。エンドルフィンの分泌を自らの意志で制御できるとき、その意識を持続させることが出来るようになります。
社会のありかたそのものが、私達の高い、純粋な意識を覆い隠しているということです。生き方を変える大きな転機ではないでしょうか。
本当の幸せや喜びを得る事は、利益を得ることではないということが、医学的にも判明した今日、私達の労働や、愛国心を搾取する原子力ムラ(ロビー)の存在そのものを、人類全体で考えねばなりません。
フェイスブックページ「パワーか、フォースか」第6章 研究における新たな地平線(1)
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道徳
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あはは、そのとおり。
ひとりでも多くの日本人に政官財学のエリートが、 私達市民を騙してきた明治以降の真実を知ってほしい。 アメリカは1830年代から企業や政治、行政の支配ははじまり、 1928年株の大暴落によって決定的となりました。
フランスは偽善の1792年の革命から始まり、 1848年の2月革命に完成しました。
要は、日本が最も早くその影響をもろに受けたと言うことです。 ニッポンブログ村倫理道徳部門でランキング中です。
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近年、国会審議もそうですが、ネット上でも議論にならずに個人攻撃のような醜い論争が多く見られます。あまりにも意識レベルが低い人々が多いと感じるのは、私だけでしょうか。
自欲にまみれたエリートたちは、具体的論争、まして神学論争や哲学論争は出来ません。そして個人攻撃を仕掛けてきます。その理由を考えて見ましょう。
意識レベルが低い人間ほど、疑心悪鬼になります。自分に引け目がある、欲望(経済的成功と権力を持つこと)の達成こそが人生の目的だと信じているからです。
誰もソクラテスやアリストテレスの哲学こそ、人生における真理だと考えないからですよね。
そのルーツは、はるか古代にさかのぼります。プラトンがソクラテスの哲学を理解せず、またエジプトのカー(天界へ登る魂)とバー(意識が低いため地上に残る魂)の違いを理解せずに、イデア論を展開します。その理論は欧州哲学の大きな負の遺産となりました。このカーとバーは、儒教でいう魂魄と同義です。
325年二ケア会議において、神と人を分断する三位一体論を押し付けられたキリスト教と哲学は、最大のカタストロフィーとなります。その後の宗教学と哲学の、そのほとんどが人類の真理から遠いものとなりました。
そのいびつなキリスト教の教義と欧米哲学は、市民を家畜化することに大いに役立ちました(笑)。
その教義と哲学こそが、明治以降の日本をも侵食し、今日の不感症人間を大量生産している大きな理由です。
その不感症な人間は、くだらない暗記勉強を辛抱強く出来るために、ハーバードや東大を筆頭とした現代の偽善教育の成績優秀グループに名を記します。その後も回りからエリートと称えられ、政官財学のトップにたち、日本や世界をめちゃめちゃにしています。
ソクラテスが言うように「人生の目的は物質と感覚を追求する(闇に通じる)ことより、むしろ、魂の覚醒(光=愛=神に通じる)にささげるべきである」が真理です。人類における最高の意識レベルに達したイエス、仏陀、クリシュナの3人(※)も同じことを言っていますから、これこそが人類の生きる道です^^。
※「パワーか、フォースか/デヴィッド=ホーキンズ著/三五館/2004年/P.141」
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出典:「パワーか、フォースか/人間のレベルを測る科学」デヴィッド=ホーキンズ著/三五館/2004年
『文は記号の総体である。内なるものが外に現れるものをいう。その限定的用法が文字である。文字は、ことば呪能をそこに定着するものであり、書かれた文字は呪能をもつとされた。』
白川静博士の「漢字百話」には、このように書かれています。まさに言霊です。日々使う言葉を、大切にしましょう。
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出典:「パワーか、フォースか」人間のレベルを測る科学/デヴィッド=ホーキンズ/三五館/2004年
自分を苦しめず、また他人を害しない言葉のみを語れ。これこそ実に善く説かれた言葉なのである。
好ましい言葉のみを語れ。その言葉は人々を歓び迎えられる言葉である。感じの悪い言葉を避けて、他人の気に入る言葉のみを語るのである。
真実は実に不滅の言葉である。これは永遠の理法(*1)である。立派な人々は、真実の上に、また理法の上に安立しているといわれる。
安らぎに達するためには、苦しみを終滅させるために、仏(*2)の説きたもう穏やかな言葉は、実に諸々の言葉のうちで最上のものである。
*1:理法とはダルマ(dharma)のことで、真理といった意味。
*2:インドでは、仏とは、悟りを開き、真理を周りの人々に教える人のこと。
出典:仏陀のことば・スッタニパータ/中村元訳/岩波文庫/1984年/451〜454/P.92より
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