言葉の体験記

英雄的リーダーの登場を願いつつ玄米・天然味噌・天然塩・海藻・野菜の摂取を

道徳

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私事で恐縮です。


両親から聞いている、
私の幼かった頃の様子です。


私はどうも暗記が嫌いでした。
今もですが・・・・・・。



理屈が通らないものに対して
拒否反応を示すようです(笑)。





まだ幼稚園に入る前だったようですが、
父のネクタイピンに興味を持っていたようです。


父が、
ネクタイを締め、
そのピンを丁寧に刺しているところを
なんとも真剣に、じっと黙って見つめていたそうです。

父の仕度が済むと。


「あー、おうーか(あー、そうか)!」としきりに、
感心した様子だったよく聞かされていました。




さて、
江戸時代までのリーダー学は、
いつもご紹介しているように「四書五経」ですね。



明治も半ばを過ぎた頃に生を受けた安岡正篤も、
幼い頃に「大学」から始まり、「四書五経」を教わります。



「それがある年齢に達した頃に、
自分から面白いなあ、
なるほどなあと、よく考えるようになる。」
と言い。



その後は、儒学のみならず、西洋哲学、仏教など幅広く
自ら求めて研究生活に没頭したといいます。

「活学としての東洋思想」安岡正篤著(PHP文庫)P.164より




子供の頃に「四書五経」を暗記させられたとしても
その意味を理解できるはずはありません。




ちなみに、
欧米ではカエサルの「ゲルマン戦記」などのラテン語原文です。




そして、
人間は誰でも
「知りたい」と思えば真剣に取り組むのです。



しかしながら、
現在の幼児教育では、
英語や漢字などを幼児期から覚えさせることにも、
勿論、一定の効果はあるとは思います。




しかし、
大人になってその意味するところを、
自ら調べたくなるような作品を現在の幼児教育で、
暗記させているのでしょうか?




否です。




小学校に入れば、
その意味が分かるような簡便なものだけに終始しています。



または全く単語や漢字だけを暗記させています。

底が浅いものをいくら幼児期に詰め込んでも、
そこに人格形成に役立つようなものはないようです。

(白川学の漢字演習などは別です)




しかし、
同じ覚えさせるのであれば、
多くの古典のように生涯勉強しなければ、
理解できないものがあってこそ、

明治維新を成し遂げた、
リーダー達や
安岡正篤高邁などの人格形成に役立っているのです。



現在の幼児教育は、
本当に人格を向上させるものなのか?




疑問を感じているのは
私だけでしょうか?



無理な幼児教育をおこなうよりは、
普遍性のある道徳教材として
古典を見直すこともひつようです。



これもカントが「啓蒙とは何か」で言う所の“愚民化政策”の一環でしょうか?






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上士は道を開いて、

勤めて而して(じして・そうであるから)
之(これ)を行ひ。


中士は道を聞いて、
存するが若く(そんするがごとく)、
亡くが若し(なくがごとし)。


下士は道を聞いて、
大いに之(これ)を笑ふ。

笑ざれば以って道となすに足らず。


故に建言に之(これ)あり。

(老子41章)





これは有名な「大器は晩成す。」の前文です。




一部言葉を置き換えていますが、
安岡正篤は以下のように解説しています。



上士は道を聞いて、
勤めてこれを行い。



中士はあるといえばあるといい、
ないといえばない様であるとして、
なんとも、あやふやなのが中仕のことです。



下士は道を聞いて、
そんなばかなことがあるかと笑う。



下士が笑うようでなければ、
道と為すには足らないので、
直に、やれ「反動だ、右翼だ!」と言ってけなす。



だからこそ道といえるのです。



物分りの悪い連中が、分からずに、
悪く言ったり笑ったりするということこそが道なのです。



物事の本質は却って(かえって)、
昧く(くらく・物事の本質が見えないように)みえるのです。



「活学としての東洋思想」安岡正篤著(PHP文庫)P.126〜127より



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私は宗教と道徳の違いは、
用い方の違いだけであり、
両方とも人生において、
欠かせないものであると思います。



安岡正篤も同じ考えであり、

“宗教、道徳、・・・・・区分されるが、

・・・・・・・・・・

しかし、

この区分を軽々しく機械的に立てることは
欧米に多い誤った考え方であって、
道の真をそこない易い。”



その違いを以下のようにまとめています。

“宗教は敬を主として帰依を旨とする理想本位の修治”

敬(けい)は、文字通りうやまうことであり、

相手を尊んで礼を尽くすという意味です。

帰依(きえ)は、
神や仏に従うということです。

修治(しゅうじ)は、
手をいれて治すことですから日々の生活を反省して
明日はよりよく生きようとするのです。



私なりの解釈は、

『宗教は神や仏の教えを尊んで礼を尽くし、
これを理想として従い、
毎日の精神世界を向上さ生きることです。』






“道徳は懼を主として反省を旨とする現実本位の修治”

懼(く)は、おそれる、畏怖する、
すなわち自らの力の及ばない大きな力に
対する謙虚な気持ちということです。


そしてこちらの解釈は、


『道徳は毎日の生活のなかで、
謙虚さを持ち、明日への向上のために日々反省し、
現実の生活を歩んでゆくための道です。』





この解説は安岡正篤の主要思想の骨格である4著作のひとつ
「東洋倫理概論」に書かれており、
現在はこの口語訳がPHP文庫より出版されています。





(「人間としての生き方―現代語訳・東洋倫理概論を読む」
安岡正篤著・安岡正泰監修・武石章訳/PHP文庫P.236〜241)



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“信じられないほど陰惨な事件の頻発に
日本人の「こころ」を何とかしなければ。”



そんな思いで全国を過去4年間ほど
自ら座長を務め

「こころを育む総合フォーラム」
という

シンポジウムに駆けつけているのは
宗教学者の山折哲雄博士です。



12月6日の読売新聞「本よみうり堂」というコラムにて


その著作
「いま、こころを育むとは」(小学館101新書)の紹介と共に
博士の気持ちを伝えています。



「あるいはもう手遅れかもしれません。
でも私は今ならまだ間に合うと思う」

と述べています。



冗談のように俵万智の
「サラダ記念日」の5-7-5というリズムが
日本人の呼吸や生命の根源なのではないかと・・・・・・。




さて、私事ですが・・・・・。

すでに亡くなった2人の「思い出」です。



物理学の東大教授であった大伯父が父に
「(GHQの占領政策によって)
日本は大変なことになる」と

洩らしていたことを父はいつものように
“ため息混じり”に話していたことを思い出します。



自欲のみが優先される先に、
見えるものは“破滅”だけです。



共産主義だろうが、資本主義だろうが、
社会主義だろうが、民主主義だろうが、

大切なのはシステムではなく「こころ、精神」なのです。


ところで、
デンマークにて
地球温暖化対策を話し合う場である「COP15」も幕開け早々に、
自国の利益誘導的発言しか目に付きません。



そう自欲の主張です。



人間はどこで「こころ」を捨ててしまったのでしょうか。



いくら財産があっても地球が滅んでは“ただのガラクタ“です。



そして、
リーダーたちはいつその欠落に気づくのでしょうか?



もう我欲を張っている場合ではありません。



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これは捨て置けない事件ですね。



見つからなければ何をやってもいいという感覚です。



親御さんが普段からそういった行動を見せていたか、
もしくは話をしていたとしか思えません。



“公界(くがい)”という言葉があります。

江戸期に使われていた今で言う“世間”という言葉と同じです。


『公界知らずと言う言い方は
“世間知らず。醒睡笑「汝がやうなる―には」”
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]ということでした。』


我々日本人にとって“世間”とは、
和辻哲郎がいう「人と人の間があるから人間」であり、
よそ様に迷惑をかけることは、
人として“世間”から認められないと言うことです。



即ち「「恥」なのです。



この事件をおこした子から「恥」が
人にとって何かを理解できているとは思えません。



日本人の心が失われていることを示すような事件です。



日本人の美徳は「こころ」を磨くことです。



もう一度皆さん「こころ」を磨く努力を子供に示しましょう。



<1000円札偽造>小6男児コピー機で ジュースなど購入

2009年09月26日01時55分 / 提供:毎日新聞

香川県警琴平署は25日までに、
琴平町内の小学6年の男子児童(12)を、
通貨偽造・同行使の非行内容で補導した。

同署は児童相談所に送致する方針。

同署などによると、児童は自宅にあったカラーコピー機で
偽の1000円札11枚を偽造し、
雑貨店でジュースとガム計150円分とおつり850円を受け取ったとしている。


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