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食料品の偽装事件が
とどまるところを知らないように次々に発生します。
いったいどうしてでしょうか。
どうも自由主義競争の原則が崩れているようです。
封建時代の商業は
「お上」の許可によって行われていました。
今日の自由経済社会では、
一部を除き基本的には自由です。
そこで自由経済の基本的なルールは
「法を逸脱しなければ何をやってもいい」のではなく。
「信義をつくす」なのです。
自由経済のルーツは遙か古代にさかのぼれますが、
中世の封建時代には、その自由さは奪われていました。
そんな不自由な状況を打破したのが、
ルネッサンスであり、宗教改革であったのです。
日本は明治維新を迎え、
その欧州でうまれた自由経済を
難なく手に入れたのでした。
ルネッサンスによって
個人の人権の復興と表現の自由
宗教改革によって、
カトリック教会の一党独占だった信教や
商業などの自由を勝ち取る事が出来たのです。
プロテスタンティズムすなわち抵抗運動は、
カトリック教会のもつ強大な権限と
利権集中を打破するものでした。
プロテスタント達の信条は、
まずそれまで教会の専有物であった聖書を
個人のものとしたのです。
そして、
個人と神が直接契約を結ぶことの原点回帰に成功しました。
さらに、
個人の努力によって成功する事は
神から与えられた運命であって、
すべての人間が経済的な成功をなす機会は
平等に与えられているのであり、
その道徳基盤は聖書にある「信義」を守って
生きていくことなのです。
日本や中国をはじめとする東アジアの国々は
封建システムの申し子である、「儒教」の教えを
その道徳的規範としていました。
「儒教」には欧米流の自由経済を実施するには、
都合の悪い部分も当然あります。
しかし、東アジア諸国が聖書の道徳観を
「儒教」に替えて教育を実施しているという国は
何処にもありません。
これでは上手くいくわけがありません。
東大へ入学するほどの頭脳を持ちながら
某ファンドの元代表のように
この「信義」を公然と無視する輩がいることからしても
社会システムに道徳教育が追いついていないことは明らかです。
日本の経済犯罪の罰則はあまりんも軽いので、
平気で偽装や法の抜け穴を利用する輩が後をたちません。
すべての人間が同じ権利を行使できるように
そして、
安心して生活出来るようにする為、
自由経済を守る為に、
原点回帰しなければならないのです。
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