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人類の混迷は、意識レベルの相違によって、“真実”が異なるという原因があります。
この意識レベルの構造と特徴について、学校や社会で教える事が可能になり、全ての人の共通の知識となった時、人類から、永遠に戦争、原発、核兵器はなくなります。そして差別、貧富の差、飢餓の問題も解決されるでしょう。
では、何故、そのようにしないのか、それは、悪意を持つ一部の人々によって、“真実”は隠し続けられ、私達を低い意識レベルへ留めるために、洗脳し、大儲けするためです。
現在の日本では政治の話は、何処でもタブーです。公の場で、政治の話をせずに、民主主義など成立するはずはありません。ただ黙って選挙権のみを行使するのは、全体主義国家そのもの手法です。
現在の日本は、民主主義の仮面を被った全体主義国家そのものであり、完璧な共産主義思想の洗脳が施されています。そして、その深刻さを、ほとんど全ての日本人が気付いていないほど、実に巧妙なものといえます。
Transcending the levels of consciousness, David R. Hawkins, 2005, |
政治
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この表を見れば、明らかなように、ちまたの都市伝説は事実です。20世紀の戦争は、アメリカの情報当局の陰謀によって、アメリカ国民は騙され、アメリカの若者達は、戦場に送り出され、死んでゆきました。
アメリカの情報当局は、明らかに、欠陥があります。
以下295ページより引用:Note that U.S. intelligence operations
are consistently defective(cal. 190).
第二次世界大戦においては、日本政府の真実度は130で、駐米日本大使館60と示されています。日本政府は戦争をしたいというのは明白で、駐米日本大使館もそれをサポートしていたといえます。しかし、一方で、ルーズベルト(499で計測される)や日本、ドイツ、ロシア、ベルギーの情報当局でさえ210〜215と計測され、日本の主要な指導者である昭和天皇200、東條英機205、山本五十六205と示されていて、彼らの開戦回避の努力は本当でした。
ホーキンズ博士の結論として、アメリカ側が、真摯に日本の悲痛な主張に、耳を傾けなかった結果(P.301)による開戦と、結論付けています。最終的には、進退窮まり「総戦力研究所」における対米開戦必敗という忠告をも無視せざるを得ず、東條首相は、開戦を決意したのは事実であると立証されました。
ところが、ヒトラー、ムッソリーニ、スターリンは、それぞれ嘘のレベルです。よって、三国同盟も、日ソ中立条約も、まったく意味を成さない条約であった事は、明白です。その上で、世界中で何千万人もの人々が犠牲になりました。思い浮かべただけで、悲しくて涙が止まりません・・・。
ところで、東京裁判において、東條英機はA級戦犯。しかし、実際はアメリカ情報当局も、罪を償うべきです。それで彼等、特権階級は大もうけ。
個人の殺人犯は、刑法とやらで処罰されます。大量殺人を企てた連中も同様に裁かれるべきです。何処かおかしいですか?
合法的な殺人を認める戦争という概念は、何処か、おかしいですよね。個人の殺人より、もっと罪深いものです。そのような偽善を取り繕いっている国連(嘘のレベル195)や、安全保障理事会(同180)に、何も解決する能力のないことは明白です。
情報当局は、紛争がなければ、仕事がなくなります。マックス・ヴェーバーの古典「職業としての政治」にもあるように、官僚は、仕事を自ら作り上げ自己増殖します。彼らにとって仕事がなくなることは恐怖です。満州事変で、関東軍参謀の石原莞爾にも、同様の動機があったことは、公然の事実です。
アメリカの情報当局は、憲法、並びに独立宣言の普遍真理の崇高さ、神性さを、全く理解していません。情報当局に軍需産業の思惑が合致し、彼らが人類を戦争の狂気へと、陥れる元凶となっていいます。
トクヴィルの古典「アメリカのデモクラシー」は、アメリカ政治を語るには、欠かせない著作ですが、1830年代、既に下院議会には、明らかに、企業の手先となった議員が多数いた事を連想させる記述があります。政治家はおらず、政治屋に牛耳られています。民主主義と資本主義の共存の困難さを示しています。
アメリカの民主主義は、地方議会と州議会では、現在でも完璧です。ゆえに、1:99の運動が起きても全国民へ伝播しないのです。革命など起こりません。
一方、国政レベルでは、安全保障が機能していないといえます。従って、このままでは世界から戦争はなくなりません。永遠に・・・・。
さて、その情報当局か、軍需産業のどちらかが仕掛けた、音楽に於けるイ音の420ヘルツ問題も同様に罪深いものです。ほとんどの音楽が過激になり、一回壊れた脳の化学伝達物質(neurotransmitter)の異常は、生涯回復しない事が判明しています。それは自分の感情を抑えられなくなります・・・・。
それでも、クラッシックでは、モーツァルト、バッハ、ショパンなどの曲と、他の作曲家によるゆっくりした曲調の曲など、そして民謡などの古典芸能、カントリーミュージックやバラードなどを聞いているならば、その狂気に伝染す事はありません。人類の平和を実現する為にも、胎教と若いときに良い(心地よい)音楽や一流の芸術に触れる教育は、必ず行ってください。
人類から、戦争をなくすため、そして、民主主義の義務を果たす為に、私達ひとりひとりに出来る事があるはずです。全ての“真実”を、全世界の市民が共有する事です。それ以外には、防ぐ手立てはありません。“真実”を知ることのみが、幸せへの一歩です。
脳の機能と生理機能
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「人間とは何者で、何処から来て、何をする為に生きているのか?」
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アメリカの底力を示す表です。
アメリカが、科学、学術、産業、商業やその他の面で、
現在の人類の最先端を行く理由のひとつが、ここにあります。
独立宣言(705)と合衆国憲法(710)の内容が、
普遍真理レベルに到達している事は、特筆に価します。
人の意識でいえば、アートマン(真我/atman)=ブラフマン(創造主/brahman)を、
主観的に感じるいわゆる完全なる“悟り”のレベルで、
70億人いる人類のなかで、わずか10名程度しか達していない意識レベルです。
政治学の観点から見れば、人類が作りえた最高の理念であり憲法です。
当然ながら、アメリカ人は高い意識を持って、生きてゆけます。
一方、日本人は、政治理念「自由、平等、友愛」という普遍真理へ、
本当に忠誠を誓い、生きてゆけるか疑問です。
生まれながらにして、人は平等であり、自由と幸福を追求できる権利がある。
それを守るためには、日々、政治や行政が違う方向へ行きそうな時、
しっかり声をあげ、修正を求める事です。
それが出来なければ、民主主義は死にます。
民主主義を殺さないためにも、なんとしても、
「自由、平等、友愛」の啓蒙が必要と見受けられます。。
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下記は、フェイスブックの友人による
あるグループのスレッド投稿記事からです。
2012年12月13日 20:20
小沢一郎さんに対するインタビュー 2012.12.12
子どもたちを被曝から守るために マスコミが伝えてくれない小沢一郎さんのこういう姿を情報拡散したいです
『Q5:世の中の、原発に対する意識について』
『今の日本では一番の問題なのは、福島の問題をほっとらかしておいて、原発の話は絶対にしないようにし、本当のことを全部隠していることです。政官業、そしてその尖兵はマスコミですが、この選挙でも、原発のことのいっさい話をしない。
だから、みんなは安全だと信じ込んでいる。しかし、福島の人は深刻だ。これから発症するであろう病気のことを考えたら、悲劇ですよ。僕は本当にそう思う。しかも、何十万人が行くあてのないジプシーのような生活です。これは、本当に政治の責任です。これで、福島であれ、どこであれ、もう一度事故が起きたなら、日本は壊滅的なことになる。』 政治資金規正法を作った本人が、2回も起訴される・・・・・。
マスコミは、一切報道しない・・・・・。
それは、既得権益者の敵だからです。
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原発の稼働は、日本経済や、日本国民にとって、本当に幸せを得るための「正義」なのでしょうか。
「正義か、不正義か」といった問題は、人類に多大な破壊をもたらし、近年では、数々の戦争、革命、そして暴動によって、何百万、何千万人もの人々の命を奪い去り、社会基盤を崩壊させてきました。しかし、その「正義」なるものは絶対的価値でしょうか。
この世界には、絶対なものはなく、全て相対的なものであるとして、アインシュタインの「相対性理論」は、社会的な評価を勝ち取りました。そしてそれは「普遍真理」に基づいています。
であれば、「正義」そのものも、ある視点に固定されたものに過ぎないと言うことが明らかになります。
「正義か、不正義か」という問題は、あくまでも「対の二元性」の問題です。
人類の全ての問題は、「慈愛」と、「崇高さ」の深浅による視点の違いにより、破壊的な行為が繰り返されたのです。この原理に気付けば、知覚というものの織り成す「幻影」に、単に、私達は振り回されていると、気付くでしょう。
原発や、核兵器に頼ろうとするのは、その人に「慈愛」と「崇高さ」の視点に欠けているからです。
日本人の精神性の高さと、勤勉さをもって社会活動にいそしむ事で、全世界に計り知れない「富」を武力なしで与え続けることが可能であり、それが人類に平安をもたらせる唯一の道です。
人類史上、巨大な軍事力を持ち、長続きした国はありません。巨大な軍事力を持たずに外交とその精神で、平和はもたらされるものです。それが新たな人類のパラダイムです。
こころのぬくもりを感じる事ができす。
すなわち人を大切にする精神を掲げる政党こそ、
投票するにふさわしい政党です。
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