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本当に理解しているのか!?
敵対者を、社会的に葬り去るような事を平気で行っている現政権です。
自分が言っていることと、やっていることの相違を識別できていない。
プーチン首相がスターリン否定 「全体主義国家は滅びる」2011年08月02日07時10分
提供:共同通信
【モスクワ共同】ロシアのプーチン首相は1日、全体主義的体制は「非効率で、そういう国は滅びる運命にある」と述べ、ソ連の独裁者スターリンが敷いた強権支配を「繰り返してはならない」と否定した。ロシア主要メディアが伝えた。首相は同日、政権支持の若者組織が集まるモスクワ北方トベリ州のキャンプ場を訪問。「ロシアには強権的手法が必要か」との参加者の質問に、スターリン時代には数百万人が強制収容所で死亡したと指摘した。
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政治
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軽すぎてコメントありません。
菅総理は、「人間とは何か」と言う根本問題に触れることなく、 やすやすと総理大臣の席を射止めてしまったと言うことですね。 このような人物が、政治家になれる政治システム。
そんな、下らんシステムが、民主主義ですかね。ナンじゃそりゃ!?
私は、菅総理にべつに“やめてもらわなくても”、いいのです。
しかし、
政策の優先順位を明確にし、シンプルな指令こそ、危機対応のリーダーのすべきことのすべてですが、そこが出来ていないことに、問題があるのです。
菅首相、なでしこと対面で「私も諦めない」退陣問題の渦中にある菅直人首相(64)が19日、サッカー女子W杯で優勝したなでしこジャパンを引き合いに、「私も諦めないで頑張らなければ」と政権延命に意欲をみせた。この日、官邸でなでしこの表敬訪問を受けた菅首相。得点王とMVPに輝いた主将・沢穂希(32)と対面すると、「間に合うか分からないが、(沢のリーダーシップを)学ばせてもらいたい」と、ご満悦だった。
チームを世界一に導いた主将と、閣僚すらまとめられない首相。同じ「しゅしょう」でも、リーダーシップの違いは自覚しているようだ。
「若い選手からベテランまで、チームをうまくまとめ上げた。私も勉強をして、学ばせていただきたい」。沢に対し、菅首相の口から切実な?思いがこぼれ出た。ただ、余命わずかの政権だけに、「間に合うか分からないが」と、自嘲気味な言葉も忘れなかった。
この日正午すぎ、首相は帰国したばかりのなでしこジャパンの佐々木則夫監督、選手らの訪問を受けた。選手のサイン入りユニホームを贈られ、優勝トロフィーを触らせてもらう役得に、ご満悦の笑顔。生放送でテレビ観戦したという首相は「被災地の皆さん、日本中に勇気を与えてくれた。ありがたい」とねぎらったが、監督、沢とチーム統率について話し出すと、前記のような“弱音”を吐いてしまった。
訪問後、佐々木監督は「(リーダーシップの話は)総理のジョークだと思う」とフォローし、「大変な時期だから、ぜひがんばっていただきたい」と首相を“激励”。沢は、首相へのアドバイスを問われ「ないです。喜んでいただけてうれしいです」と、あっさり官邸を後にした。
午前の衆院予算委では、女子スポーツ環境の改善を訴えた首相。だが、なでしこの粘りを引き合いに「私もやるべきことがある限りは、諦めないで頑張らなければならない」と、あくまで政権にしがみつくことまで、宣言してしまった。退陣を前にした首相が口にした「諦めない」姿勢に、野党側からは「総理諦めろ!」とヤジも飛んだ。
この発言を、自民党の小池百合子衆院議員は「もうレッドカードが出されている」と皮肉で一喝。同党の小泉進次郎衆院議員も「沢選手のリーダーとしての信頼は(首相と)真逆ですね。総理は『学びたい』と言ったらしいが、遅すぎる」とバッサリ。日本中にさわやかな感動を呼んだ、なでしこにあやかろうとした首相だが、その方針は諦めた方がよさそうだ。
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モノは言いようだが、やる気を削ぐ言い方というものがあります。
それ以上に言葉というのは相手の心にわだかまりを残し、恨みとなることも多い。
言葉というのは大事です。
言ったことは取り消せないからです。
まして人の弱みにつけ込んで偉そうにしている奴は日本人の最も嫌うタイプだ。
(下の画像は消される前に絶対に見ておくべきです)
松本龍復興大臣。
大臣ともなればその言葉は絶対に取り消すことはできない。
大臣としての言動には重みがあるからであり、その動向に注目を浴びるのは当然だからです。
しかし民主党の連中というのは自分が言ったことを
「そのようにとられたとしたらお詫びしなければならない」と何度聞いただろう・・。
今回の大震災で心身ともに大変な思いをしている被災者は
一日も早く復興してほしいと心の底から願っている。
今回の地震の被害のひどさを理解するからこそ多くの国民も、
そして台湾などの他国からも多くの支援を戴いた。 誠にありがたいことです。
しかし、肝心の日本政府の対応がさっぱりだ。
「いつまでも何をやっているのだ!」
心ある多くの国民は怒り、呆れている。 もはや菅の顔を見ているだけでストレスになる。
今や被災した自治体には国の力が必要なことは明らかです。
にもかかわらず、知事が遅れたとか、何もしないぞ、と復興大臣たる者が言うのは全くの筋違いだ。
まして復興大臣というのは「お客様」か?
何を勘違いしているのだ。
本来ならば被災した地域の知事の忙しさを思いやり、
まず真っ先に復興にあたる話を持ち出すのが大臣たる者の在り方ではないか。
自分が威張り散らすために大臣になったのなら被災地にとってこれほど不幸はない。
復興のためのお金はすべて国民のお金である。
松本大臣個人のお金でもなければ部落解放同盟のお金でもない。
「最後の言葉はオフレコです。・・・書いたらもうその社は終わり」・・・
馬鹿が権力を握ると民が不幸になるのは歴史が示すところだ。
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宮島氏は、
日本人は、簡単にその立場を変えると批判している。
しかし、
社会生活を進める上で、沈黙は金であり、それこそ日本人の美徳です。
「正義」があてにならないのは、政治学の常識です 何故なら、「正義」なんていうものは 、立ち位置が変わると、悪にもなります。市民の生き方が正 しいのか否かであって、国家の正しいなど当てにならない のです。たとえば、今日の国家の目的は、国益の追及にあるからです。国益は欲望とプライドによります。そこ に道徳が入る余地は、過去の人類の歴史では、いくつかの 例外はあっても、極めて少なく、あまり見当たりません。
さて、「公共善」とは、アリストテレスの「政治学」において、人の生きる目的が、より良い生活(善の追求/精神性の向上/魂の覚醒)を追求する為のものと、定義されています。これは、宗教や哲学を学んだ方なら、誰も異論のないところでしょう。 ところで、近年興味深い研究があります。脳外科医の林成之博士の研究による脳の3大欲求「生きた い」「知りたい」「仲良くなりたい」に集約されることを、発見しました。この3大欲求は、より良い生活の追及と合致していると、筆者は考えています。
または、これらの三大欲求を、新カント派のヴィンテル バントが唱えた「真」「善」「美」(現在は日 本だけ取り上げられていますが)と言い換えても良いと思います。より良い生活を追求するために、不可欠な普遍真理を、国家として追究するのが、「公共善」です。
アリストテレスの「政治学」は、政治学者にとってはBibleですけれど、実際にその哲学に基づいて論じることは少なく、他者を出し抜き、自国の利益を優先するマキャベリッの「君主論」に沿った邪道の政治学が、主流です。ご存知のように、現在、自国の利益追求のみの国際会議は、何も決められないのです。 「君主論」では戦争はなくなりません。悲しいことですが・・・・・。
さて、以下の宮島氏の主張は、「正義」を持ち出し、天皇機関説や太宰治の「天皇陛下万歳」などを論じています。
無意味な「脱原発派を揶揄する」記事を、ご覧ください。
以下宮島理氏のBROGOS掲載記事の転載です。
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国家は、国民の安全と財産の保全。
そして、国家の利益を外交によって守る。
これが、国家の使命です。
しかし、原発事故の対応は、まったくこの基本路線が見失われています。
この3点とも、今の政権は、守ることができていません・・・・・。
菅総理のリーダーシップは、歴代総理の中でも、残念ながら最悪の部類です。
そして、国会の審議も、与野党の中傷合戦の繰り返し。
何か変化させねばなりません。
北欧三国では、政治家の給与を平均年収以下に抑えることで、優秀な人材があつまっています。つまり、お金儲けではなく、patriotrism(愛国心/郷土愛)に燃えている政治家だけが、政治家になります。
世襲も、当然見られません。大学や大学院で政治学を学んで、即、立候補する人もいるそうです。 顔を突き合わせて議論し、同意を得られるまで議論することは肝要です。なぜなら多数決は、できるだけ避けるべきです。数の暴力は過去に恐ろしい結果を生んでいます。たとえば、ヒトラーや小泉元総理を、生んでしまう可能性があります。 民主主義の最大の目的。 それはアリストテレスの「政治学」において、
「人生の最大の目的が。
精神性の向上にあるのならば、国家も同様である」ということです。
すなわち、公共善を目指し、すべての人々が、
よき人生を送るための議論の場でなければなりません。
例えば、放送大学は、単位取得そのものが、全日制大学より、相当大変です。なぜなら、顔が見えない分、お互いの切磋琢磨はなく、ライバルや友人からパワーがもらえません。アメリカの精神科医ホーキンズ博士の考案した精神性の高低をあらわした「意識マップ」によると、意識レベル530以上の人が、周りにヒーリング効果を与え、600以上の人物がいると、周りに至福感を与えます。
これは、大きな効果を生みます。よって、情報交換は、ネットで行うのはよいとしても、話し合いは、議場で行われるべきです。 人々が、大きな目的(公共善)について話し合う時は、やはり議場に集まる必要性が高いということです。現在の多くの国の議会には、それだけ、精神性の高い人間が皆無のため、無駄な時間が浪費されます。 政治は、職業ではなく、 故郷へ「愛」をもたらすものだと思う人々による、
ボランティア活動であれば、よいのです。
そこでは、すばらしい公共善が生まれるはずです。
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