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教育
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心が立派になればいいブログさん(http://blogs.yahoo.co.jp/tukusinkai)が、ホーキンス博士の話を書いてくださってます。 それにはとても大事なことが書かれています。 それは、目に見えない心の持ちようで、自分が幸せや心地よさを知り(体感)、その知ったことが、言葉化や文章化されずとも、「雰囲気」に現れて、幸せや心地よさが外へ発信されていくのです。 もし、百人の人たちのうち、それを感じた人が十人だけであれば、たぶん、打ち消されてしまうでしょう。 しかし、二十人に増えたら‥それは徐々に広がりはじめます。 広がりいくときに、そのことに対して、嫉妬や否定や悪意が周りで生まれます。 十人だけではそれらの感情に負けてしまうでしょう。 が、心の持ちようを良くしていく人たちの数が増えていけば、悪意(トンジンチ)ある意識は徐々に後退していかざるを得ません。これ(トンジンチ)は完全に無くなることはなく、状況や環境や機会により芽をだしてきます。 なぜなら、心が人間の肉体に存在ある限りトンジンチは誰にもあるからです。もちろん私にもあります。 偉そうなことを書いて、とか、 この人はこんな人ではない、と悪意を持たれても結構です。 悪意を持つ心事態がトンジンチに蝕まれているからです。 蝕まれた心の数値が高ければ、また、数が多ければ、不快な指数は瞬く間に蔓延伝染していきます。 これは、不思議なことで善よりも悪の意識の方が早く浸透し易いのです。 では、善を浸透させるにはどうしたらよいか。 それは、個人個人が「心が立派になればいい」、を実践実行していけばよいのです。 心が立派になれば、自ずとその肉体からも良い雰囲気が放たれます。 その雰囲気がじわじわと暖かい光となり周りに発信されます。 そうして、一人が気がつき、また、一人が気がつき、輪(和)が広がっていけば、慈光は地球を暖かく包み込みます。(大袈裟な、と思うかもしれませんが、これは理論的に成り立ちます。) 小さいところからは彼と彼女の間から‥夫婦や家族から‥雰囲気が良くなれば幸せがやってくるのです。 その雰囲気つくりは他に求めるでなく、自分から始める。 「自分が変われば周りも変わる。」 そのことが証明されるわけです。 心が立派にも心に寺をたてようも、同じです。 百人の中の気づきが増えていけば、目に見えない光の輪が広がり、その光が私たちの護りとなります。 合掌 |
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私たちが日々生きている苦悩や、心の痛み、
そういったものはすべて自らの心の持ちようだといいます。
ある事柄は、Aさんには、心地良いことでも、Bさんにとっては絶望的!
このような事例はいくらでもあります。
大相撲の八百長事件。
そのような噂があっても、
7勝7敗の力士には、勝って欲しいというのが人情です。
すみません、違う方もいますね・・・・・。
白黒はっきりしろと・・・・・。
人は、顔も違うとおり、好みも、能力も異なります。
それでも、すべて白黒つけろと・・・・・。
ワールドカップでは、日本チームには勝って欲しいですよね。
すべての人々が、自国が勝って欲しいと願っています。
それでも、優勝の美酒を味わえるのは、最終的には1チームのみ。
奈良時代から受け継がれているお相撲は、
神様に日本の安寧を願う儀式であって、
勝負が本当の目的ではありません。
何が、大事か? 何が大事ではないのか?
それは、その時の感情で決めることは出来ません。
幸せとは、一時の喜びや満足ではなく、永続的なものです。
本物の「真」「善」「美」には、普遍性があります。
だからこそ、誰もが感動し、感涙にむせぶのです。
ベネシア=スタンリー=スミスは、
NHKのBS番組「猫のしっぽ、カエルの手」で、
「古代の人類は、どこでも同じような形で、
神様を祭っていました。不思議ですね。」と。
まさしく、カール=ユングの主張している「集合的無意識層」によって、
人類のこころが繋がっている証拠です。
そして、
「人生は、苦楽を学ぶのではなく、いかに美しく生きるかです。」
美しく生きるとは、「真」「善」「美」の追求以外には考えられません。
これは、一時の感情ではなく、普遍的なものを、求めることだと言っています。
その通りだと、考えているのは筆者だけでしょうか?
本物の「真」「善」「美」を、知ることが、
人生における生きている実感であり、
また喜びです。
そして、
これが真理です。
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