|
小出裕章氏 北九州市で震災がれき焼却をすべきでない理由(約4分間) 福島を救うには、他のやり方があるはず。
放射能で汚染された瓦礫を全国で処理するのは、
全くありえない話。
現有の焼却施設では焼くべきではない。
焼却灰は、地元で埋めるのではなく、東京電力へ返すべき。
「自分のとこに汚染物質を受け入れたくない」
だけでは済まない問題です。
ニッポンブログ村倫理道徳部門でランキング中です。
ご協力お願いいたします。
|
3.11東電福一原発
[ リスト | 詳細 ]
|
10月3日 東京新聞 第一面 昨夜、自民党本前で抗議行動。 自民党・脱原発議員、河野太郎氏が激励。 web版で全文が読めます。 http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2012100302000109.html 自民だろうが、民主だろうが、この国に民主主義などありません。
あるのは、アメリカ風見鶏主義。
オスプレイの強引な配置。
消費税上げる前に、アメリカ国債を処分すれば済むのに、
3.11直後クリントンの姉御は「日本は米国債を売らない」と。
まあ、しゃしゃあとの賜りました。
ニッポンブログ村倫理道徳部門でランキング中です。
ご協力お願いいたします。
|
|
科学的解明を遠ざけることで東電と国の責任を隠ぺいする意図は明瞭だ。県の責任にする流れがあるとすれば、それこそ歴史に残る責任転嫁劇が進行することになる。 http://on.fb.me/UEAqLm ←福島健康 調査で毎日が重大スクープ(2012.10.03トップ記事) http://bit.ly/O3I3N9 ←福島健康調査:「秘密会」で見解すり合わせ(毎日WEB版) ニッポンブログ村倫理道徳部門でランキング中です。
ご協力お願いいたします。
|
|
東京新聞10/1朝刊より
先日もご紹介しましたね。
生物の命を守るためのシステムである同化作用と異化作用。
邦訳では同化作用(生命力を与える)と、異化作用(生命を脅かす)と訳されています。 しかし、原典ではanabolic (life-threatening) from catabolic (life-consuming)ということで、忠実に訳すならば、同化作用(生命を脅かす事)と、異化作用(生命を消耗する事)となります。 これは、残念ながら、邦訳は忠実に訳していない、または同化作用と異化作用の意味を理解出来ずに訳してしまったといえます。これは翻訳のときに生じる大きな問題です。例えば、聖書などは、多くの誤訳や解釈の誤りがあります。しかし、未だにそれを修正しようとしません。作為を感じます。
さて、人工放射性核種による内部被曝の恐ろしさは、その毒性をまだあらゆる生物が認識できずに、「同化」してしまうことです。 これに対して、自然放射性核種は、異化作用で無毒化するか、同化せずに排出されます。この大きな違いを誤って私達が認識することによって、原子力ムラの“専門家”達によって、嘘の真実を洗脳され続けています。 彼等は言います。「人間は自然放射能を年間○○シーベルト浴びていますから、ここに人工放射能が○○シーベルト加わってもあまり影響に差は出ません」とか、「体内には、○○ベクレルの自然放射性物質のカリウムが存在しているので、ここにセシウムが加わっても大丈夫です」と。 全部、嘘です。 自分達に責任が及ばないように、そして原子力ムラから目をつめられないように、虚偽を吹聴し続けています。断じて、異化作用できる人工放射性核種など現段階では存在しないという事です。 フェイスブックページ「パワーか、フォースか」“イントロダクション(4)”を更新しました。フェイスブックページ「パワーか、フォースか」に“いいね”をお願いします。 上記は、9/20にフェイスブックのウォールにアップしたものです。
ニッポンブログ村倫理道徳部門でランキング中です。
ご協力お願いいたします。
|
|
「科学教」という宗教に洗脳された日本人や、人類が危機に瀕するのは、当然です。
科学とは、「科学は芸術の道具に過ぎない」という事を、日本人や、人類は思い出さねばなりません。“原発を安全に運転するのは可能で、使用済み核燃料は近い将来、人類の叡智で解決策は、必ず生まれる”という幻想を市民が持つ事。それが、自らを滅ぼす元凶であると気付きましょう。 何故ならば、「科学は芸術の道具に過ぎない」という、科学の危うい“真実”を忘れている事にあります。まさに市民が専門家達の「裸の王様」状態 を指摘できないのは、「科学は万能」であるという ―現代社会の人々に対する洗脳― を、日本人で言えば、文科省の教育によってなされているからです。
気付いた私達が、人々を“洗脳状態”から、解かねば、日本人や人類を放射能汚染から救う事は、不可能といえます。 さて、全ての分野の問題点を解決するため、その問題の根源を探れば、必ず、「人間とは何か」を問わなければ、何も解決できない事に気付くでしょう。そして、一部の先進的な思想家達が踏み込んだ「宗教哲学と政治理論」の先にあるもの・・・・・。 それは、「意識そのもの」の本性の研究であり探求でした。しかし現実には、ニュートン物理学のように、全てを図表化する事が不可能な「意識そのもの」の探求や研究は、たちまち高い壁に阻まれ、立ち止まってしまいます。 精神医学の世界でさえも、多くの臨床家達は「科学的」ではない意識の問題からは、遠いとところにあり、1950年代における「精神薬理学」の飛躍的な発展をもたらします。 何故このような事態に陥るのか、それはニュートン物理学的視点を超えた、新しい視点の枠組み(パラダイム)が全く科学の世界には、存在しなかった事があげられます。 アメリカの高名な精神科医であるホーキンズ博士は、医学の世界での原点回帰を提案しています。それは「医学は芸術であり、科学は芸術の単なる道具にすぎないことを忘れていました」というものです。 「科学は芸術の道具に過ぎない!!!」この痛烈な一撃に、私もノックアウトされました。科学という視点そのものが、自然現象、事象のほんの一部を切り取っているという原点を見失っていた現代社会の病理が、ここにあります。 その一部分を切り取った科学が決して万能ではない事、 ―「原子/分子」を破壊して制御すること― は、そのものが、すでにニュートン物理学の領域を超えています。 よって、ニュートン物理学の分野を越える現象の制御を、ニュートン物理学的発想で、様々な物質で制御を試み事など不可能な事に、ひとりでも多くの人に気付いて欲しいと願っています。 スーパーコンピューターの登場によって、高度な理論物理学や非線形力学と、それぞれに対応する高等数学の発展によって、初めてニュートン物理学の限界を理解可能となった今日です。まだその分野はヨチヨチ歩きしている状態です。 その高度な理論物理学や、非線形力学を制御する方法など、何ひとつありません。 その事実を、ひとりでも多くの人に知っていただき、欲望とプライドによって、制御不可能なままで原発を作ったり、運転を続けるという暴挙を、いまだに続けようとしている人類の愚かに気付きましょう。 そして声を上げましょう。 フェイスブックページ「パワーか、フォースか」“1章 知識の重要な進歩(2)”を更新しました。フェイスブックページ「パワーか、フォースか」に“いいね”をお願いします。 https://www.facebook.com/Kuon.tetsugaku ニッポンブログ村倫理道徳部門でランキング中です。
ご協力お願いいたします。
|





