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明治初期には
時代の息吹に夢と理想をかけた
政治家たちがいました。
しかし、その後の政治家たちは
官僚化する一方で、
特に陸海軍の官僚化ははなはだしく、
国民のための陸軍ではなく、
陸軍軍人のために陸軍を守る必要性から
五一五事件や二二六事件などという
事件が発生しました。
これらの
言語道断な事件を
起こしたにも係らず、
その責任は一部の実行者のみに押し付け、
陸軍の上層部は、
ますます国民を守る意識から
乖離し、国民もまたその陸軍に
乗せられてしまったのです。
御前会議も戦争ありきの茶番でした。
英米との戦争に突入していく有様を
御前会議において繰り広げられた議論では、
戦争不可避な数字を天皇陛下に説明しています。
この数字を、でっち上げた張本人へのインタビューをした
東京都副知事の猪瀬直樹氏の著作に
詳しく触れられています。
また、海軍は週七日間にわたって
休みもなく猛訓練をした
砲術部門の職を守るために、
航空母艦の必要性を認めながら
「大和」「武蔵」という
戦艦建造を行うという
これまた国民を守る意識の欠如であり、
官僚的自己防衛本能の
最悪の道筋をたどってゆくのです。
英米海軍がレーダーの装備ができる前の
開戦後約半年の間は、
日本海軍の
神がかり的な砲術技術によって
米海軍を叩きのめしましたが、
連合軍艦艇がレーダー装着後は、
日本海軍の優位性は
まったく無くなったのでした。
ましてや日米の工業力の差は歴然でした。
見る見るうちに戦力の優劣は
逆転してゆき、
日本の陸海軍は滅亡しました。
このように明治以降の日本の教育システムが
官僚育成に力を注ぎ、
国民を300万人も殺す戦争に導いたのです。
戦後もその官僚システムは
変わったようには見えません。
中山氏の「日教組が教育をおかしくした」
などと言うのは、
事実無根であることは明らかです。
今日本に必要な教育改革は2点あると思います。
ひとつは、自分達の社会を守るために教育が存在し、
「子どもへの教育は国民全員に責任がある」
というコンセンサスを作ることです。
ふたつ目は、官僚を導くことが出来る
リーダーとしてのゼネラリストを育成するための
教育システム構築が急務ではないでしょうか。
続く・・・・・。
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