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君は言葉がほしかったんだ。
君を安心させてくれる言葉が。
つまり、安心がほしかったんだ。
そうか、そうか・・・。
言葉は重要・・・だろうね。
でも、思うんだけど、
安心がほしいから言葉がほしいって、
なんか納得できないなぁ。
そりゃね、言葉が使用される場面によって、
安心がもたらされる場合はあるよね。
そして、そんなときの言葉は、ものすごく「重要」だろうね。
たとえば・・・
事故からの無事の言葉に安心する。
旅からの無事の言葉に安心する。
愛をささやく恋人の言葉に安心する。
浮気の否定の言葉(笑)に安心する。
・・・もちろん、安心だけじゃない。
安堵感だけじゃなく、幸福感までも、もたらしてくれるよね。
でもねぇ、
学問の方法についての違い。
歴史認識の違い。
宗教観の違い。
異性の好みの違い。
車の好みの違い。
料理の好みの違い。
好きな作家の違い。
好きな野球選手の違い。
・・・つまり、世界の見え方の違い。
こんなコトどもの違いについて語られた言葉に、
いちいち頭くること、ないだろ?
いちいち「キズつく」ことはないだろ?
仮にオレが、「西から太陽が上るんだ!」
と言っても、
チャンチャラおかしいだけだろ?
笑って済ませることばかりなんだよ、
こんなコトどもの違いなんて。
そんな、「世界認識の違い」なんて。
そこで使われてる言葉に、
“安心”なんか求めるものじゃないだろ?
・・・そして、そんなものは、
『生』にとっては、
ちっぽけなものでしかないはずなんだよ!
そんなちっぽけなものに“飲まれる”なんて、
馬鹿らしいだろ?
これだから、言葉は、“めんどくせー”、
だから、ずっと、そう「言ってきた」だろ・・・?
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彼が求めていたのは"遊び相手"としての「敵」だったんじゃないかなと思います。笑って済ませるようなどうでもいいことで真剣に遊びたかったんじゃないかなぁ、と。
2007/2/22(木) 午後 8:16
誰の趣味の世界観であろうと、それと真剣に向き合うには、ブログであるがゆえの限界はあるでしょう。ブログの限界・・・いろいろありますが・・・また、ひょっこり、戻ってきてもらえると、うれしいですけど。
2007/2/23(金) 午前 5:10
偶然ですが、今日私がUpした記事↑このことと、真逆のこと語っています。(^m^)「言葉」のもつイメージや意味ではなく、音そのものが重要っていうおもしろい理論で。こういうのも、間があうっていうかしら?(笑)☆
2007/3/2(金) 午後 11:58 [ - ]
言葉は「音」だ、ということを私も記事で書いたことありますよ。そもそも、私たちが出会う最初の他者は「音」といえるのではないでしょうか。母胎で聴いていた心拍音、「外」の会話や音楽など。「音」は言葉のある意味本質の土台に位置している、そういえるだろうなぁとの感想は、構造主義の本から学んだことではないのですが、無意識との関係ですか、とても「音」は重要だと思います。
2007/3/4(日) 午後 5:58