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悩んだことなんかないね。というか、悩むって、何?
苦悩、くのう、クノウ。・・・Do you know what it is ?
もしかして、あの、「胸騒ぎ」のこと?
だったら、ありますよ、たくさん。
そんなときの解決法の一つは、教会に行くこと。
「キリシタン」ではないが、なんか落ち着く。
静謐な感じがとってもgood。
説教なんか、失礼だが、どうでも良い。
物知りの説教を拝聴するより、「場」が、“症状”をやわらげてくれる。
・・・そして、「彼女」は、そこに通っている。
「彼女」のことは、何も知らない。会話もめったにしない。
挨拶をする程度。
「彼女」はどちらかといえば、気さくな性格、だと思う。
誰に対しても、いつでも陽気さを保って、笑顔を振りまいている。
熱心な信者ではないだろう。立ち振る舞いでそれを見て取れる。
だが、「祈り」のとき、“何か”が「彼女」に舞い降りる。
この瞬間を、見逃してはならない!
・・・祈りのために組まれた華奢な両手の、透き通るような白さ。
・・・静かに前方に傾けられた横顔、仄かな赤みを帯びた頬、唇。
・・・落ちてきた長い髪を直すしぐさ、そのときにほんの一瞬あらわれるうなじの艶やかさ。
この「エロさ」(笑)は、ただものじゃない!
「切り取ってほしい」と訴えかける“神聖な美”、
そして、こちらに、その保存を要求するのだ!
そして、“想像力”が勝手に、この記憶に色付けをはじめる。
ステンドグラスが黒一色に変わり、
白い壁は光による演出を絶たれ、
すべての灯が、そして、人が消え去り、
薄暗くなった教会内でただ一人「彼女」だけが、
“視線”というスポットライトに照らされ、「場」と一体化し、
そして、同じ仕草を繰り返すのだ、
“神聖な美”を、ひたすら反復して見せるのだ!
思うに、大げさではない、「ほどほどの信仰心」が、
彼女に“それ”を与えているんじゃないだろうか。
もともと美しい“女体”をいっそう輝かせる、“それ”。
さりげない信仰心、または、趣味としての、
あるいは、ルーティンワークとして、
もちろん、「場」の力の助けも借りて発現する“それ”。
こうして語られる、脳裏に焼き付けられた「美」が、
また、あのどうしようもない「胸騒ぎ」を引き起こす。
そして、“邪推”も、頭をもたげてくるのだ。
・・・この”効果“を、おそらく、「彼女」は知っているんじゃないか?
「彼女」は確信犯ではないのか?
これは、あの「凡庸な女たち」の“手法”と、まったく同じじゃないのか?
ということは、あのさりげなさは、意図的なのか?
ということは、これは、罠じゃないのか?
実際、「彼女」の“思惑通り”、こちらは、“美”との格闘を余儀なくされている!
そして、また、「あそこ」へ行かなくてはならないじゃないか、
「胸騒ぎ」を手土産に。
・・・そういうことだ。
むしろ、「凡庸」なのは、似たようなやりかたで毎回やられてしまう、オレの方なのだろう・・・?
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『美しいヒト』ってだれでも確信犯なのではないかと思います(笑)↑この記事を読んで、「狭き門」のアリサを想い出してしまいました。diceさまにも恋の季節が到来ですかぁ!?(^^)☆
2007/3/11(日) 午後 7:27 [ - ]
確信犯ですか、『美しい』朧月夜さんの仰ることですから間違いないのでしょう^^残念ながらジイドは読んだことありません。朧月夜さんはいろんな本を読んでるんですね。恋ではないですね。美しいもの見たさ、ですね(笑)。
2007/3/11(日) 午後 11:04
お!またタイトル変えましたね。
2007/3/12(月) 午前 4:39 [ nagata ]
ryuuzeiさん、タイトルは変わってないんですが、背景は変えました。ところで、「What do you know it is ?」のほうが良いのか、ちょっと英語の知識が危うくなってきてます^^;
2007/3/12(月) 午後 11:54