Midnight◆Rambler

放置中につき大変ご迷惑・・・かけてませんねw

おむにばす

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決意!

【反省】

私は「市民社会は他者性が欠如していく社会だ」と、安易にも述べてしまった。
むしろ、市民社会は、他者性に立脚した社会である。
契約すべき「他人」が必要である、というのもあるが、
そもそも言語こそが「他者」に他ならないからだ。
ゆえに、「超越性が欠如していく社会」と訂正させてもらう。
・・・ちっとも面白くないけどね^^。
実は、「他者」と言ってる限り、「私」が認識の始点であるのを認めてしまうのだ。
自-他として捉える限り、「私主義者」の正当性を補完する役割を果たすことになってしまう。
・・・反省します。。。



【苦言(っぽい)】

・・・世界は「私」の主観の世界である、ゆえに、「私」の死とともに世界は消滅する・・・

<私>に関する“高尚な”議論はこれが結論ではないのだが、
解釈する側の多くはここで終えてしまっている。
「真」なる思想としてこれを受け入れると、
たとえば、ある人は「生きている間に好きなことをしよう」、と考えるだろう。
こんな無邪気さに止まらず、
「世界の中心は俺だ」、と叫ぶかもしれない。
あるいは、「あなたは私の主観がなければ“存在”しない」、と解釈を広げるかもしれない。

どんな発言になるにせよ、
いわゆる、もともと「前向き」に「向上心」持って「自己実現」に励むタイプは、
この言葉にたいした意味を見出さないだろう。
それは、彼の血肉化された認識をなんら否定せず
これをほんの少しだけ「言語化」したものに過ぎないから。
もちろん、共鳴するのはいうまでもない。
彼はいわゆる「本物の私主義者」である。
・・・ただし、別に彼らを誉めているわけではない。
言わずもがな「生」における一形態に過ぎない。

むしろ問題なのは(見苦しい、という意味で)、
“まさに”この思想を受けて「プチ独我論」に陥っていくタイプ、といえるだろうか。
「他人のことは知ったことではない」と言い放ち、
あるいは、「私の死んだ後の事など関係ない」と言い放つタイプ。

また、たかだか言語的な「真理」とされたものによって、
自らの生における価値判断まで、モロにそれに影響を受けるタイプ。
常に言葉に縋り生きている、自らの生に自ら行動指針を与えられないタイプ。
(下らんことでいちいち「キズついたw」なんてわめくな、いい年こいて・・・なんてね^^)

言葉がある意味「鎖」になっている。
彼らは、一生この「鎖」につながれていないと、生きていけないのだろうか。
ゆえに、為政者は彼らにさまざまな「ガス抜き」を与える。
この世の春の永遠性を吹聴し「夢」を与え続ける。

・・ほんと言葉は“ウザい”。
頭に渦巻く「言葉」たち皆消え去ってほしい、とすら思う。
だが、忘却の中に「至高なるもの」を求めても無駄だろう、と思う。

・・・ゆえに、私は、言語的な構築物を解体し続けるしかないだろう、と思うのであります(^^)

omunibasu

オムニバス



【語彙】

この前は漢字が書けなくて、えらく恥ずかしい思いをした。実際に紙に書かないと忘れやすくなるという話はよく聞いていたが、あんな簡単なやつがなぜすぐに出てこなかったのだろう、やはり理由はそこにあるのだろうか。これからは手書き用のメモ帳を頻繁に使っていこうと思う。 ・・・語彙にしたって、ピーク時の10分の1くらいの量になってると思う、たぶん。



【哲学と市民社会】

「哲学」は市民社会にとってまったくの無害である。
多くの「哲学」の使徒たちが市民社会的生に飲み込まれてしまう一因として、精神の自由に偏りすぎている面を挙げることができる。
彼らにとってのこの自由は市民社会が大いに認めるところであるし、彼らの“思想”に対し市民社会が「市民権」の授与を躊躇する理由は何もない。
もちろん哲学の使徒たちだけではない。
精神の自由を謳歌しているうちは(もちろん私はこれに対し“縋りついている”という表現を与える)、彼らと市民社会との蜜月関係は継続されることになる。
精神の自由を謳歌しているうちは、市民社会の原動力である人間中心主義から一歩も抜け出すことはできない。

「生」に言及せざるを得ない存在者は、精神はもとより肉体=経験を軽視することは断じてしない。
それは、二項対立的に精神と肉体を語るためではなく、
もともと分かちがたい『一なるもの』という“声なき”認識が言語的認識に先立って“ある”のを素直に認めているからである。

とはいっても、今後も「二つに分割せよ」、この執拗な誘惑は耳元で囁き続けられるだろうと思われるのであるが。

おむにばす

                     オムニバス




【自殺】

観念における“美”としての把握が初発にあり、
そして、ありとあらゆるそれらの中で
最高の価値付けがこれに対してなされていること。

ゆえにこれの実践はニヒリズムとしての最高表現といえる。

また、“最高の価値”はムーンサルトにおいて
これと等価交換しうる別の価値が必要となる。

“魂”の永遠性、彼岸の「存在」、あるいは「名誉」がこれにあたる。

本質としては「生」と「死」との交換であるが
上記「観念の構築物」に取って代わられている。

「言語」や「貨幣」のもつ交換可能性との類似性が見て取れる。

ゆえに、断じて極論ではなく、
交換が人間社会成立の根幹にすえられている以上、
自殺は否応なく現象せざるを得ない。

抵抗・・・「生」に対し、観念の構築物を介入させないために
無用な価値付けをこれに施さないこと。

つまり、「生きることはすばらしい」=「死ぬことはすばらしい」
この等価交換の“術中”に『はまらないこと』

・・・どだい無理な相談である。




【ひと】

・・・頽落しつつ開示されかつ投げ出されつつ投げ返す世界内存在・・・

常に、「ひと」は、無の不安にさらされている。

オムニバス

                   オムニバス



【悪魔と少女】

「悪魔と少女」(仮題)という題名の小説書いています。もちろん、ブログには載せません。笑




【「私」】

「私」が神秘的なのは、当たり前の話だ。なぜなら、もともと「私」など“なかった”のだから。「私」という『経験』が、ただあるのみなのだ。




【市民社会】

「言葉」に十全の信頼を置こう! 「数」に酔いしれよう! 「貨幣」を愛し続けよう! みんなで「市民社会的“生”」を謳歌しよう!(爆!)

・・・なんか“やばい”ことになっている。
充実感を通り越して、幸福感までもが立ち上ってきている。
これは、かなり危険だ。
今まで生きてきて、こんな感じ、初めての経験だ。
体がまだ、落ち着いていない。
この体が、なかなか落ち着かないのだ。
言うことを聞かないのだ。
「私」は体の“主”なんかになってやしなかったのだ、
・・・たぶん、このまま、ずっと、なれないんじゃないか?




【エロサイト】

エロサイトの人集めの方法に興味がある。おそらく、マニュアルがあるのだろう。人集め方法に関しては仕事にすこし関係あるので、その考察結果については、詳しく述べる事はできない・・・爆




【原意味】

他人のみならず、他者すべてが、「原意味」だと思う。




・・・年内、あと2回くらいは記事アップしたいと考えております。

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