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旅、乗り物、漫画、料理、酒、 イロイロです。

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ネットで、青森口、6時台にEF81の貨物あるとのことで、2つ隣の津軽新城駅へ。
 
感じの良い、古い駅舎がまだ使われています。無人駅ではない様子。
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ほんとうは、もう一つ隣の鶴ヶ坂に行こうと思っていたのですが、古いモルタルの駅舎がもう無いみたいなおでこちらに。線路と国道のに挟まれた、ちょっと気に入っていた建物でしたが残念です。
津軽新城、正面はこんな感じ。自動販売機が多め、ちょっといただけないかな・・・・
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下りの701系、3連。
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列車番号分かりませんが、上り貨物来ました〜。 EF81123号機牽引。
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大館行きに乗車。大鰐温泉、弘南電鉄の電車が止まっています。元東急7000系。北の地で頑張っています。
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奥羽線の有名撮影地、橋梁の名前忘れました。当初ここで”あけぼの”を撮って、十和田南辺りで友人に拾ってもらおうと思っていたのですが。待ち合わせが盛岡になり、このまま大館へ。
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かつてここでとった涼しい写真です。12系急行”津軽” フィルムの状態が良くありません。1981年4月。
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大館にて、”あけぼの”到着〜。EF81ですが、やっぱり機関車の色は交流レッドが似合いますね〜。機関車が長くなった分、重厚さが増しています。EF81136号機牽引。
今までの寝台特急のなかで、このヘッドマークが一番好きですね〜。
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”あけぼの”、年内にHOの模型が機関車も含めて出るとのこと・・・悩ましいです・・・・・
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すぐの待ち合わせで花輪線へ。31年ぶりです。
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ちょいと、東北へ。

一月程前、ここのところ毎年恒例になった、東京からの友人がやって来ました。
ちょいと出迎えに青森辺りに出向きます。
 
急ぎ乗車した”はまなす”、ひさしぶりです。
かなり混んでいて、指定も取れず、スハフ14の自由席に。ほぼ満席でした。
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”のびのびカーペット”、いつになったら乗車できるのでしょうか・・・
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函館を過ぎ、夜が明けてきました。
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青函トンネルをぬけ、蟹田駅にて。
面白いサボです。はたして、通しで乗る人はいるのでしょうか?
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青森到着。ED7918号機牽引でした。
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車検中だったスハネフ14が出場し、電源代用のスハフ14連結も見られなくなりました。
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さすがに、連絡船乗り場側の跨線橋は無くなっていました。今は南側だけ。そこよりE751系”つがる”を見送ります。
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機廻し線を通り先ほどのED7918号機がやって来ました。
パンタがシングルアームです。たたんである方は霜取り用。オリジナルの型です。
”はまなす”のヘッドマーク、いつも気になります。曲がっているように見えますがこれが正解?
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東北新幹線が全通したため、”青い森鉄道”の701系も見られるようになりました。
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青森からの乗り継ぎはJRの701系、初の乗車です。
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1978年8月、乗換えで降りた山陰本線江津駅で、初めてDF50にお目にかかりました。
DF50507米、
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当時、山陰のDF50淘汰のためDD51が増備され4月の時点で、配置は4台だったと思います。
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ワフ+ワム+ワフ、3台の短い貨物を引っ張って江の川鉄橋に向かいます。
山陰旅行中に動いているのを見たのはこの一度限りでした。
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何を気に行ったのか、翌年の紀勢線、翌翌年の四国と、DFの追っかけの始まりです。  
 
江津では三江線へ乗り換えです。浜田の10系気動車が運用していました。
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とても暑い日だと記憶しています。三江線の列車の後ろドアが開けっ放しでした。
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ゆったりとした流れを見せてくれる江の川。山陰で一番大きな川です。
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この川がとても気に入り、十数年後、自転車に乗っての再訪と成りました。
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また訪れたいですね〜〜。

1980年、名松線の旅。

N市のTさんの、”名松線の旅”http://banoyarou.exblog.jp/11720438/ にコラボさせていただきます
 
1980年夏、四国からの帰り道、名松線にちょっと寄り道です。
 
家城駅、対向の松阪行き、乗った列車と同じ、キハ30と55の編成です。
当時、名松線は特定地方交通線第2次廃止対象線に選ばれ、風前の灯でした。
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家城駅よりだんだん山深くなっていきました。
伊勢鎌倉駅、車掌が集札中です。
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伊勢八知駅、このころはまだ通票閉塞だったのでしょう。駅員のいる駅が多かったです。
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終点、伊勢奥津駅到着。
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ここまで運んできてくれた車両。
キハ307、天イセ、後々関東鉄道で活躍しました。関西では前面補強車は珍しいかも?
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乗っていたのはこちら。
キハ55248 天イセ。名松線は勾配がきつそうです。
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構内を見わたすと、終点なのに2面3線のホーム、N市のTさんの記事にも出てきた給水塔があります。ピットも健在です。貨物側線は撤去されています。
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奥、行き止まりには軌道自転車小屋? 引込み線のあった場所にはなにか植樹されています。
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駅正面。字が右読みです。
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駅前はこんな感じ。
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この後市街散策、ちょっと続きます。

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翌日の朝食です。久しぶりに良く寝たので食事も進みます。
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宿を出る直前になって、部屋の下に見える”湯船”+”バラック”が気になりました。
最初、沈殿槽か何かと思っていたのですが、横の小屋に脱衣籠が見え、風呂として使用しているようです。
記憶をたどるとひょっとして”昔の露天風呂”!?、形も似ているし位置もあってる気がします。
宿の女将に聞いてみると、”改修して小さくなっていますが昔の風呂です”とのこと、そのとおりでした。
もう出発です。入っている時間がありません。またくるぞ〜!
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今日も良い天気、羊諦山もちょっと雲がかかっていますが良く見えます。
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南には頂上部分がとんがった昆布岳。
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長万部着、友人はこのまま函館からフェリーに乗り帰京、ここでお別れ、私は列車で札幌へ帰ります。
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”スーパー北斗7号”到着、これに乗ろうと思いましたが、とても天気が良いので”山線”経由で、
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1219発、小樽行2937D、
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キハ40 1818とキハ150 12の二両編成です。
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キハ40に乗車、窓を開けて”スーパー北斗”を見送ります。
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蕨岱駅、車掌車駅舎、駅前はかなり寂しくなっています。
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上目名駅跡、通過。
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比羅夫駅、交換設備はなくなりましたが駅舎は昔のままです。宿として使われているようです。
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稲穂峠を登ります。最近ご無沙汰していた窓を開けての乗車、気分は最高です!
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小樽駅到着、長万部から約3時間の”山線”の旅でした。
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ここから乗り継ぎ、仕事場への復帰となりました・・・・やれやれ・・・。

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