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文政年間(1818〜29)に編纂を命じたが、未完成のままで昭和になってから出版された 「長崎名勝図絵」に、『傍に芭蕉翁の歳旦塚あり』の記述で、現在の長崎市西山本町 (にしやまほんまち)にあった崇福寺末庵祇樹林の句碑が紹介されている: 長崎の 歳旦貰ふ 歳暮哉 (ながさきの さいたんもらう せいぼかな) 「年の暮に、長崎から新年の祝賀品が届いた」という意味。 芭蕉が生きているころ、旧暦の歳旦(元旦)にマエストロと門人(伊語のアッリエーヴォ:弟子) があつまって句会を(夜通しで?)ひらくのが年初の行事だが、この句が詠まれた記録はない。 そもそも、「歳旦」とか「歳暮」なんて言葉を芭蕉は句のなかに使わなかった。変な話だ。 ↑「長崎町人誌 第五巻」長崎文献社、2002年。 PS: この句碑は現在個人宅の庭にあるので、写真は撮らなかった。 ちなみに、今年の旧暦元旦は2月18日。「長崎ランタンフェスティバル」が始まる。
札幌の「雪まつり」も旧暦元旦に開催だと思っていたが、違ったいたようだ? |
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そういう不思議な話もあるんですね。句の中に使う言葉とそうでない言葉があるというのも興味深いです☆ 好みってありますけど。
2007/1/4(木) 午前 0:43 [ ona*aie* ]
daiちゃん>本当に変な話です。「〜鑑定」してもらいたいですね♪
2007/1/4(木) 午前 1:07
個人のお家に句碑があるのは、どうしてですか?
2007/1/4(木) 午前 4:50
ベッサちゃん>祇樹林は明治にはいってから廃庵になりました。その後、土地が個人所有になったものと思われ・・。巨大な自然石に刻まれていて、芭蕉が詠んだことが疑わしければ、わざわざ移動しなかったと考えられます。
2007/1/4(木) 午前 9:12