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この時期は、これからも毎年震災のことを考えるんだろうと思う。
振り返ったり、浸ったり、問いかけたり。
家も家族もお金も未来も失っていないわたしは、
一体どれほど幸福で、希望に溢れているか。
繰り返し考えさせられるんだと思う。
わたしにそんな幸福を教えるために、大地震は起きたわけじゃない。
分かってる。
震災は被災者の方々から多くの幸福を奪った。
でも、
わたしにとっては、かけがえのない生活を実感し、
感謝する日こそが、3.11という日のリアルな位置づけなんだと思う。
あんな惨い災害から、
この程度の教訓。
安直な脳みそと心だと、自分で絶望する。
世界の仕組みを変えられる方法を発明したり、
今すぐ飛んでいって、被災地で出来うることを全て実行したり、
大金を寄付したり、
どれも出来ない。
今後も出来そうもない。
あんな災害が起きても、わたしはわたしのまま。
日々の生活に感謝するだなんて、
そんなの、震災が起こる前からしていろよって、本気で思う。
何をぼーーっと生きていたのだ。
当たり前の事が、当たり前に出来ないわたしは小さい。
あまりに小さい。
何の役にも立てない。
ただ、命がある限り、
日常に感謝しなくてはと、当たり前の事だと知りながら、自分に唱えていく。
当たり前の事に気付いていなかった自分から、
当たり前の事をしようと思う自分に変わっていく。
毎年、この時期にそれを再確認する。
これが、役立たずのわたしの自己中心的な教訓なのだ。
日本を、世界を、地球を変えたいけど、
一番変えたいのは、自分自身なのだ。
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***さん
読みましたよ。
迷惑じゃないです^^
2012/3/22(木) 午前 1:36