踊り場でティータイム

河惣益巳先生作「ツーリング・エクスプレス」の私設ファンサイトです。二次創作小説等を掲載しています。

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「わ…きれい!」
「ブロッコリーとカリフラワーと人参のムースの上に、ゼリーで寄せたスモークサーモンを載せております」
給仕から前菜を供されたシャルルが“ありがとうございます”と応じて、カトラリーを手にした時。
「そう言えば…」
シャルルは思い出したように言った。
「今日はさっきお話したことで頭がいっぱいで、ホワイエでも半分上の空だったんです。挨拶や握手は笑顔でしたつもりですけど、皆さんに悪いことをしちゃったかな」
シャルルの今更ながらの聴衆への気遣いに、ディーンは意地の悪い笑みを浮かべながらこう言った。
「その分じゃ、俺達の演奏も上の空だったな?」
「すみません!」
シャルルはカトラリーを置き、頭を下げた。
「本当は何もかも忘れて音楽に没頭したかったんです。でもどうしても友人の言葉が頭から離れなくて…」
シャルルは申し訳なさそうにディーンを見たが、ディーンの表情は穏やかだった。
「気にするな。そんな状態でも演奏会に来ようと思ったんだ。例え上の空だったとしても、おまえのどこかに少しでも俺達の音楽が残っていればそれでいい」
「ムッシュウ…」
「ピアノ協奏曲はどうだった?少しは耳に残っているだろう?」
「はい。素晴らしい演奏だったと思います。聴衆を惹き付ける力があると思いました。ベテランの力ですね」
「そうだな。何度か共演しているピアニストなのでお互いやり易いし、それだけでもどこかに余裕が生まれるんだろう」
「あれくらい自分の個性を出せればいいですよね」
「確かにな。得るものがあったか?」
「そうですね。多分あったと思います」
「だが、同じように弾きたいとは思わない。違うか?」
「!」
シャルルは驚いた。
「…どうして分かるんですか?」
ディーンはニヤッと笑い、シャルルに食べるように促した。
シャルルが再びカトラリーを手にすると、ディーンはワインの入ったグラスを片手にサラリと言った。
「おまえとは全くタイプが違うピアニストだからな。おまえが弾いたら別の音楽が生まれただろう」
まるでシャルルが演奏したらどうなるかを知っているような口ぶりに、シャルルは頬を染めた。一度だけの共演だったが、ディーンはシャルルの音楽を分かってくれているのだと思うと嬉しかった。
「おまえだったら冒頭はどう弾く?」
ピアノの独奏で始まるベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。聴いたばかりのその曲には、シャルルはまだ正式に取り組んだことはない。だが演奏を聴きながら、頭の中で様々な構想が浮かんだのは確かだった。
「そうですね。僕だったらもう少し柔らかく、詩的に表現したいと思います。あそこで全てが決まるくらい大切な冒頭だと思うので」
「ピアノから入るというのは難しいぞ」
「ええ。でも挑戦し甲斐があります」
演奏に関して、既に前向きな笑顔を見せるシャルルに、ディーンは満足そうに頷いた。
その後ふたりは楽曲の構造や演奏方法について語り合い、メインディッシュが終わる頃には次の演奏会の話題で盛り上がっていた。
「次は僕、絶対集中して聴きます」
シャルルが力を込めて言うと、ディーンは笑ってグラスを傾けた。
「ニューイヤーコンサートは新年を祝って楽しむためのものだ。そんなに気負って聞くものじゃない。だが…ボーヤがそう言ってくれるなら演奏のし甲斐があるな」
「新年早々アストレの演奏が生で聴けるなんて、幸せです。それにムッシュウのソロが聴けるんですから、本当に楽しみです」
「“タイス”は俺もピアノ伴奏でしか弾いたことが無くてな。オケをバックに演奏するのは初めてだから、どんな風になるのか今から期待している」
ディーンは微笑んだままグラスを空にし、すっかり元気を取り戻したシャルルを見ながら、運ばれてきたデザートに目を輝かせる姿に再び笑った。
何もかもが心地好い…ディーンは口に出しては言わなかったが、そう思った。
その後、自分のデザートを今夜もシャルルに提供すると、ディーンは最後に運ばれてきた熱いコーヒーを一口飲んだ。シャルルはと言えば、デザートに舌鼓を打ちながら、自身のコーヒーにたっぷり砂糖を入れている。
思わず喉の奥で笑ったディーンに、シャルルがカップをかき回していたスプーンを止めた。
「何ですか?」
「いや。相変わらず甘党だと思ってな」
シャルルは薄っすらと頬を染めた。
「甘いものは疲れに効くって言いますよ?」
「俺にはこっちの方が効果があるが」
ディーンはほとんどひとりで空けてしまったワインの瓶に視線を送り、今度はシャルルがクスクス笑った。
「ムッシュウだって相変わらずですよ」
「そうか?」
「はい。僕が甘いものを好きなように、ムッシュウはアルコールが好きってだけで、根本は同じです」
「そうか。同じか」
大きく頷いたシャルルは、カップにそっと口を付けた。
「美味しい♡」
満足そうなその姿が微笑ましく、ディーンはゆっくりとコーヒーを味わった。
そして先にカップを空にしたディーンは、シャルルがデザートの皿に集中している間に給仕係にジェスチャーで会計を頼んだ。
「あっ」
伝票を持ってきた給仕係にシャルルが気づいた時には、ディーンはクレジットカードを手渡していた。
折半するつもりだったシャルルはレストランを出た後、ディーンに“おいくらですか?”と尋ねたものの、機嫌よさそうにタバコをくゆらせるディーンに“気にするな”と言われてしまったのだった。


続く

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