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水元弾薬庫 函館山を旧登山口から入山して、途中の分岐点を左方向に進めば「水元谷」に達する。 函館要塞時代、水元谷周辺は後方支援を目的とした施設が多く存在した。水元の名のとうり水は豊富であったようである。従って貯水池は無論のこと、監守衛舎や火薬庫、火具庫、弾薬庫等が建設されたのである。画像は水元谷にある山小屋である。 冬の山小屋 1 冬の山小屋 2 この位置からなら掩蔽部が確認できるであろう。このルートは大勢の人が通るのだが、この掩蔽部を 知らず通りすぎるのである。ただ振り返るだけでは確認はできない。 小屋周辺 掩蔽部 内部階段だが、土や枯葉の層があり、冬場は足元が滑る。また、この掩蔽部はひび割れが多く見られる。早急に補修してもらいたいものだ。 掩蔽部正面、アーチ型の屋根のひび割れは深刻である。その原因として木や根の侵食が大きい。 木根の侵食によるひび割れ。 これが非公開施設の現状である。 内部に残る謎の穴。 謎を解明するのは簡単である。 水元谷の水を有効に生かし、この下に水の流れをつくり夏の暑さから弾薬を守るのである。 故にこの掩蔽部の正体は「第一水蓄弾薬庫」だったと断言できるのである。 |

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ヘエ〜!裏へ回るとこんな貴重な施設があったんですね。
時々、森の手入れ小屋はデッキを使わせて頂いてましたが・・・。
ありがとうございます。勉強になりました。
2008/1/12(土) 午後 4:28
kamaka_ryuさん、こんばんは。 御殿場山第一砲台や千畳敷砲台のように、なにかの建物があれば近くに要塞施設がある場合が多いです。
地盤、あるいは基礎がしっかりしているのでしょうね。 奥行き約8メートル。中には昭和期のものと思われるドラム缶があります。
だいぶ錆びてますが。
2008/1/12(土) 午後 5:33
ご説明を拝見して、そのような施設が・・・と思いますと
当時の時代背景がいまさらに想起されます。
2008/1/12(土) 午後 7:39 [ yuk**ri1432 ]
ゆっくりさん。ご訪問ありがとう御座います。 函館山は日露戦争を鑑み、要塞の山となりました。大小77ケ所の要塞施設があります。
2008/1/12(土) 午後 8:39
今度、silverfoxさんの、情報をもとに函館山の要塞施設を探索してみたくなりました。
これまで、なんかの跡だな〜位にしか見ていませんでした。
2008/1/13(日) 午前 11:04 [ バタフライ ]
butterfly65jpさん、こんにちは。 情報は惜しみなく提供します。
また、要塞に限らず要塞の名残も見て下さい。 いつ取り壊されても悔いのないように。
2008/1/13(日) 午後 3:15