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千畳敷砲台その1 千畳敷砲台は函館山に残る要塞跡でもっとも規模が大きな要塞跡である。 また、千畳敷砲台に残る北側掩蔽部(弾廠)も単一のものでは1番規模が大きい。数年前までは掩蔽部に入ることも可能であったが今現在は鉄枠でふさがれている。装備は御殿山第二砲台同様28センチ榴弾砲6門を備えていた。ちなみに御殿山第一砲台に2門、計14門が函館要塞の主砲である。 画像は千畳敷砲台、北側にある掩蔽部と広場前ではあるが、その画像は紛失しているので外壁部分の画像を載せます。右端に見えるのが掩蔽部の入り口である。ごらんのとうり封鎖状態である。 それにしても外壁の石垣は見事である。1つの落下もない。また目地に目立った隙間もない。付け加えますと(明治44年の大正天皇が函館要塞視察の折に休憩された場所の1つでもある。 これより進むと画像の地下砲側庫があるのだが、ごらんのとうり中に入ることは出来ない。 中を覘いたことがあるが、枯れ葉ばかりではなくゴミまである。 要塞跡も野草や小動物と同じく、今は自然と同化している。是非マナーを守って見学して欲しいものだ! この地下砲側庫の右側に見える階段は 右観測所への連絡階段である。階段の現状は良好である。ここでも目地にどうしても目が釘ずけになってしまう。石垣や類似の建築物の場合、目地が痛みやすく、そこから雑草などが生え、建築物の土台を破壊してしまうのが常である。しかしここにはない。だからこそ傾きもなく安心して見学できるのである。目地の補修の可能性もあるが、それはそれで良いことである。 そして階段をあがれば右観測所が現われる。こちらは目地と大違いで雑草の生え放題である。 28センチ榴弾砲座跡のスペース この千畳敷砲台跡には「4連の棲息掩蔽部」が存在するが、函館要塞掩蔽部中もっとも米軍の破壊度が激しいと思われる。 この4連棲息掩間の通路は草木の生え放題であり、またジメジメしている。 この場所でマムシを見たことはないが、水がある場所にマムシが多くいるので注意を要する。 |

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ここは雑草に覆われつつも、大規模且つよい状態で残っていそうですね。
以前訪れた、三浦半島の観音崎灯台の周辺に残る砲台跡を思い出しました。
ここのレポはこれからも続くのでしょうか?だとしたら、続きを楽しみにしていますね。
2008/2/8(金) 午後 4:54 [ Kitaro ]
あつdesu様、この千畳敷砲台跡の画像も大部分が紛失しており、少ない画像の中から編集しております。続きは近日中に公開致します。
2008/2/8(金) 午後 5:57
懐かしい画像です。
子どもの頃、よく行き遊びました。
その頃は、なんの跡かも良く知らないままでした。
もっとも今でも、silverfoxさんのようの詳しいことはわかりませんが。
2008/2/8(金) 午後 7:32 [ バタフライ ]
天皇の事をよく知らないですけど、こういった施設の視察にも訪れている事に驚きました!
それにしても函館には多くのものが残っているんですね!昔ツーリングで行ったことがありますが、その時に興味があれば・・・
2008/2/8(金) 午後 9:07
butterfly65jp さん、同じですよ。小学校の遠足で見た戦斗司令所が印象的でした。あの頃は掩蔽壕を見ればすべて防空壕。その他の施設は全て砲台跡と思ってましたよ。
2008/2/8(金) 午後 9:41
ruinsriderさん、ツーリングでこの地に来られたことがあるのですね。興味も若い頃と、また歳を重ねることに変わりますからね。
色々興味を持つことは良いことです。
2008/2/8(金) 午後 9:45
家庭の事情でしばらく休んでいました。
今も徹底的に見つめておられるんですね。いつかは、きっと「こんなものが・・・」と驚嘆の眼差しが集中するかも知れませんね。
2008/2/9(土) 午後 4:36 [ yuk**ri1432 ]