なんだか函館

函館山に残る要塞跡や西部地区の町並み、その他地域の紹介ブログです。気軽に見て下さい。

全体表示

[ リスト ]

松前藩戸切地陣屋跡

箱館戦争縁の地、今回は北斗市にある松前戸切地陣屋である。
読みは(へきりち) そもそもこの陣屋は箱館戦争を意識して築いたわではない。当初の目的は1854年の箱館港開に端を発する!
 
徳川政権下(安政元年)アメリカ、イギリス、ロシアと和親条約を結ぶこととなる。その北方警備のため幕府は 前 軽 南部 
仙台 秋田 五藩に蝦夷地分担警備させ、防衛力の強化を図ったのである。松前藩は七飯浜より木古内までの警備を分担。松前藩にとっては、勝手知ったる道南の日本海側ということになる。
 
五稜郭と同様のオランダ式の築城法でつくられ、4稜の星型をしている。100〜150人の藩士が常駐していた。形式は稜堡式平城という。
稜堡とは即ち城塞の防御施設のことです
 
一つ付け加えるが、戸切地陣屋の名称は 昭和40年に国の史跡となった折に松前藩戸切地陣屋と統一されたもので、以前は、穴平陣屋、松前陣屋、清川陣屋など様々な通称があった。
 
まずは戸切地陣屋その正門!
 
イメージ 1
 
 
正門から正面、即ち来た方向を見ゆ。木々はである。
正門に達するまで約800mの桜並木は見ごたえ十分! 植樹は明治
も37年頃からである。 植樹者は函館の呉服商である岩船峯次郎
 
とにかく凄い人で函館市民なら誰でも知ってる見晴公園(雪園)も氏の所有とする大別荘! 規模は半端ないっす!!!日露戦争勝利記念、それがこの桜並木となったのです。 ものすごい財力!!!
出ました横道情報!!!! さて、本題っと.....................
 
イメージ 2
 
 
イメージ 4
 
地陣内に入り、高台から写した1枚、説明板には17棟の建造物があり、足軽諸士備頭目付詰所馬屋道場武器庫大砲鉄砲などがあったとある。尚、2つは未だ不明だとか。味噌や米蔵もあり! そこに立ち人それぞれ残る2つの棟の想像をするも良し。
 
銀ぎつねは考える。では今でいう娯楽室の可能性は無きにしも非ずではと....................兵に必要なものは数あれど、兵に与えるものもまた、数ある。この時代、忠義の心は失われつつある。したがって兵をとどめ置くに必要なものに娯楽がある。 その最たるのものが
まだ言うと、チャバレーですな^^; 田舎だけに............

素性の知れた,,,芸者さん、または,,,,,,,,,,?????

察してね! あてずっぽうもあるけど出土品からも考えてます^^;
 
 
 
 
イメージ 3
 
イメージ 5
 
 
周囲は堀などあり屈強に見える。ここからは説明なしで写真だけで見てもらう。そのほうがいい。
 
 
イメージ 6
 
 
 
イメージ 7
 
周囲には土塁が高さ約3mで築かれ、深さ約3mの堀も掘られた。
そんな屈強とも思える地陣ではあるが、結局は箱館戦争の際に自ら焼き払ってしまうこととなる。 銀ぎつねは思った。横の守りは屈強でも正面の守りがおそまつすぎる!あの門では正攻法の正面突破も可能
ならば敵に宿泊設備を与えずやしてしまえ! 僕でも思う選択!
 
裏門も然りです。
 
 
イメージ 8
 
 
いや〜〜今度は絶対春に行く! が見たい! 妻に運転させ
銀ぎつねは呑む! 
 
 
おまけ画像、堀の末端! この景色、気に入りました。
 
 
イメージ 9
 

閉じる コメント(26)

顔アイコン

こんばんは。
もとは、桜を見によく行ったものです。暫く行っていませんが、かなり整備されましたね。
わたしは清川陣屋が馴染みがあります。
ポチ☆

2010/11/3(水) 午後 6:16 [ バタフライ ]

顔アイコン

バタフライさま、桜の季節はいいですね。来春は必ず訪問し
桜並木を歩きます。楽しみです。

2010/11/3(水) 午後 8:06 銀ぎつね

顔アイコン

はじめまして。最近このブログの存在を承知しました、美原在住の兵頭と申します。2002年末に千葉県から引っ越して参った余所者ですので、貴ブログのすべてがたいへん勉強になります。ますますの御清健を祈り上げます。

2010/11/5(金) 午後 1:12 [ 兵頭 ]

顔アイコン

兵頭さま、ご丁寧な挨拶、誠にありがとうございます。
等ブログは極めて地域限定型であり分からないことが多いと思います。また、歴史に関してはできるだけ図書館で資料検索をしてますが
PC情報に頼ることもしばしば、でもその際は他人のブログではなく、あくまで論文など信頼できるものを選んでおります。
本来得意とするところは函館要塞関連です。ちなみに全ての施設を公開している者は僕だけだと思いますよ。非公開施設が多く、みなさんどこにその施設があるか分かりませんからね^^;気が向いたらまた遊びにきてくださいね。

2010/11/5(金) 午後 4:12 銀ぎつね

顔アイコン

始めまして。
ココも五稜郭奉行所のように復元されれば、少しは北斗市の
観光にも影響するのかも知れませんね。
舘の城跡もですが最近まで発掘調査がされてなかったんですから
驚きです。

2010/11/5(金) 午後 9:18 ディブ

顔アイコン

銀ぎつね さま こちらこそ恐悦いたします。小生、函館要塞の専門家が居ないものかとずっと思っていましたが、ケータイすら持たぬ情報弱者ゆえ今まで貴ブログの発見が遅れたのです(慙愧)。さっそくですが初歩的な愚問を書いて構わないでしょうか? あれだけの資材を山上に運び上げるには、築城中、トロッコか索道を敷いた筈と愚考します。それは今の登山道のいずれかと一致するでしょうか?

2010/11/6(土) 午前 5:49 [ 兵頭 ]

顔アイコン

diversioさま、コメントありがとう御座います。
北斗市には箱館戦争、その他の古い歴史ある痕跡が
たくさんありますので僕みたいなマニアック人間は
喜んで訪問します。復元は大歓迎です。

2010/11/6(土) 午後 0:35 銀ぎつね

顔アイコン

兵頭さま、函館山の登山道は多数存在します。ま、ハイキングコースですね。要するに主要軍道の跡と思ってください。
そして車で登る為の車道ですが、あれは戦後のものです。
敗戦となり函館山は市民のものとなった。そこで市は失業対策の一環として頂上までの車道を建設する。当時はまだ人馬での作業ですからより多くの失業者や復員兵が仕事にありつけたわけです。
ちなみにですが二十間坂は大火の為の防火帯の役割もありますが、大砲運搬道でもあります。

2010/11/6(土) 午後 0:47 銀ぎつね

顔アイコン

銀ぎつね さま 為になるご解説、辱う存じます。また愚問なのですが、弾薬庫を天然水によって夏季に冷却するのは善いとして、それと「防湿」をどう両立させていたのかが、小生には不可思議であります。『元帥上原勇作傳』に、〈欧州では火薬庫は窓を大きくして風を通せば湿気は飛ぶが、日本では窓を最小にして密閉しないと逆に湿気る。それで明治22年に再渡仏して調査した〉とあったように記憶をいたします。この庫内空調の課題に函館要塞ではどう対策をしていたのか、あるいは特に何もなかったのか、お暇の折にでも、ご教示くださいまし。

2010/11/7(日) 午前 3:42 [ 兵頭 ]

顔アイコン

兵頭さま、質問から察しますと第一水蓄弾薬庫のことでよろしいでしょうか?この弾薬庫は水元谷に位置します。弾薬庫といっても規模は小さく、砲弾よりも余剰分の火薬を長期保存する施設と思ってください。それには中の温度を低くする必要がありました。湿気も当然懸念されますが、この弾薬庫の湿気対策の資料はみたことがありません。
「日ロ戦争当時は砲台の補給基地、先の大戦では火薬庫」

現地で見て想像するしかできませんが、扉の開閉で補っていたかも知れません。 また、函館要塞の場合ですと山の麓に要塞司令部があり、そこに本来の弾薬庫がありました。すみません適切な答えが見出せなくて。

2010/11/7(日) 午後 6:02 銀ぎつね

顔アイコン

銀ぎつね さま ご多用中、懇篤なご教導を賜り、いたみ入ります。なるほど、護国神社近傍の現存弾薬庫が当時の唯一の弾薬庫ではなかったわけですか。疑問氷解しました。日露戦争中に二十八珊砲弾の追送が必要になり、函館要塞からも多数の砲弾が大阪砲兵工廠経由で大連へ送られている記録を、アジア歴史資料センターのウェブで閲読した覚えがございます。あの砲弾は、どこか別な、今は残っていない弾薬庫から出庫された――という理解で宜しいでしょうか? (あと余談ですが、何年か前、船魂神社にある28cm砲弾を拝見して、これは重砲兵聯隊の教練用の、無炸填砲弾ではないかと思いました。全国各地に数発残るホンモノの徹甲弾の写真と、微妙に異なると感じたのです。)

2010/11/8(月) 午前 8:37 [ 兵頭 ]

顔アイコン

兵頭さま、正直今回は一番痛い所を突かれました。船魂神社の砲弾は僕も記事にしましたが、さすがに断定は出来ず、(思われる)に留めた記憶があります。砲弾は弾頭部分だけですが困惑したのは信管孔があったこと。弾頭部分だけでは間違いないのでしょうが、破甲弾ではない! ただし、砲弾も破甲弾一種類だけでもない。 要するに28センチ○○?弾、それ以上のことは今の段階ではわかりません。

いずれにせよ出所がわからない砲弾です。社務所に問いあわせたことがありますが結局はわからずじまい。奉納の形を取っていれば記録としてあるはずなんですが、ご想像のとうり、聞いた話し云々です。
○○と伝わっていると。 ついでですが谷地頭の要塞司令部跡に弾薬本庫が残ってますよ。

2010/11/8(月) 午後 1:02 銀ぎつね

顔アイコン

銀ぎつね さま どうも恐れ入ります。『函館の産業遺産 第10号』という地図資料があるようですが、それを所持しておりませんために、地名等が曖昧でございました。いつもその《道営谷地頭団地の弾薬本庫》は見物しそびれておりました所で、こんどまたトライしなくてはと思いました。砲弾の謎は却って楽しみが増えました。ところでまた愚問をお宥し下さい。『箱館戦争史料集』所収の「新開調記」という文献中に「七面山」という峰の名が出て参ります。これは今の「薬師山」なのでしょうか? そして当時は、御殿山のことを「薬師山」と称していたのでしょうか? それと「七面山」の由来は、七面観音か何かの堂があったためでしょうか?

2010/11/9(火) 午後 0:38 [ 兵頭 ]

顔アイコン

兵頭さま、まず始めに「函館の産業遺産 第10号」は函館市中央図書館資料室にて閲覧できます。資料番号「1830266795」貸出禁止。

次に七面山の疑問についてですが、薬師山とは異なります。古い山名ですが現在の船見町あたりに属してる低山、今の観音山もそうなります。鶏冠峰の石を祀ってあるのも観音山、また由来については調べたことはありません。 函館要塞関連の資料で面白いのは以下です。

「外国人2名、函館要塞第1要塞地帯七面山付近で第3砲台を撮影。要塞兵に発見され写真機を投げ出して逃走」大正12年の記録です。

最後の質問の御殿山≒薬師山ですが、これは違うと思います。
薬師堂があったので薬師山、僕はそう記憶してますが、古い山名までは研究してませんのではっきりした答えは見出せません。

※兵頭さま、もしよければゲスブに内緒の書き込みをお願いします。
メールのやり取りも可です。ここでは文字制限があります。

2010/11/9(火) 午後 5:34 銀ぎつね

顔アイコン

銀ぎつね さま 恐縮です。なぜかログインできません。ヤフー登録はしてみたのですが…。

2010/11/10(水) 午前 9:13 [ 兵頭 ]

顔アイコン

そうですか〜ヤフー登録後、新規でブログを開設するのもいいかも知れません。ブログページはあっても記事を投稿しない人もいっぱいいますよ。たぶんコメント用か、あるいは後に記事投稿する準備なのか??? ま〜僕はここでも構いませんが、いかんせん文字制限があり、どうしても説明不十分になります。

2010/11/10(水) 午後 1:27 銀ぎつね

顔アイコン

銀ぎつね さま 重ねてご高配賜りまして恐縮です。いずれどこかしらでメアド入り名刺を差し上げられるような機会を待ちます。原始人ですいません。戸切地陣屋ですけれども、せっかく箱館湾への船舶の出入りを見渡せる好立地でありながら、海方向の視野が半分樹林に遮られているように思いました。幕末には南東側に樹林が無かったか、それとも望楼でもあったのでしょうか?

2010/11/11(木) 午前 4:14 [ 兵頭 ]

顔アイコン

兵頭さま、周囲の高木ほとんどは陣屋が無人化した後のものと考えるのが自然だと思います。また、この陣屋は高台にあり多少の高木はあっても視界の邪魔とまでは考えにくいです。

発掘調査がいまだ不十分ですが、陣屋ならば見張りの櫓もあったのではないでしょうか。陣屋の門前後に大きく土盛した高台があります。
当時のものかどうかは資料にありませんが、これだけでも相当な範囲の視野を確保できます。無論、正面攻撃に対して敵を左右に分散させる効果もありますが。このように高台や櫓を設ければなんら視野に影響はなかったものだと想像できます。

2010/11/11(木) 午後 0:21 銀ぎつね

松前陣屋の名前だけは知ってました。ここ、かなりの広さなのでしょうね・・・自治体は、このまま放置状態のままにしておくのでしょうかね??でも、いきなり完全に整備してしまってもつまらない気もしますが・・・調査の予定などはないのかしらね・・・

2010/11/30(火) 午後 6:18 むにゅ

顔アイコン

むにゅさん、この史跡は十分に整備され公園となってます。
春は桜、秋はクリ拾いと家族で訪れて楽しい場所です。

2010/11/30(火) 午後 7:02 銀ぎつね


.
銀ぎつね
銀ぎつね
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

友だち(4)
  • ruins-rider
  • brassww2006
  • みぃにゃん
  • ゆうゆう
友だち一覧

ブログバナー

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事