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一般開放している御殿山第二砲台ではあるが、5連掩蔽部は立ち入り禁止である。戦後、米軍により破壊されたもので危険だからであろう。千畳敷もそうであるが掩蔽部の破壊は激しい。 本来であれば入り口はつつじ山駐車場側にある。しかし、土砂や草木の繁茂により通行は不可能。また右翼観測所の破壊により通路はふさがれている。 見学手段は1つだけ。 砲台跡に入り、第一砲座手前から奥に抜けるルートがある。だが、これとて立ち入り禁止であるからおすすめは出来ない。 5連掩蔽部入り口付近 同内部、ここまでは明るいが、この先は懐中電灯がなければ進めない。 第四掩蔽部 もう真っ暗である。 第三掩蔽部入り口付近 この先に将校室等あり。 余談ではあるが、函館要塞を爆破したのは 米第77師団第306機動砲兵隊である。 上陸日は戦後である昭和20年10月4日であった。 尚、先の大戦では明治の要塞である 函館要塞は戦力外であったが、新たに編成された独立高射砲第31大隊が高竜寺山方面に備えた 高射砲により、昭和20年7月14〜15日の函館空襲で飛来した米軍機を撃墜している。 |

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まだこんな戦争の跡が残っているなんて驚きです。
北海道にも米軍の攻撃があったんですね。
この穴を見ていたら、何か怖いような気がしてきました。
2008/2/12(火) 午後 7:44
kouet3さん、こんばんは。 函館の場合は終戦間際の昭和20年7月14〜15日の2日間「函館空襲」があります。函館山に残る要塞跡は明治期のものであり、戦力外でした。破壊の跡は戦後上陸した米軍が調査し爆破したものです。
2008/2/12(火) 午後 8:00
函館にも空襲があったんですね!初めて知りました・・・日本にあった要塞は使っていなくても米軍に破壊されてしまったというのが残念でなりませんよね。仕方のないことですけど、敗戦国だから・・・こういう戦跡を見るたびに感慨無量になります・・・
2008/2/18(月) 午前 1:58
函館空襲の標的の最たるものは青函連絡船ですから知らないで
当然です。歴史でも教えていないでしょうしね^^;
2008/2/18(月) 午後 4:36