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汐首第一砲台 函館要塞とは函館山とその周辺に限定したのもだが、昭和2年、「函館要塞司令部」が「津軽要塞司令部」と改称後は、その守るべき範囲も大幅に増えたのである。 付け加えるが、大正13年にはすでに汐首岬周辺は函館要塞地帯となっている。 北海道側には新たに「汐首第一、第二砲台」が築かれ、また松前にも「白神岬砲台」が新たに築かれた。 青森では「竜飛崎砲台」と「大間岬砲台」が新たに加わり、守るべき範囲がそれまでの函館市街周辺及び同湾よりはるかに膨大な、津軽海峡一帯を担当することとなる。要するに敵艦侵入を防ぎ、青函航路を守るのに重点をおいたわけである。 画像は汐首第一砲台の掩蔽部。 この要塞は先の大戦では現役であった。外壁には陸軍特有の迷彩色が残っている。光の反射だろうか? 実際には、まだ色が濃い。 内部に入ることも可能であり、木製のドアも現存する。 内部画像もあったのだが、いつのまにやら紛失していまい、今はない。 同施設の左側だが、これだと航空機の偵察では見えないであろう。当然、当時はこのような大きな木は上部にはなかったであろうが、、、、 同施設のつなぎ目部分、やはり明治の要塞とは構造、及び工法が根本から違う。 裏側の迷彩色はほとんど残っていない。 上部になれば要塞なのか、森のなか区別さえつかない。 この要塞で1番頭を悩ませるのが、天井部のウェーブである。この仕様は正直分からない。想像さえつかない仕様である。当初は水に関係したものだと思ったが、このあたりは小川があり、水源には事欠かない。次に考えたのが、敵の侵入を防ぐ目的。だが、これとて鉄条網を張り巡らせたほうが効果的である。 ちなみに、小生が師と仰ぐ、函館要塞の第一人者にメールで尋ねたが、やはり、この仕様は他の要塞でも見たことが無く、この要塞のオリジナルではないかと言うことであった。 尚、半地下構造故、小さく見えるが、これもまた実物は思った以上に大きな施設である。 |

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