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水元弾薬庫 函館山を旧登山口から入山して、途中の分岐点を左方向に進めば「水元谷」に達する。 函館要塞時代、水元谷周辺は後方支援を目的とした施設が多く存在した。水元の名のとうり水は豊富であったようである。従って貯水池は無論のこと、監守衛舎や火薬庫、火具庫、弾薬庫等が建設されたのである。画像は水元谷にある山小屋である。 冬の山小屋 1 冬の山小屋 2 この位置からなら掩蔽部が確認できるであろう。このルートは大勢の人が通るのだが、この掩蔽部を 知らず通りすぎるのである。ただ振り返るだけでは確認はできない。 小屋周辺 掩蔽部 内部階段だが、土や枯葉の層があり、冬場は足元が滑る。また、この掩蔽部はひび割れが多く見られる。早急に補修してもらいたいものだ。 掩蔽部正面、アーチ型の屋根のひび割れは深刻である。その原因として木や根の侵食が大きい。 木根の侵食によるひび割れ。 これが非公開施設の現状である。 内部に残る謎の穴。 謎を解明するのは簡単である。 水元谷の水を有効に生かし、この下に水の流れをつくり夏の暑さから弾薬を守るのである。 故にこの掩蔽部の正体は「第一水蓄弾薬庫」だったと断言できるのである。 |

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