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函館西部地区に神社多々あって、まず人が訪れない神社が一つだけ存在する。 それが穴澗神社、正式名(穴澗龍神社)である。 実はこの神社、建立の時期がはっきりしていない。函館市史(箱館の町勢)の中にこうある。(引用) 「神明町」 高龍寺の西から穴澗町に至る弁天町の裏町である。縦町1すじ横町1すじになっている。ここをのぼれば神明社がある。神明社 神明町の上で、東は山ノ上町、後ろは壁穴、西は山背泊町にへだてる。樹木陰森として神寂たる所で、年2季の祭礼がある。 弁天社から南海岸片側の町で、漁師ならびに水主、車櫂などが住み、弁天町名主の支配である。また、ここに津軽陣屋跡がある。 神明町とは古い町名であるが、これもいつ頃の町名かはよく分かってない。 ただ、(蝦夷実地検考録)によれば神明町は元文以後の町名と書かれていますので、古くて寛保元年 (1741年) だと思います。 画像は穴澗海岸であるが岩がごつごつしている。 昔は絶好の海水浴場であったが、がけ崩れにより海水浴はもちろんのこと立ち入り禁止区域となっている。したがって自己責任での探訪である。また以外に人の往来も多い地区でもある。 画像は穴澗龍神社へのルートでもあり、また穴澗要塞群にも通じるルートである。 しばらくすると鳥居が現れるが神社はまだ先である。また、このルートは急勾配であるため雨の翌日には滑りやすく、靴選びも重要である。 途中に階段もありありがたい。これは市が設置したか、また漁師が設置したのかまでは分からない。 そして神社にたどり着くが、年2回の祭礼以外は閉ざされている。(無人神社) 手前の井戸のようなものは明治時代の要塞貯水池であって神社とは無関係。 また詳しくは載せませんが、この近くにも寒川地区へと下るルートが存在する。 ここは正規のルートではなく大変危険な場所である。だが寒川の一部をを上から確認できる 唯一の場所でもある。 頑丈なロープが張られてあるが手を放せば奈落の底! 素人は絶対に下りてはならない。 ハイキングロードとは違うのです。だから詳しく載せないのだが。 望遠で撮った寒川の平磯 |

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